ep.1
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土田稀巡査部長は、眉間を寄せながら人指し指で両耳を塞いだ。
エレベーターで高層階に上がる時に感じる、耳が詰まったような感覚。彼女にはそれが耐えられなかった。
早く目的の15階に着けと祈りながら目を閉じると、到着音が鳴り扉が開いた。
事件現場の1505号室の前の廊下には、スーツを着た長身の男性刑事と、ネイビーのワンピースを着た女性が立っていた。2人とも左手の薬指にお揃いの指輪をつけていた。
その装いは、高級ホテルにはふさわしいが、こと犯罪現場の捜査においては場違いである。
「お疲れさまです」土田が言った。
「おつかれ」ワンピースを着た女性が男性越しに明るい声で言った。
「慶都先生、糟良城警部とどこかへ行かれたんですか?」
「高そうなレストランに連れてってくれたの」
糟良城を挟んで2人は内緒話をするように小声で話した。彼はうんざりしたような表情でため息をついた。
「良いですね。夫婦で水入らず。憧れ……」
「土田」糟良城が話を遮った。
「すみません。鑑識の作業が終わるまでなにか話そうかと」
室内は鑑識課が指紋の採取や、カメラで現場の撮影が行われていた。
「ホテルの従業員から話は聞いたか?」糟良城が聞いた。
「はい、第1発見者の男性従業員から話を聞きました」土田が頷いた後、手帳を広げてさらに続けた。
「今日の夜10時頃、家族から連絡が取れないとフロントに電話があったそうです。その後、従業員が部屋の確認に向かったところ、遺体を発見」
「他には?」
「総支配人が捜査責任者と話がしたいと」
「わかった、後で聞こう」糟良城が言った。「鑑識の作業が終わったみたいだ」
「はい」
鑑識課で出ていき、入れ替わるように3人が部屋の中に入った。ベッドはダブルベットで浴室とシャワーが一体となっており、窓からは綺麗な夜景が見える。
部屋に入ってすぐ左手のバスルームに入るドアノブに、ネクタイで首を吊った男性の死体があった。
「自殺……ですか」土田が言った。
監察医の慶都は遺体の前でしゃがみ込み、頭から足のつま先まで観察した。
「うーん、どうだろう」慶都が言った。「ここ見てくれる?」
彼女が遺体の右手首を軽く持ち上げた。糟良城と土田が凝視する。
「注射痕?」糟良城が聞いた。
「そう」慶都は頷いた。「手首の炎症や痛みを和らげるのに打つことがあるんだけど、炎症とか痛みがある人ってサポーターとか痛みを和らげるものを着けるでしょ?でもこのご遺体にはそれがない」
「ということは……どういうことです?」土田は聞いた。
「自殺の可能性も、もちろんあるけど、注射された薬品がどういうものなのかによっては、殺害された可能性があるってこと」
「なるほど」
「ご遺体を大学に持ち帰って、薬物検査する。分かったら連絡するから」
「わかった」糟良城が頷いた。