激流少女
「カレン」
そう名前を呼んでくれた
あの子とも、もう会えない。
後ろを振り返ってみても、
道は分厚い水の壁に遮られてた。
「最も若い娘を生贄とせよ」
お父さん、お母さん
ごめんなさい。
わたしがもう少し早く
産まれていれば。
「水神さまに逆らってはダメ」
わかってる。
水神さまの機嫌を損ねたら、
村は干上がるか押し流される。
わたしは流されるだけだった。
「お前はこれより、我の妻だ」
水神さまは、そう告げた。
そして、わたしに絡みついて、
わたしの涙を舌で舐め取る。
わたしはつくづく、生贄だった。
「妻として、その身を我に曝け出せ」
”妻”だなんて、非道い嘘。
水神さまにとってわたしは、
ただの”供物”でしかない。
そこに”わたし”は居なかった。
「出して! ここから出して!」
水に埋もれたこの場所から、
わたしは袖を濡らしながら叫ぶ。
……声は激流の轟音にかき消されて、
これは泡沫なんだと思い知った。
「逃がさないぞ」
水に閉ざされたこの場所で。
涙を枯らした、わたしすら
水神さまは蹂躙した。
わたしは溺れ、沈んでいく。
「……………。」
逃げることなんてできないまま、
絡み付かれて、弄ばれ続ける。
からだは濡れて、こころが冷える。
わたしは生贄になってしまった。
わたしは激流にさらわれて
ここでずっとひとりきり
……………。
あなた、だあれ?
「行こう」?
わたしはここに居るよ。
ここに居るしか、ないの。
わたしは、どこにも行けないんだよ。
「……キミを犠牲にして得られた水なんて必要ない」
「溺れてしまったと言うのなら、今から掬い上げてみせる」
「だから、行こう」
「――カレン!」
……おねがい。
わたしを、連れ出して。
蜘蛛の糸のような頼りない糸だったとしても、
”わたし”を必ず釣り上げてくれると、信じられたから。