異界からの落とし物 〜見知らぬ王の墓〜
いつものようにガシャン!という音で目が覚める、また空から不思議な物が降ってきたのだろう。
何度か国のお偉いさんが来て『異界から召喚された物体である』と説明を受けたが、何のことかサッパリだ。
私の庭にはそれはもう日に日に積まれてゆくガラクタの山ができている。 今日はどんな物が落ちてきたのやら。
たまにそのガラクタを魔物がくわえて持って行ってしまうのだが、何に使うというのだろうか。
今日のガラクタは馬車の荷台のようにも見えるが、車体が金属で出来ているし、何より車輪を回そうとして力いっぱいやったら少ししか回らない、この車輪に巻き付いた黒くて硬い弾力のある塊は何なのだろうか。
ガラクタを眺めるのに飽きて家に戻り、数時間ほどすると急に空の方が暗くなったので、おかしいなと思い庭に出てみる。
何故か雲が割れてその中から大きなドラゴンが翼を広げて降り立った。
怯える私など見向きもせず、今朝落ちてきたガラクタを掴んで飛んで行ってしまった。
さてはあのガラクタはドラゴンに都合の良い物なのだろう、そう私はさほど気にも止めずに命拾いした安堵で胸がいっぱいになり、抜かした腰をよっこらせと勢いづけて立ち上がった。
あくる朝、ガシャンという音で目が覚める。また空から不思議な物が降ってきたのだろう。
落ちてきたソレは、昨日のアレと似ているな。
するとまた空が割れてドラゴンが降り立ちガラクタを掴んだ。 私が見ていると気付いたドラゴンが何やら気まずそうにしているようにも見える。
思い切って話しかけてみた。
「私の庭で何をしている?」
恐怖が逆転して冷静になり怖い物知らずの無敵状態だった、今思えば私はどうかしていた。
すると驚く事に、そのドラゴンが口を開いたのだ。 そしてハッキリとした口調で私に「これはお前の所有物か?」と発したのだ。
私はこれまた強気に「私の庭にあるのだ、私の物に決まっている」と凄んでみせた。
ドラゴンは少し驚いた表情を見せて「そ、そうか…。ならば何かと交換しよう、そうだな…欲しい物はあるか?」と交渉を持ちかけたではないか、何故そんな事をする必要があるのだ、私を殺して奪えば良いものを。
私は少し考えて「ではそれをくれてやる代わりに、たまに話し相手にでもなってくれるか?」と言ってみた。
なにもドラゴンと話しをしたいわけでもないのだが、この土地は街からも遠く、知り合いも少ない。
私の家から隣の家までは十里も離れているし、収入はガラクタをスクラップにして鍛冶屋に売っているから安定しているので暇を持て余しているのだ。
今になって冷静になると、ドラゴンと話しが合うわけがない事に気付いた。
しかしドラゴンの答えは素直なものだ「人間と何を話したら良いのか分からん」と、ごもっともな返答だ。
私は「いつもお前は誰と話しをしているんだ? そしてそれはどんな内容だ?」と、これまた素直に聞いてみた。
ドラゴンは「親しいリスが居てな、いつもそいつと話しをしている。リスはすぐ物事を忘れるから…まあ会話は続かんのだがな? そのリスは毎回、我の話を新鮮に聞いて驚いてくれるのだ。 昨日もそのリスと些細な事で喧嘩をしてな『食ってやるぞ!』と、つい脅してしまったのだ…するとリスは驚いて逃げてしまった…。 我は、もうあのリスは来ないのだろうと思うと寂しさが襲って来た。 しかし今日の朝ケロッとした顔で現れたのだ。 アレはなかなか良い話し相手だ」と感心しながら答えた。
「ほほう、それは良い友を持ったな。 そういう話しをしてくれれば良いのだ」
そう言うとドラゴンはハッとして「おお、これが会話というものなのだな、久しく忘れていたぞ。 こんなので良ければ話し相手になろう。 それと…コレは貰って構わないのだな?」と私の顔色をうかがっている。
私はそのドラゴンがどうにも人間臭く思い、笑いそうになりながら「ああ、約束だからな持って行って構わないさ。しかし、いったいそんな物をどうするというのだ?」と疑問をぶつける。
ドラゴンは「それは…人には言えん事に使うのだ…察してくれ」と、私と目を合わせようとしない。
「そうか、では察しさせていただこう」
何やら後ろめたい事に使うとみた。 皆まで聞くまい、好きにすればいいさ。
「うむ、察しさせてすまない。 では今日のところは帰るが、我は今度はいつ来ようか。 またこれが落ちて来た頃か?」
「おいおい、欲しい物がある時にしか会わない気なのか? がめつい奴だな、それにいつソレが落ちて来るか分からんぞ。 人間の寿命の儚さをご存知ないのか? 私の寿命などあと20年と言ったところだ」
「なに!? 20年… 一瞬の命ではないか!」
「一瞬ではなかろう、体内時計どうなっているのだ」
「うむ、一瞬は言い過ぎた。 リスとの会話と違って正論が返って来るのは新鮮だ、コレはコレで楽しいものだな。 今度リスも連れて来ても良いか?」
「ああいいとも、ドングリでも拾って食わせてやるさ」
「ドングリだと!? 我は竜王だぞ!そんな物は食わん!」
「リスにやるのだ、お前にではない。 ドングリでそんな身体になってたまるものか」
「そうか。 我は牛が好みなのだが…ついでに牛も拾って来てくれるか?」
「いや牛は拾って来れん、そもそも落ちとらんからな。 お前、わかってて言っているだろ」
「うむ、やはりダメだったか…」
「おもしれ〜ドラゴンだ。 そういえば名は何と言うんだ? 私はジョセフだ」
「おおジョセフと言うのか、そこはかとなく良い名だな。 リスの名は…リスに名などあったかな?」
「リスではない、お前の名だ」
「おお!それを早く言え! 我の名は竜王ニグメルグだ!」
「そうかニグメルグ。 お前ちょっと抜けとるな」
「グハハハハ! そう褒めるなジョセフよ!超絶照れる!」
「…プッ!ハッハハハハ! いや褒めとらんだろう!どう聞こえてそうなった!? ハッハハハハ!」
「グハハハハ!」
久々に笑った気がした。
次の日、ニグメルグはリスを連れて来た、想像したら分かる通り、リスとの意思疎通は難しい。
通訳としてニグメルグが内容を教えてくれるのだが、ちょっと意味が分からん。
「そうではない! リスよ、何度言ったら分かるのだ!」
「なんだ? リスがどうしたって?」
「いや…『ドングリはお前がさっき食ってしまったのだろう』と言ったんだ、そしたら『食べてない、食べたらお腹がいっぱいになって動けないはずだ』と言ってきた。だから『さっきまで動けなかっただろう』と教えたら『今は動ける』と言い出したのだ。困ったものだ…」
「ハッハハハ! そうか、では伝えてくれ。『その頬いっぱいに詰め込んだ物は何だ?』とな。 ドングリなら沢山あるから喧嘩などするな、今持ってくる」
「すまないなジョセフ。 リスよ、お前もジョセフにお礼を言え」
リスは私の顔をジッと見て何やらモグモグと口を動かしている。 おそらくお礼を言っているのだろう。
「リスはなんて?」
「いや? 何も言っとらん。 口の中のドングリに気付いて食べているだけだ」
「そうか、ハハハ やっぱお前らおもしれーわ」
それから数年が経ち、私達は親睦を深めていった。
たまに近くの村から供物として酒が届くようにもなった。 ニグメルグは酒が苦手らしく代わりに私が飲むことになったのだが、酒好きの私としてはありがたい事だ。
しかしここで問題が発生した。
ある日を境にドラゴンとリスがパッタリと来なくなったのだ。
最初はまあ、そういう日もあるだろうと思っていたのだが、それが1週間…2週間…1カ月と続くとなると話は変わって来るものだ。
もしや嫌われてやしないだろうな?
私は少し不安になった、相手はドラゴンとリスだ、そもそも人間である私とドラゴンと齧歯類との生活リズムなど始めから合うはずもないのは理解していたのだが…流石に長い。
仕方がないので、ドラゴンに教えてもらった巣の住所に手紙を書いてみたのだが、そんなドラゴンの巣に届ける命知らずな郵便屋など居るわけもなく、当たり前の事だが断られた。
「仕方ない…私が直接出向くとするか」
そうと決まれば旅の準備だ、私だって一応遠出する事もあるからな、街に出向いて買い物をしたり、鍛冶屋にスクラップ品を運んだりの事は出来るのだ。 ドラゴンの巣くらい1人で行けるさ。
支度を済ませて家を出た。『霊峰ニグメルグ』という山の頂上に住んでいるらしい。 山までは半日歩けば着くが、登頂するとなると危険だ、なにせ人間は近づかない秘境だからな。
まあドラゴンの住処にノコノコと出向く人間など私くらいのものだ。
霊峰ニグメルグという看板を見つけて、その山を見上げた。 草木が生い茂っているが、山頂辺りはゴツゴツとした岩場である。 なんとか行けそうな気もしないでもなくもない。
ここから先はドラゴンの住処ということで開発もされず、道も無いので道なき道を胸を張って堂々と歩いた。 迷子になる自信しかない。
しかしながら迷子など些細な問題だ、いつもドラゴンの方から来てもらってんだから、たまには私から会いに行くのも良い経験だろう。
そう思うと、少し浮足立って、道端に落ちている『良い感じの棒』を拾って装備し、素振りをしてみた。
うん、腐ってはいないし、充分な強度もありバランスも良い感じだ、気に入った。
最近覚えた鼻歌を歌いながら良い感じの棒を指揮者の棒に見立てて振ってみる。
背高く伸びた雑草を良い感じの棒で撫でたり、水溜りがあれば警戒して、助走をつけて飛び越えたり、少し小高い場所あればそれに登って両手を広げて歩く。
たまに空を見ては変わった形の雲を探し、道行く獣あればお辞儀をする。
「ん〜… あの雲の形は…リンゴかな?」
考えてみればリンゴなどあまり買って来ないな、そのままでも美味しいのはリンゴの偉い所だ。
辺りが暗くなりかけた、山のから見下ろす赤と紫が混じったような美しい空と森と民家を眺めていると、何か叫びたい心持ちになった。
「いっちょやってみるか。 ニグメルグのオタンコナ〜ス!!」
うん、大きな声を出すとスッキリするものだな。
すると地面がグラグラと揺れたと思ったら、大小色んな岩がこちらにゴロゴロと転がって来る。
これは危ないと思い、あたふたしていると空から大きな影が落ちてきて、目の前が真っ暗になってしまった。
「よく来たなジョセフ、貴様1人なのか?」
ニグメルグの声だ、私を覆うようにして岩から守ってくれたのだろう。 いや、コイツのせいで岩が転がって来たとみるべきか?
まあ、それはさて置き。
「ニグメルグよ、もう2ヶ月にもなるが何をしていたのだ? 来れないなら来れないと言ってくれんと困るぞ。話し相手とはそういうものだ」
「そうか…それはすまない事をしたな…」
「どうした、元気が無いように見えるが? お前らしくもない」
「実はな、リスが…。 リスが死んでしまったのだ…」
「なに!? …そうか、それは…」
言葉に詰まってしまった、何か言って慰めてやろうとすればするほど、喉の辺りが塞がってしまう。
こういう時に友として何と声をかければ良いのか分からない。ここに来て人付き合いをしてこなかったツケが回ってきてしまった…。
何か言わなければ。
「そ!そうだ! 墓は作ったか!?」
「何? ハカだと? 何だそれは」
「生き物が死んだら、亡骸を埋めてそこに石を立てる。そしてその石に名を刻むのだ。 供養をする意味でな、そしたら墓参りなどをして思い出話しなどをするのだ」
「おぉ…おお! それは良いな!そうかハカか! 名案だ!」
良かった、なんとかニグメルグと共通の話題になったぞ。
リスが死んだのは悲しいが何もしないわけにもいかない、齧歯類の友をちゃんと弔ってやろう。
「ではニグメルグよ。 さっそく墓石を作ろう、手ごろな石にお前の爪で名を彫ってくれ」
「わかった! 立派な石を持ってこよう! して…名はどうする?」
「そういえばリスには名が無かったな。 奴の名は『リス』で良いだろう?」
「いや、それは種族名だろう。 立派な名を付けてやりたいのだ」
「なるほど、それは戒名というやつだな。 そこに思い至るとはニグメルグよ、お前は賢いな。感心したぞ。 何か戒名の候補などはあるか?」
「うむ! 『王』は付けたいな!我とお揃いだ!」
「ほう、では齧歯王はどうだ? 齧歯類の王という意味だ。 …たぶん」
「ゲッシ王か! なかなか良いではないか! ではリスの亡骸と石を持って来るのでしばし待て! グハハハハ!」
ニグメルグは翼をバサッと広げて飛んで行ってしまった。
毎回思うのだが、あの巨体をあんなペラペラの翼で浮かせられるのは色々と物理法則を無視しているな。
しかしリスの亡骸か、恐らくかなり腐敗していると思うが…それは言うまい。
どれ、私は穴を掘るとしようか。 キャンプ用の道具を持ってきて良かった。
ジャキンッ!
この折りたたみのスコップは庭に落ちて来た物だ。 たまにこういう使い勝手の良い物が落ちて来るから面白い。
ザクッザクッ! ザクッザクッ!
墓穴はこんなものだろうな。 リスは小さくて助かる。
しかし棺桶が無いな…。
この水筒で代用しようか、お湯を入れればずっと温かく、冷たい物はずっと冷たい不思議な水筒だ。 私はこれを『魔法瓶』と呼んでいるが、正式名称は何と言うのだろうか?
そうこう考えていると、空からズシンッ!と大きな白い石が降って来た。
「ニグメルグよ。 危なく潰される所だぞ、気を付けろ」
「すまんすまん、少々張り切り過ぎた」
ニグメルグの手には、葉っぱに包まれたリスの亡骸があった。
「それがリスの亡骸だな? ではこの水筒に入れて、この穴に埋めるぞ。 終わったらその石を乗せてくれ」
「うむ!心得た! では我は名を刻むとしよう! え〜っと…?」
私の顔をチラチラと見ている、書き方が分からないなら言えば良い物を。
私は装備している良い感じの棒で地面に大きく文字を描いた。
「ニグメルグよ。『齧歯王』とはこう書くのだ、出来るか?」
「まかせておけ! 我は竜王、この世の叡智の集合体ぞ!」
「そうかそれは初耳だ、任せるぞ」
水筒にリスを入れて蓋をし、墓穴に入れて土をかぶせた。
ニグメルグはというと、大きな白い石に爪でガリガリと文字を彫っていた。
とても真剣な表情で、少しずつ少しずつ丁寧に文字を彫った。
そして完成したそれは、荒々しくもどこか温もりを感じさせる文字で『我が友 齧歯王 ここに眠る』と書かれていた。
「おお、ニグメルグよ。 想像の上を行く出来栄えだな。 これはどう見ても立派な墓石だ」
「そ、そうか! うむ!それは良かった!」
リスを埋めた場所に墓石を立て、私とニグメルグは両手を合わせて拝んだ。
別に何かの宗教を信仰しているわけでもないのだが、自然とこの形がしっくりきたのだ、そして今までのリスとの思い出を反芻する。
後で食べようとしたドングリをどこかに隠して、隠した場所を忘れてジタバタと癇癪を起こしたり、急に姿が見えなくなったと思ったらニグメルグの鼻の穴に入って寝ていたり。ニグメルグがくしゃみをしてリスが大砲の弾丸ように飛んで行ったり。
…変なリスだったな。
しかし…共に過ごした日々は、それはそれは楽しいものであった。
急にリスが遠くを見つめて指を差したものだから、私もその方向を見てみると、何も無かった。 ふと自分の手元を見ると、私のクッキーが消えていた事もあったな。
うん、変なリスだったな。
思い出すと面白い、不思議と口元が緩んで来る、それと同時に不思議と涙が止まらなくなった。
ふと隣のニグメルグを見てみると、ニグメルグは目や鼻から液体を垂れ流しながらも優しい表情で墓石を見つめていた。
「よし、墓も出来た事だし。そろそろ帰ろうか。 今度はここで3人集まって話しでもしよう。 お供え物としてドングリでも持って来るか」
「おお!それは名案だなジョセフ! これならリスも寂しくなかろう! 帰りは家まで我が乗せて行ってやる」
「ほう、ドラゴンに乗るのは初めてだな。 ではお言葉に甘えさせてもらうよ。 少し楽しみだ」
ニグメルグが私をお姫様抱っこをして自宅まで運んでくれた。
「思ってたのと違ったが。 ありがとう」
「礼には及ばん。 今日は本当に世話になった、いやはや…実はどうすれば良いか悩んでいた所なのだ。助かったぞジョセフ」
「礼には及ばんよ。 また明日出向くとしよう。 ではまたな」
私は家に入り、ニグメルグは山へと飛んで行った。
それからというもの、私とニグメルグは毎日のように墓参りをして、笑って過ごした。
20年後
リスの墓石の隣に、一回り大きな墓石が建てられた。
『我が友 ジョセフ王 ここに眠る』
ニグメルグよ。
やはり、お前ちょっと抜けとるな。
読んで頂き感謝です( *・ω・)
そんなあなたの今日の運勢は大吉です( *・ω・)




