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【アオイ・きせき】

作者: 葉月いつ日

 クリスマスイブの朝、君は天国に旅立ってしまった。


 ❁⃘


 君と初めて出会ったのは、今から六年前。お互い十歳の時だったかな。

 同じ日に、同じタイミングで入院。部屋は違ったけど同じ階だったうえに、同じ名前だったからすぐに打ち解けたのを思い出すよ。


 自分を呼ぶみたいで嫌だったから、僕は君を"君"、君は僕を"ユー"と呼びあっていたね。


 僕達は、心臓に大きな病を抱えていた。将来的に、移植を考えなければならないほどの――。

 だけど、いつもぽかぽかのお日様のような笑顔を浮かべる君からは、とても同じ病を患っているとは思えなかったかな。


 ❁⃘


「デート、してみたいな」


 自宅よりも病院に居ることが多くなってきた今年の夏。病棟のあいだにある中庭を散歩している時に、君が呟いた。

 出会ってから五年。"可愛い"から"綺麗"に変化を遂げた柔らかな笑顔を直視するのがとても大変だった。


 だから――


 僕で良かったら――


 と言えたのは、翌日のことだった。


 二人で主治医の先生に、外出のお願いに行ったよね。

 最初はなかなか首を縦に振ってくれなかった。でも、一生懸命にお願いしたら条件付きで許可を出してくれた。


 スマホの電源を切らない。買い食いはしない。薬は絶対に飲む。何かあったらすぐに連絡する。時間通りに帰ってくる。


 制限は多かったけど、許可が出たのが嬉しくてハイタッチをしたっけ。


 初めて二人で電車に乗って出かけた街――とはいえ、たった二駅だけだったけど――。


 どちらともなく観ようと決めたホラー映画――あまりにも怖すぎて、気がついたらお互いの手と手を強く握り合ってたね――。


 コーラで流し込んだ病院食のお弁当とお薬――飲み物まで指定されなかったから――。


 もう少し二人でいたくって、スマホの電源を切り足を運んだ夕暮れの海――帰ったら凄く怒られた――。


 あのデートは、病に不自由を強いられてきた僕達の大切な思い出になったんだ。


 ❁⃘


「ユーは、青いバラって見たことある?」


 十二月の真ん中。集中治療室から戻ってきた君が笑顔で言ってきた。


 ベージュのニット帽――髪を洗ってないから見られたくないらしい――を被り、窪んだ目を細め、色素を失った唇の端を弱々しく上げた微笑みは、昔から変わらないぽかぽかお日様のようだった。


「ううん。どうして?」

「花言葉が【奇跡】なんだって」

「へえ、そうなんだ」

「手に持つと、奇跡がおこるのかな?」

「かもね。僕も欲しくなっちゃった」

「いつかまた、お出かけできたら一緒に買いに行こうよ」

「うん。楽しみだね」


 それが、僕達の最後の会話だった。


 君との短い面会を終え部屋に戻ってすぐに、僕は床に崩れ落ちてしまった。

 集中治療室で意識を取り戻したのは三日後。それから六日後のクリスマスイブに病室に戻ると、君が天国に旅立った事を知らされた。


 一日中泣き続けた翌日、目を覚ますと枕元にクリスマスカードが置かれていたのに気がついた。

 無気力のままユルユルと右腕を動かしカードを持ち上げると、一枚の紙切れ――栞――が胸元に落ちた。


【ユーへ】


 ミミズが這ったような震えた文字を見て、再び涙が溢れ出す。こんなになるまで僕を優しく呼んでくれる君に、あいたくてあいたくてたまらない。


 身体中に繋がったチューブを全て引きちぎり、君のそばに掛けていきたいのに、栞を摘むだけで精一杯の自分の力の無さが悔しくてたまらなくって、余計に涙が溢れ出す。


 両目に溜まった涙をパジャマの袖でぬぐい取り栞を裏返すと、鮮やかに描かれた花のイラストが目にうつる。


 ぼんやりとする視界の中で、それが青いバラだと分かった瞬間だった。コンコンっとノックの音がしたあと、部屋の扉が開かれた。


 そこには僕たちの主治医の先生が穏やかな笑顔で佇んでいて――。


「アオイ君のドナーが見つかったよ」



 ❁⃘ ❁⃘ ❁⃘





お読みいただきありがとうございます。


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