本の紹介25『ジェニーの肖像』 ロバート・ネイサン/著
売れない画家と少女の時を超えた交流を描く幻想的な小説
これは事前知識は何もなく、淡いタッチで描かれた表紙に惹かれて手に取った作品です。それほど長くない中編小説ですが、不思議な読後感が印象に残っています。
舞台は世界中が不況に喘いでいた1938年、主人公はイーベン・アダムスという売れない画家で、彼が夕暮れの公園でジェニーという少し不思議な少女と出会うところから物語の幕が開きます。両親とホテル住まいとしているというジェニーと他愛のない会話した後、イーベンは彼女と別れることになるのですが、いずれまた会うことになるという予言めいた言葉をジェニーは言い残します。その言葉通り、その後も二人は交流を続けることになります。
イーベンは街の画廊に橋などを描いた風景画を持ち込むのですが、画廊の主人から風景画ではなく少女の肖像画を持ってくれば高く買い取るといわれ、ジェニーをそのモデルとすることに決めます。ジェニーの肖像画を描くことで彼は画家として軌道に乗り始めるのですが、出会うたびにどんどん成長し、姿を変えていくジェニーに戸惑いを覚えることになります。
ジェニーとはいったい何者なのか、なぜ会うたびに姿が変わるのかという謎が物語を牽引していくため、表面上はSFやファンタジィ小説のような印象を受けますが、物語の骨格にあるのは芸術に何が出来るのか、なぜ人間は芸術を求め、自らそれを生み出そうとするのかという苦悩にも似た問いかけです。
物語をSFやファンタジィなどといったカテゴライズをされて世間に出ていくことになりますが、本来そういった区分は後付けでなされるもので、物語を作っている側はカテゴリーありきではなく、テーマや問題意識を根っこに据えてから物語を組み上げているのではないかと想像します。その過程で世界や人物の設定が固まり、出来上がったものにカテゴリーを当てはめているのではないでしょうか。SF的、ファンタジィ的な要素というのは物語を受け取りやすくするための装飾に過ぎないものだと思いますので、そういったジャンルが苦手だという人も何事も気負わずにまずは気になったものを手に取れば良いと考えます。
本作で特に印象的なのが、イーベンが直面することになる画家としての苦悩です。絵が売れていなかった頃は貧しく空腹の日々を過ごしていたのですが、彼を苦しめていたのは身体的な飢えではなく、精神的な飢えであったという描写がされています。ここでいう精神的な飢えというのは、作品が世間に認められないという外部からの評価の話ではなく、自分が胸に抱えているものを作品として表現し切れていないこと、捌け口が見つからないということにあります。
そのため、物語が進み絵が売れるようになっても、彼の苦悩は消えることがありません。売れていること、世間から認められていることは彼の苦悩には何ら影響をしないのです。その苦悩を抱えながら、画家仲間や画廊の主人、街の人々、そしてジェニーとの交流を通じ、芸術とは何かという問いと向き合うことが本作のハイライトです。ジェニーという不思議な少女の存在が何を象徴しているのかを考えることが物語における重要な鍵だと考えます。
自分の頭の中にあることを文字や絵などで表現しようとしても、なかなか思った通りにいかないという経験が誰でも一度はあるはずです。学校での作文の授業や、誰かに当てた手紙を書くときのことを思い返してみてください。芸術家に限らず、自分の中にあるものを外に向かって表現しようとする時にぶつかる壁というものがあり、本作はそういった普遍的な問題に目を向けるきっかけを与えてくれるように思います。終わり




