番外編 周囲の証言
1.庭師の証言
え? 亡くなった王太子妃殿下について? 俺なんかよりも侍女とか護衛の方がお詳しいと思いますけど......あ、全員に聞き取り調査をしていると。分かりました。
俺は見ての通りただの庭師です。代々ザイツェフェルト家に仕えさせていただいてまして、倅も庭師見習いとして働いてます。
ええ、仰る通り、王太子妃殿下はお小さい時からお庭が好きでしたよ。よく花束を作れと命じられたもんです。
――え? 命じたんじゃなくて頼んでたんじゃないか? あぁ、まあ確かに、十歳くらいの時はお願いでしたけど、すっごいちっちゃい時、それこそまだ3,4歳の時分は作りなさい、でしたね。
記憶違いじゃないのか? いやいや、そんなことはないですよ! 何せ王太子妃殿下が初めてお庭にいらした時、担当したのはその日初日勤務だった俺ですからね! いやあ、あの時は親父を恨みましたよ......実はですね、赤薔薇の棘がちょっと残ってて、怪我させちゃったんす。お嬢様は薔薇には棘がつきものだ、と笑って仰ってくださったからよかったですけど。いやあ、あの時は首が飛ぶかと思いましたね、物理的に。
あ、すいません、妃殿下のことですよね。
あの頃はお小さいながらもそりゃあもう堂々としておられて、なんというか、貴族って小さくても貴族なんだなあと思いましたよ。命令に慣れている、というんですかね。いや、悪い意味じゃないんですよ、全然。
――偉そうで嫌じゃなかったか? 嫌になるわけないじゃないですか。だって小さくても妃殿下は貴族、そんで俺は平民ですからね。逆になんちゃらしてほしい、難しかったら大丈夫、なんて申し訳なさそうに頼まれた日には目ん玉飛び出るかと思いましたよ。いんやもう、驚きすぎて中身が変わったんじゃないかって本気で思いましたね。 だって今まで、先代の奥さまや旦那様の誕生日とかに来るだけだったのに、頻繁にやってくるし、しかも手ずから花を摘もうとするし......庶民らしくてそれはそれでいいなと思いましたけど、花を摘み取る場所とか時期も一応決めてるんで、事前に言っていただけたら嬉しかったですねー。やっぱ俺らの仕事は、いかにお庭を美しくすることですから。
あぁそうそう、変わったといえば、妃殿下の花の好みも途中で変わったんですよね。それまでは赤い薔薇とか牡丹とか、華やかなものがお好みだったんですけど、カスミソウとかフリージアとか、可愛らしいものの方がお好きになったみたいです。俺が初めて作らせていただいたのは薔薇の花束だったんで、好みが変わったって気づいた時はちょっとばかし寂しかったですねー。なんですかね、俺には娘いないんで分からないんですけど、女の子ってそういうもんなんですかね?
悼む気持ちはないのか? いや、まあ、あるにはありますけど......別に、そこまで親しかったわけじゃないですし、お見かけしたのはそれこそ嫁入り前ですからね。自害なさるなんてどうしたんだろうって、お可哀想には思いますけど、そのくらいですね。
使用人の待遇改善に勤しんでいたのに、冷酷だ? いやまあ、給料上げていただいたのはありがたいですけどね。でもまあ、貴族さまと俺らが同じ人だとは思ってませんよ。貴族と平民、やっぱりそこの線引きは大事ですからね。妃殿下が貴族も平民も、神の下作られた同じ人だ、って仰った時には仰天しましたよ。まあ、給料は嬉しかったですけど。
同じようなことを思ってる貴族の方、いるんじゃないですかね? 自害を装って殺された、なんて、考えすぎですかね?
――ベルローズお嬢様について? いや、それこそよく分かんないですね。お嬢様は専らお部屋に籠っていらしたから。庭に出ているところなんて、ほとんど見たことないですよ。好きなお花も知らないなあ。お部屋に飾るお花は俺と息子でいつも選んでて、それを下級侍女の方にお渡しするんですけどね、どれがお気に召したか聞いてもいつも分からないって言うんですよ。侍女の方が気づかなかったのか、それとも気に入ったものがなかったのか、そこまでは分かりませんけどね。
行方不明になったって聞いて驚きましたけど、やっぱり、って思った面もあるんです。なぜって? いや、そりゃまあ、母君からも父君からも愛情を注がれずにお育ちになって、とどめに父君が愛人を新しい妻として連れ帰ってきて、1歳しか年の違わない妹がいて。しかも、なんだか妻子がいる異国の方との婚姻を命じられたとか。人生を虚しく思うのも当然じゃないですかね? まあ、俺の勝手な想像ですけど。
――はい、じゃ、失礼します。
2.メイドの証言
はい、わたくしは王太子妃殿下が幼い時からお傍でお仕えしておりました。妃殿下が結婚なさる頃、病を患って家に戻ってしまいましたが。今でも、お傍にいたら、と思うことがございます。言っても詮無いことでございますが......
妃殿下について、でございますね。何からお話すれば良いでしょう。
妃殿下は、幼い時はとても貴族らしい御方でした。常に己を完璧に律し、周囲にも同じレベルを求める、といった風でした。妃殿下自身、とても努力なさっていて、人前でミスをするなんてことは見たことがございません。家庭教師にも随分褒められておいででした。
でも人間、どうしてもミスはありますでしょう? それを許していただけなかった時期は、とても辛かったですね。新人の侍女は、とてもではありませんけれど妃殿下のお傍に侍らせることはできませんでした。ご理解いただけてからは、とてもやりやすくなりました。なんでも、天のお告げがあったとか素晴らしい夢を見たとかで、妃殿下がひどく優しくおなりになったのです。天使が舞い降りた日、なんて前の旦那様は冗談めかして仰っていました。
妃殿下はそれ以前からとても賢い方でしたけれど、なんと言えばいいのでしょう、型にはまらない賢さを見せるようになりました。魔法や料理の開発など、様々な分野に手を広げておいででした。どこからあんな想像力が出てくるのか、わたくしはとても不思議でございましたよ。やはりこれが才能というものなのでしょうね。才色兼備とは、正しく妃殿下のような方を指すのでしょう。奴隷商人の摘発や第一王子殿下を助けるなんて、それこそ常人にはできませんもの。まるで普通では知ることができない知識を天から与えられたかのようでした。
ええ、はい、その通りでございます。妃殿下は周囲の方ととても仲がよろしゅうございました。当時は婚約者であらせられた王太子殿下や自らお救いになった第一王子殿下、騎士団長家の御子息や魔術師団長の御子息、兄君の婚約者の方など、それはもう交友関係が広かったのでございます。今でも皆さまと仲良くしておられるとお聞きしました。人の弱さを受け入れる懐が深いと言いましょうか、とにかくその人をまるごとありのままに受け入れるといった御方でしたから。妃殿下とお会いした方が皆虜になるのも頷ける話でございます。
妃殿下を恨んでいる人? まさか、そんな方がいるとは思えません。これほどに素晴らしい方を、誰が恨むというのです? 王太子妃の御位に就かれてからも、真摯かつ謙虚な姿勢を崩さなかったと聞いておりますよ。尊敬するならまだしも、恨むだなんて......ありえないことです。
――ベルローズお嬢様、ですか。ええ、確かにお仕えはしましたが......それほど詳しい話はできないかと。お嬢様は誰かに心を開いたことがありませんでしたので、わたくしどももお嬢様のお好みさえ知らないのでございます。好きな食べ物、花、色......お嬢様にとって、すべてのものは等しい価値しかないようでございました。何をしても笑わず、泣かず......わたくしはお嬢様ほど感情がない方を見たことがありません。御両親からの愛情を注がれなかったため、と言ってしまえばそれまででしょうが、幼い時からずっとそうなのです。幼子らしく駄々を捏ねることすらありませんでした。手がかからない、と言ってしまえばそれまでですけれど......
はい、確かに、お嬢様は妃殿下のように素晴らしい発明をなさっておられました。特に魔法にかけて、同年代で右に出る者はいないと言っていいでしょう。3,4歳の時分で、既に論文をお読みになっているのですから。ええ、5歳にもなっておられませんでした。驚かれるのも当然のことです。わたくしだって、初めはただのお遊びだと思っておりましたから。けれど、お嬢様の才能は本物だった。それから10年、お嬢様は研鑽を積み重ねておいででした。学園でも常に首位を譲らず、国の為の婚姻も粛々と受け入れておいででした。
――ほんとうは婚姻を嫌がっていたのではないか? いえ、それはほんとうに、分からないのでございます。表情にも言葉にも出ないのですから。ですがきっと、お嫌ではなかったと思います。嫌という感情を理解されているかも、定かでない御方でした。
戯言と笑ってくださいまし。お嬢様とお話するとき、わたくしは、まるで知恵のある大人を相手にしているような気分だったのでございます。
3.級友の証言
王太子妃殿下の御薨去、心から悲しく思っております。次代の王妃として、優れた御方を失ってしまったことが無念でなりません。
ええ、王太子妃殿下とは社交界でお話する機会が幾度かございましたわ。何しろわたくしも公爵家の娘、年が上とはいえど王太孫殿下の婚約者として目されていた時期もございましたの。ああ、勿論今は婚約者一筋ですわよ? わたくしより年上で体格もいいのに、初心なところが愛おしくて......あら、ごめん遊ばせ。話が逸れましたわね。
王太子妃殿下は親しみやすく、身分に分け隔てなく接する御方でした。ですから、人材登用の要だと賞賛される方、貴族の責務を蔑ろにすると警戒心を抱く方と、評価は両極端であったように思います。わたくしの考え? 伏せさせていただきますわ。何しろ我が家は中立、妃殿下に肩入れしている、王家に叛意がある、などと思われては堪りませんもの。
そうですね、妃殿下が幼いうちから作られた料理や道路整備に関する草案は、興味深く有益なものであったことは確かです。令嬢、というよりは発明家としての功績ではございますが、我が国の進展に寄与したと言っても良いでしょう。そのような面は素晴らしいことであると思いますわ。
個人的な感情はございません。お話したことがあるというだけで、親しい訳ではありませんでしたから。
――ベルローズ様について、ですか。ええ、入学当初から同じクラスで、親しくさせていただいておりました。放課後、流行りのカフェに行ったり、お買い物をしたり。学生の時しか出来ない娯楽を、共に楽しんだものです。ベルローズ様はクリームの甘味よりも果物の仄かな甘みを好んでいたようで、カフェに行くと毎回、違うフルーツタルトやパフェを頼んでおられましたわ。学園にいるときよりも幾らか柔らかいお顔をされていたので、今でも印象に残っております。
恥ずかしながら、わたくし、ベルローズ様に嫉妬したこともございますの。魔法開発、貿易協定の推進、領地改革......天からいくつもの才能を与えられていることが、羨ましく思われたのです。けれど、少し見ていれば気づくことでした。その才能は、途方もない努力に裏打ちされているのだと。ひとり高みを目指すベルローズ様についていけるように、必死に努力したものですわ。おかげで、万年二位の好成績で今まで通っております。......一位のベルローズ様には、ついに一度も勝てませんでしたけれども。
――下級貴族や平民からは冷淡だと思われていた? 致し方のないことでしょう。ベルローズ様は王太子妃殿下の姪、公爵家のご令嬢でしてよ? いくら学園が身分にとらわれず、を謳ったところで限度がございます。距離を置いた対応をするのは当然でしょう。ベルローズ様が冷淡ならば、わたくしなんて冷酷と称されてもおかしくありませんわ。他人との距離の取り方ひとつをとっても、令嬢の見本のような方であったと思いましてよ。
アスガルド帝国の皇太子殿下との婚約が決まったと聞いた時には驚いたものですわ。あれほど優れた御方を他国に出してしまうなんて、勿体ないことですもの。ご本人は気にされていないご様子でしたけれど、実際はどうだったのでしょう。あまり感情を露わにされない御方だったので、怒っていたのか悲しんでいたのか、ほんとうのところは分かりません。
心の奥底で何を考えているのか分からないのに友人と呼べるのか、ですって? まあ、ではあなたは読心術がおありなのね。奥方の不満も敵対派閥の動向もすべて掌の上なのかしら? お父様に進言してみようかしら? こんな素晴らしい方が王家派にいらっしゃると。――そうではないなんて仰いませんわよね? あなたのその口ぶりでは、相手の感情をすべて知らなければ友人に成り得ないそうですもの。
ふふ、あなたの定義とは異なりますけれど、わたくしにとってベルローズ様は友人でした。
――そして、失踪なさるほどお辛いことがあったのに、何も打ち明けてくださらなかったこと、そうできるに足る友人に成り得なかったことを、悲しく思っております。
え? ベルローズ様が王太子妃殿下を追い詰めた? それで王太子妃殿下が自害した?
馬鹿なことを仰るのですね、と申し上げたら不敬になるのでしょうね。書記官がそう仰っているのなら、他ならぬ王太子殿下がそうお考えなのでしょうから。
はっきり申し上げますけれど、わたくしはベルローズ様がそのようなことをなさったとは思いません。国の為、様々な技術を無償で提供し、他の令嬢ならば嫌がる婚姻を受け入れた方です。何の目的あって王太子妃殿下を害そうというのですか? そもそもベルローズ様は王太子妃殿下の姪、どのような諍いがあれば妃殿下が自死を選ぶほどの衝撃を与えられるというのでしょう。
不愉快ですわ。これ以上ベルローズ様のことを貶める発言をなさるようでしたら、退席させていただきます。ごきげんよう。
次話で完結になります~




