ep.3
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「被害者は一馬芳雄、68歳。衆議院議員を4期務め、引退後はテレビのコメンテーターとして活躍していました。妻は2年前に死別。息子が1人います。昨夜、ホテルに連絡をしたのは息子だと思われます」
「報告ご苦労」
糟良城警部は、報告をした土田巡査部長を労った。
昨夜、ホテルの総支配人である関根という男性から、被害者が亡くなる数時間前、ロビーで1人の男性と言い争っていたという証言が得られた。
すぐさま近くにいた警備員に取り押さえられた男性は、被害者に一言こう言った。「この人殺し」と。
ホテルから提出された防犯カメラの映像を現在、鑑識課が顔認証にかけているところだ。
コンコンと捜査一課の戸をノックする音が聞こえた。2人が鳴る方へ視線を向けると、鑑識課の制服を着た女性が立っていた。縁のない大きな丸メガネを掛けている。
「彩葉、もう分かったの?」土田が言った。
「うん。前科があったから」御手洗彩葉が2人のいる方へ歩いてきた。
顔写真を受け取った糟良城は、土田にも見せた。
「以前、不法侵入で捕まってました。氏名は、朝桐勉。住所は下に書いてあります」
「良くやった」
「ありがとう」
2人から褒められ、彩葉は嬉しそうな笑みを浮かべた。
書いてあった住所には、古い木造2階建てのアパートがあった。外に洗濯機が置かれていて、側面に外階段がある。2人は階段を上がり、1番奥の206号室の前に来た。
インターホンがないので、糟良城がドアを強く数回叩いた。
「平日にいますかね」
「さぁな」
扉が開くと出てきたのは、顔写真と比べて髪が長く、清潔感ない朝桐勉の姿だった。
「おたくら何者?」
2人は警察手帳を見せると、朝桐は寝起きから緊張した表情に変わる。
「警察が何の用だよ」
「同行してもらう」
「何でだよ。俺は何もしてねぇぞ。それに任意だろ?断る」朝桐は2人の刑事を交互に見て言った。
「じゃあ、この男を知ってる?」土田がスマートフォンに一馬芳雄の顔が映った画面を表示させ、朝桐に見せた。
「一馬だろ?それがどうしたんだよ」
「昨夜亡くなった」糟良城が言った。
「俺、疑われてんの?」
「この人殺しって言ったからな」
「だからって殺さねぇよ」
「昨日の夜なにしてた?」
「記事書いてた。徹夜で。部屋で1人だったからアリバイはねぇよ」
「そうか……わかった。連絡先を教えてくれ。後から署に呼び出しを依頼する可能性がある。街からでるな」
朝桐は部屋の奥からメモ帳を持ってきて、電話番号をボールペンで殴り書きした。ビリビリと1枚破くと、糟良城に渡した。
朝桐は、もういいだろと言って扉を閉めた。2人は階段の方へ歩いた。
「いいんですか?引っ張らなくて」
「任意だからな。それに何も収穫がなかったわけじゃない」
「えっ、ありました?収穫」
「記事を書いてたと言ってた。職業は記者がライターだろう」
2人は階段を降りて、駐車場に来た。
「署に戻ったら朝桐勉について調べろ。どんな記事を書いていたのか、一馬芳雄との接点、不法侵入、全部だ」
「調べます」
2人は車に乗り込み、アパートを後にした。