血なき戦場
僕の国Aと隣のB国は、人類史上初の「ゲーム戦争」に突入した。きっかけは、B国がA国の不凍港と半島を狙い、強引な要求をしてきたことだ。国の規模では、AはBに太刀打ちできない。とはいえBも、力ずくで攻め込めば国際社会の非難を浴びる。
そこで両国は、“新しい形の戦争”で決着をつけることに合意した。
銃の代わりに端末。
戦場はスクリーンの中。
両国政府は世界に向け、宣言した。
「これは血の流れない、理想の戦争である」
国連は、これを人類の進歩だと称賛した。
僕はワクワクした。こういう戦争なら、誰もが気軽に参加できそうだ。僕は勉強も運動も苦手だけど、ゲームなら得意。
なのに母さんは、僕の参戦を許さなかった。
「お前はまだ十四なんだよ。勉強しなさい」
僕は、歯がゆくなるばかりだった。
開戦から三日。街はすっかり戦争仕様になった。
至る所に大型スクリーンが設置され、国別ポイントがリアルタイムで表示される。
『A国 15,234,567 ー B国 15,180,223』
父さんは最初、この数字を横目で見ながら、隙間時間にパズルゲームをしてた。
「昼休みにちょっとやるだけで、50ポイントくらい稼げるんだ。」
なんだか楽しそうに。でも段々と、端末を手放さなくなった。会議の合間、移動のタクシーの中、エレベーターを待つ数秒。どんな細切れの瞬間にも、父さんは戦ってた。
父さんは、熱心な兵士になってた。
開戦から一ヶ月。僕は街で偶然、従兄弟のハル兄に会った。
「久しぶり。元気?」
声をかけると、ハル兄は首から下げた端末を指先で弾く。
「俺、FPS部隊で戦ってんだ」
「あの撃ち合いゲーム?すごい!」
難易度が高いゲームは獲得ポイント数も高い。さすがハル兄。二年間、部屋にこもってゲームしまくってただけのことはある。
「皮肉だろ?俺みたいな“社会のゴミ”が前線にいるんだぜ」
自嘲気味に笑ったあと、ハル兄はまっすぐ僕を見た。
「……上官が言ったんだ。『お前はゴミじゃない。社会が、ニートの価値を見落としてたんだ』って。俺、泣けた。生きてていいんだって思えて」
それから、静かに続けた。
「お前もいずれ戦うだろ?一緒に勝とうぜ」
ハル兄をゴミだと思ったことはないけど。戦争が彼に自信をくれてるなら、いいことだと思った。
開戦から半年。深夜、B国が大攻勢を仕掛けてきた。A国政府は「交代制で24時間戦う体制を敷く」と宣言した。企業は“戦争休暇”を導入し、学校も休校になった。
「負けられない。お前たちの未来のために」
父さんは殆ど眠らなくなった。
僕は、この政策に反対だ。確かにプレイ人口では、僕らは敵わない。でもゲームは、人数やプレイ時間だけで決まるものじゃない。少数精鋭が有利な現場も多い。勝敗の鍵を握るのは、ただ一つ。プレイヤーの質だ。
だから僕は、戦場に出ることに決めた。
「父さんみたいに無理する人を、少しでも減らしたい」
母さんをそう説得して。
開戦から一年。僕は選抜試験に合格した。近々「デジタル将軍」の一人として戦場に赴く。リアルタイムで仮想領土を奪い合う、最高難度のゲーム。そこが僕の戦場だ。
「お前は英雄になる」
父さんは、僕の肩を叩いて言った。
母さんは泣いた。でも従来型の戦争だったら、僕も父さんもとっくに死んでたかもしれない。僕は、自分の選択が正しいと信じる。
開戦から一年二ヶ月。敵将が現れた。決戦だ。
中継画面に映ったのは、有名ゲーマーのミアだ。幼い頃からゲームにのめり込み、AIも手玉に取る天才少女。僕と同い歳だ。
「これは遊びじゃない。私に負けたらA国は、港を失う。怖い?」
「……怖いよ」
僕は正直に答えた。
「私も」
彼女は頷いた。
ゲームが始まる。
画面が光る。手汗でコントローラーが滑る。
ミアは強かった。何度も追い詰められた。
僕は隙を見て、罠を仕掛けた。ミアは気づいたが、0.2秒遅かった。
『A国の勝利』
やった!この勝利が戦争を大きく左右すると思うと、胸が熱くなった。ただのゲーム好き少年の僕が、国を守った。こんなに自分が頼もしく思えるなんて、夢みたい。
ふと画面に目をやると、憔悴したミアの横顔。アンチコメントが洪水のように流れてる。
「国から出てけ」「処刑しろ」「戦犯」
僕は苛立った。人を簡単に踏みにじる軽さが許せなくて。
「……何様だよ。理想の戦争なら、せめてそれらしく振る舞え」
呟きがマイクに拾われた瞬間、矛先は僕に向いた。
「何も知らないガキが」「たかがゲームで調子乗んな」「戦争終わればお前はただのクズ」
胃の底が重くなり、言い返せなかった。
そして、戦争は終わった。
僕らは勝った。国土は守れたけど、僕の家族は壊れた。
父さんは会社に戻れなくなった。ゲーム以外、何もできなくなって。
母さんは泣いてる。僕は戦功者だから、国がたくさん年金をくれる。生活には困らないのに。
僕も変わった。戦争以来、大人を見るだけでムカつく。あいつらの“上から目線”を思い出すと、学校なんて行く気になれない。
ゲームも、もう全然楽しくない。
今日は、亡命生活を送るミアとチャットした。
〈理想の戦争って、何だろ?〉
〈わからない。ただ、あなたも私も血を流さなかった。それが救いかな〉
画面が静かになった。数秒が、妙に重い。
〈C国とD国の戦争、本当に行くの?〉
〈ええ。傭兵として。私にはそれしかない〉
彼女が今どんな顔をしているのか、僕には分かる。全てを諦めた人が浮かべる、静かな微笑みだ。
胸の奥が痛む。ひきちぎられるように痛くて、僕は声を出さずに泣いた。この痛みが血でないなら、何なんだろう。




