表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

花火

 戦争は長く続いていた。心優しい少女は、はいしょくの濃くなってきた小国の中央部、小さな村に住んでいた。


 少女の住まう小さな家には、天井に大穴が開いていた。爆弾が家を直撃し、やわな天井がチーズのように吹っ飛んだのだ。しかし他に住むあてもなし、少女の一家は天井に青いビニールシートを張り、雨が降れば()()()()になる家で日々をしのいでいた。


 半年前に天井を吹っ飛ばした爆弾は、少女の足も奪っていった。いまや少女の両足はひざから下が失われ、少女はぼろぼろのベッドに雑巾のような毛布をかけて、一日じゅう横たわっていた。


 両足を失った日から、少女の精神は崩れていった。この戦禍に『美しいもの』しか目に入らなくなったのだ。日夜落とされる爆弾を『花火』と思い込むように……そのたび飛び交う悲鳴も怒号も、そのあとに残される無数の焼けただれた死体も、耳にも目にも入らない。


 父は戦場に召集され、今は戦地のどこにいるのか、その生死さえ明らかでない。少女の歳の離れた兄は生まれつき体が弱く、そのため『兵士になれなかった自分』を情けなく、腹立たしく思っている。母はそんな『素直な』息子と、精神を病んだ足のない娘を案じつつ、爆弾の落ちるすきまを縫って、配給所へと通う日々……。


 そんな歪んだ日常は、さらに悲劇で彩られた。配給所を爆弾の雨が狙い撃ち、ついに母親も帰らぬ人となったのだ。少女はいまだ何も知らず、むしろ何も知ろうとせず、割れたガラスの向こうの『花火』を眺めて歌うようにしゃべり続ける。


「ああ、綺麗ね、本当にきれい……この国は幸せな国ね、毎日、毎晩、こんなに素敵な花火がたくさんあがるんだから……ねえ、母さんはどこに行ったの? 今日の花火はいつもよりもっと多くて大きいわ、母さんにも見せたいのに……」


 兄はきつくくちびるを噛む。噛みしめ噛みしめ、ついに赤い血がにじみ出し、兄はもう堪えきれずに少女の肩をわしづかみ、獣のようにえ立てる。


「――いい加減にしろ!! お前の愛しい母さんはな、『花火』にやられて死んだんだ!! 何が花火だ、爆弾だよ、爆弾なんだ!! いいかお前、この国は今戦争をしてるんだ、戦争の真っただ中なんだよ!! くそくらえだ、現実から逃げるお前も、お前の『花火』もくそくらえだ!!」

「……ねえ兄さん、見て……花火がこっちへ向かってくるわ、どんどん家に近づいてくる……綺麗よ、本当に、涙が出るくらい美しい……」


 窓に目をやった兄が栗色の目を見開き、その瞳に大写しに『花火』が映り、次の瞬間、家も兄も、足のない少女も吹き飛んだ。花火は見事に爆発し、後にはただ、がらがらのがれきと、焼けただれた死体ふたつと、赤剥けの土が残された。


 ――そして、戦争はけて終わった。


(完)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ