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錆びた断頭台のアルカ  作者: 限界まで足掻いた人生


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第1話:『錆びたボルトと血塗れのジャムパン』

1. 死体洗いの夜

「おい、カイト。この死体、まだ温かいぞ。しっかり洗え」


腐った油と安酒の匂いが混じった地下室。カイトは泥のような冷水に手を浸し、運ばれてきた「騎士だった肉塊」を洗っていた。 この世界では、厄災獣ディザスターに殺された死体は「呪い」を孕む。清めなければ村ごと腐る。それが、カイトのような底辺に与えられた唯一の仕事だった。


「……腹減ったな、ノコ」


カイトの足元で、小さな犬のような異形がクゥと鳴いた。 頭から短いノコギリの刃が生えた、弱小の厄災獣。カイトの唯一の友達だ。


「明日、給料が入ったらさ。市場の隅っこで売ってる、あの硬いパンを買おうぜ。それに、落ちてる果物を潰して塗ってさ……ジャムパンみたいにして食おう」


ノコは尻尾の代わりに短い刃を振って、カイトの手を舐めた。鉄の味がした。


2. 裏切りの奈落

「カイト、いい話がある。地下の古い遺跡から『魔石』の反応があった。お前と、その『ノコギリの犬』で取ってこい。分け前はパン100個分だ」


村の顔役である肥った男、バロンが卑屈な笑みを浮かべて言った。 嘘だと分かっていた。だが、空腹は判断力を奪う。カイトはノコを抱えて、村外れの地下坑道へと降りていった。


そこには、魔石などなかった。 待っていたのは、巨大な多足型の厄災獣――『這い寄る胃袋』。


「ハハハ! カイト、お前はいい奴だよ。だが、その犬の『刃』を欲しがってる貴族がいてな。お前ごと食わせれば、証拠も残らねえ!」


背後で頑丈な鉄格子が閉まる。バロンの笑い声が遠ざかる。 暗闇の中、巨大な顎がカイトの右腕を食いちぎった。


「あ……が、あああああああああッ!!」


鮮血が飛び散り、ノコが吹き飛ばされる。カイトはズタボロの雑巾のように壁に叩きつけられた。意識が遠のく中、視界の端でノコが震えながら歩み寄ってくるのが見えた。


3. 契約

(カイト……死ぬな、カイト……)


頭の中に、幼い少年のようであり、金属が擦れるようでもある声が響く。


(俺の……心臓をやる。俺が、お前の体になる。その代わり……カイトの夢を見せてくれ)


「ノコ……? お前の夢って……」 (……ジャムパン、一緒に食べたかったな……)


次の瞬間、カイトの胸の中央に、古い錆びたボルトが出現した。


4. 咆哮する銀の刃

「ヒ、ヒヒッ……もう食い終わったか?」 鉄格子の向こうでバロンが覗き込む。


ガガガガ、ガガガガガガッ!!


暗闇から、異様な「回転音」が響いた。 火花が散り、鉄格子がバターのように切り裂かれる。


「……あ?」


そこには、人間でも獣でもない「何か」が立っていた。 カイトの頭部からは巨大な円月鋸が突き出し、失った右腕と左腕からは、超高速で回転する鋼鉄の刃が伸びている。


「痛ぇ……。痛ぇなあ、おいッ!!」


カイトが胸のボルトを強く引き抜くと、エンジン音が咆哮に変わった。 彼は弾丸のように跳躍し、巨大な厄災獣の頭部を縦一文字に引き裂いた。臓物と血の雨が降る。 逃げ惑うバロンの首を、カイトは左腕の刃で「削り取った」。


「ジャム……ジャムだよ、これ。真っ赤で、ドロドロしててさ……」


血まみれの顔で、カイトは力なく笑った。


5. 飼い主の現れ

死体の山と血の海の真ん中で、カイトの変身が解ける。 ボロボロの肉体で横たわる彼の前に、カツ、カツ、と静かな足音が近づいてきた。


銀髪の、透き通るような瞳をした美女。王国特殊制魔部隊の隊長、エレンだった。 彼女はカイトの返り血で汚れた頬を、愛おしそうに撫でる。


「……すごいね。君、絶望の匂いがする」


カイトは朦朧とする意識の中で、彼女を見上げた。


「……メシ、食わせてくれんのか?」 「ええ。言うことを聞く『ワンちゃん』になれるなら、明日の朝食は最高のジャムパンを用意してあげる」


彼女の微笑みは、聖母のようでもあり、底知れない化け物のようでもあった。 カイトは、その温かい手に身を委ね、意識を失った。

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