一話
どうしようも無い疲労に意識が朦朧とする中、尚も俺は必死に鶴橋を振るっていた。
来る日も来る日も壁を掘り続けて、どれほどの時がたったのだろうか。
疲れた、手が痛い、もう休みたい。
その三つだけが俺の頭の中を巡っていた。
毎日続く、こんなくそったれな労働には嫌気がさす。
やめようにも辞められない、休もうにも休めない。
なぜなら俺は奴隷で、人々にとって絶対の下位的な存在だからだ。
前に疲れ果てて定期的な休みを願った奴は、その手に持っている木の棒でめった打ちにされていた、俺よりも小さいやつだった。そいつは声にならない叫びをあげながら、その暴力を受けていた、奴隷というだけでだ。
殴るスキンヘッドの恰幅が良い男はこう言っていた。
「俺に頼みごとをしやがったな、ゴミ奴隷ごときが俺に頼み事なんてしやがって、謝れ、ゴミ奴隷」
男の子は髪をつかまれて、殴られ、殴られ、しかし謝罪なんてする暇は無くて。
まさに理不尽そのものだった。
しかし、恐れをなしている俺たち奴隷の中には、誰一人としてそれを咎められる者は居なかった。無駄だと分かって居るからだ。何故ならこう言う理不尽はたまに見る事で、皆次が自分の番になる事を恐れているのだ。出て行って、たとえ止められたとしても自分の死が近づく事になるし、出て行って止められなかったとしたら、ただ犠牲者が増えるだけで意味がないのだ。
そうして男は結局、男の子がピクリとも動かなくなるまで棒で殴り続け、その体を地面へと投げ捨てた。そして、死んだと思われるそいつの亡骸を俺たち奴隷に片付けさせ、「お前らもこうなりたくなきゃ、おとなしく働き続けろ」と言った。
男の子は只の、程の良い見せしめだったのだ。少し覗いた男の子の顔は言うに堪えない酷いもので、今でも鮮明に思い出せる。あの子には悪いけど、嫌な記憶だ。
だから俺は、俺たちは休めない、こうした犠牲者に続かない為に、せめてもっとマシな死に方を求めて。
俺らは厳しい労働を続けて疲れても、休憩の指示が出るまでは休めない。やっとの気持ちで休みができても数分経ってしまえばもう一度働き始めなければいけない。地獄のループだ。
俺が居るのは、どうしようも無いほどに辛い場所。
山ほど居る、奴隷の仲間たちは自分の事で精一杯。
助け合いなんてなくて、ただただ、疲れ果てては休んで、働いて、休んで働いてを続ける日々。
次の犠牲になる事を恐れ続けて、弱音を吐くことも躊躇われる。
重労働に見合わない飯に、その上不味い、痩せ果てて細い身体は今にも折れてしまいそうな程だ。
嫌気が差して、逃げ出そうにも警備が厳重で、その上ここは島で、周りは広い海に囲まれている。
奴隷なんて辞めたい、普通に生きたい。
窮屈で、辛くて、貧しい今の生活に、そう思う日々が続いていた。
俺の夢は、世界中を旅する事、アホみたいに女と遊ぶ事、こんなクソみたいな世界を壊す事、そして、幸せな生活を送ること。
今はまだ力はないし、見込みも無い。
でもいつか、いつかのその為の、欲望の足掛かりになるその時の為に。
俺は着々と、コツコツと準備をしながら、その時が来るのを待っていた。
─────
俺はいつも通りに働いて居た。
鶴橋を振って、振って、壁を砕く、振って、振って壁を砕く。今日も今日とて、目的も意味も分からない仕事を続けていた。疲れ果てて居るのも、またいつもと変わらない事だった。
周りにも同じように、疲れ果てながらも労働を続ける奴隷たちが幾人もいた。皆一様に死んだ目をしていて、思考を放棄しているようだった。
いつも通りの腐った日常、上位の人間による搾取は変わらず、そこに平然とあり続けていた。
するとあの、スキンヘッドの男はまた何か気に食わない事があったそうで、太めの木の棒を持ってこっちへと歩いてきた。僕はその様子をちらっと見た。ただボーッとしながら掘っていただけだったから、何も問題無いと思ったのだ。
しかしどうやら予想に反してたどり着いたのは、俺の目の前だった。
「お前、いっつもちらちらこっち見やがって、なめてんのか」
ひどく理不尽な理由だった、確かに、怖くてたまにちらちらとは見てしまってはいたけど、本っ当にたまにでしかなかった。しかし、どうにもそれが気にくわなっ方のだろう、俺は襟首をつかまれながら、威嚇するように言われた。機嫌が悪かったのだろうか、本当にひどく理不尽なものだった。しかし、難癖をつけられてしまったからしょうがない、あっさりと俺は死の間際に立たされていた。
「す、すみません、あなたの様子が少し気になってただけで、なめてたわけじゃないんです。ただ、あなたに憧れてたから、あなたの事を少しでも多く知りたかっただけなんです」
俺の口はとっさにそう言っていた、自分でも、なぜ咄嗟にこんな反吐が出るような嘘が言えたのか謎だった、がしかし、この程度の言葉でも禿は少し機嫌を良くしたのか、口角が上がっていた。こんなちょろいやつだったとは思っていなかった俺は、思はず心の中でほくそ笑んだ。
「あぁ?俺のどこに憧れてたんだよ?」
恐ろしいが、少し機嫌のよさそうな様で言ったのを見て好機を見出した俺は、襟首を掴まれながらも、何とかして賛辞の言葉を捻りだし、不快にならない程度で後に続けた。
「その豪胆な性格であったり、プライドを重んじる気高さ、そして力強い良いその姿、言い切れないほどあります」
俺の適当なでっち上げの言葉で機嫌を直したのか、ちょろい禿は、襟首を掴みながら良いところを言うのを続けろと促してきた。
無理に捻りだした、さっきの言葉で賛辞の言葉が尽きてしまっていた俺は少し焦って言葉を続けようとした。
「その大きく出たおなか、態度、それらすべては貴方が圧倒的な上位存在であると、私達ら下等な存在に知覚させるに、とてもとても素晴らしいものだと思います」
かなり無茶苦茶を言ったけどどうやらお気に召したらしい、続けろと促してきた。
やはり物は言い様とはよく言ったものだ、少し考えれば完全に馬頭でしかないこんなひどい言葉に満足するなんて、それとも、もしかしてマゾとかそういうのなのだろうか。
「冠のように輝くそのスキンヘッドと、すべすべなお肌、まるでお貴族様方のような、いえ、王者の風格すら感じられる出で立ちです」
まだまだいけるようだ、ニコニコと、満足そうに微笑んでいる、今までに見たことがないほどに上機嫌である。オブラートに包んだ罵倒を繰り返してるつもりのこっちからしたら、まさに滑稽そのもので、逆に楽しくなってきてしまった。次は単純な褒めでいってやろう。完全なる嘘ではあるけれど、簡単に騙されてくれそうだ。
「その微笑み、まるで母の優しさを思い出すような温かみと、天使のような癒しの波動すら感じます」
「あ”あ”ぁ”!!??」
こわっ、何かが逆鱗に触れたようで、急に怒り出してしまった。いくら何でも短気すぎやしないだろうか、多分こやつの器は、防水効果が無くなったカッパの表面で表面張力ギリギリのラインで残る水滴よりも小さいのだろう。回りくどいおかしなことを考えていると、禿が俺の胸倉を掴みかかった。
「ひっ」
さっきまでさんざん馬鹿にしてはいたけど、やっぱしこいつ怖い、凄く怖い、こいつの犠牲者の事を考えたらここまで舐めてかかるべきじゃなかった。俺はきっとこの後、意識がある中で顔面を、体を、徹底的に甚振られるのだろう。俺はこの後自分に起こる惨事と、自分の死体を想像し、急な恐怖に襲われた。怖い。突如として沸き上がった禿からの殺気に俺はビビりまくった。
「あ”あ”ぁ”!!??」
またも禿は凄んだ。
「ひっ、ひぃぃぃぃ」
金玉が縮こまり、尻の穴がきゅっとすぼんだ。
どうにかして助かる道は無いか、俺は焦りながら、そして過去の自分をひどく憎みながらも考え始めた。まずは──、
すると突如、辺りに何かおかしな気配を感じた。身の毛が立つ、恐ろしく強大な気配だった。
またも命の危険を感じるものだった。その恐怖は、禿の凄みを軽く上回るものだった。
そして時を同じくして尋常では無い衝撃が響き渡るのを感じた。
足踏む大地が突き上がり、壁が軋み、地の空が撓む。
すると、揺れにビビったのか、気配にビビったのか、それともその両方にビビったのか、禿は咄嗟に俺の襟首を放した。
「「ひっ」」
「うっ」
俺は宙に一瞬浮くも、態勢を整えてうまく着地した。
地に降りて感じたそれは、それは何か一つの、世界を変えるような、天変地異ような驚くべき衝撃だった。
「「うぁぁぁ!!」」「「きゃーーー!!」」
身の毛のよだつ気配とともに訪れたその破壊は人々を恐慌状態へと陥れた。
恐怖で縛られていた奴隷たちも、縛る恐怖以上の何かを感じて悲鳴を上げて逃げ始めていた。
脆弱な補強によって支えられた天井と道、俺らが今いる場所くらいだったら、崩れてもおかしく無いような衝撃だった。
奴隷どもは恐怖に慌てふためき、仕事を投げ出し、今すぐにでもここから逃げて助かろうと動き出した。またそれは、クソみたいな飼い犬共にも言える事だった。禿も自分らの役目を忘れて、奴隷どもを管理する役目を投げ出し、逃げ始めていた。
辺りは叫び声と衝撃音、そして岩が崩れる音で満ちていた。
恐るべき衝撃は今なお続いていた。
当然だが、先ほどの事を軽く上回る命の危機を感じた俺も逃げ出していた。
揺れたその時、俺は襟首を放した禿を放っておいて走り出していた。
「おい!!お前、奴隷風情が俺を置いて先に逃げるのか、許さねえぞ!!」
後ろから聞こえる禿の声も無視して走りだした。
禿は今も通常の禿のままだったようだ。
倒れる人は踏みつけられ、先を行く人は押し退けられる。他方から悲鳴と怒号、そして崩落する音が響き渡り、人が押し寄せる狭い道は詰まり、押し潰され。
崩落するその道に居たもの達は皆揃って岩に潰され、鮮血とエグい音を撒き散らしていた。
俺は全力で一本道を走った、後ろから響く禿の怒号と、凄まじい衝撃音、そして後ろから響く悲鳴をも振り切って走った。
走りながら俺は、いつかの為、地道に記憶したこの異常な程に広い洞窟の経路を必死に思い出し、生き残れる望みが高そうな道を頭の中で弾き出した。
この道を抜けた後にある四つの道の中で一番人がこなさそう、かつ崩れて居なさそうな道に当てをつけ、その道の先の道でも同じような当てをつける、と言う事を繰り返した。
漸く出た四つの分かれ道、人が多そうだと予想通した道から、多くの声と足音が聞こえた。そこの道は広くかつ、出口への最短経路の内の一つだったからだ。
そして俺が選んだ道は2番目に人が多そうな道だった。
ここの道は広いけど、他の道と比べて出口から3番目には遠いのだ、だから人がいても走りやすい上に詰まりずらい。
後ろから、まだ生きていたのか、あの鬼畜禿の声が度々聞こえた。
「どけっっ!!」
「あ”ぁ”ぁ”!!」
前にいる人間を押しのけながら走っているのだろう、悲鳴と怒号が聞こえていた。
「どごぉぉぉん」と度々後ろから響き渡る崩壊音もまた俺を焦らせた。漂う血の匂いと、響く悲鳴、怒号と崩壊音、そして何かによる衝撃音。あまりに非現実的な恐ろしい光景と状況だった。
走っても走っても終わらないこの道と、恐怖。数秒が、そして数メートルが永遠にすら思えるこの待ち遠しさ。すべてが俺の心を削っていった。
曲がっても、続き、曲がっても続き。
永遠に思える時を過ごした俺はその後、ついに止まることがなく出口の目前へとたどり着いた。
が、まだ揺れはまだ収まっていなかった。
通路の先に、走る先に見えるその光は、俺にとって救いだった。
ようやく訪れる自由、ようやく安心が出来る外に出られる喜び。
走って、走った。
出口を抜けると、熱い風を受けた。
からっとして、それでいて異常なほどに暑い空気だった。
俺を待ち受けていたのは、またもや地獄だった。
辺りには熱で溶けてガラス化した大地がひろがり、その熱によって温度が上げられた空気が吹き荒んでいた。見渡すそこには、いくつものクレーターがあり、その衝撃と熱ですべてが巻き起こったものだと察した。
空を見上げてみると、眩い幾つもの光芒が見えた。いくつもの隕石がこちらのほうに落ちてきていたのだ。もともと洞窟の周りにあった警備施設や道は見る影もなく、隕石のインパクトによって消え去っていた。
洞窟から先に逃げ出てきていた者も、やはりその地獄のような光景に衝撃を受けたのだろう、茫然となって立ち尽くしていた。洞窟の崩落からようやく生き延びたと思ったらこの光景が広がっていたのだ。無理もない、行くも地獄、帰るも地獄、こんなふざけた状況に投げ出されてしまえばこうもなるだろう。
「あぁ、あぁ、あ”ぁ”——、リ、リーナぁ”ぁ”!!!!!リーナぁ”ぁ”ぁ”!!!!リーナぁ”ぁ”!!!」
頭を抱えて泣き叫ぶ男もいた。
奴隷のような恰好をしておらず、監視員らしき男だった。
もともと小さな町があった、今はもう何もない場所を見て泣き叫んでいた。
しかし、隕石による災厄はまだ終わっていなかった。
いっそう途轍もないインパクトをもたらしたその隕石は俺の耳を壊し、また、洞窟の出口を崩落させた。途中まで出かかっていた者の中には目前で瓦礫に潰され、聞こえない声を口で見せていた。
俺は止まっていた。
出口から出てきてしばらく走った後ずっと、今潰される人を見るまで。
「動かないと」とも思った、「考えないと」とも思った、でも、俺にはそんな気力は残っていなかった。根性と気力でようやく逃げ出した後にこの現実だ。この感じだと、島全体が隕石衝突の危機に曝されていると考えても良いのだろう。俺にはこの先、生き残る為の道など思いつきようもなかった。
早速に理解した現実で絶望していると、後ろからはしぶとくも生き残ってしまった禿の声が聞こえた。
「はぁ、はぁ」
ぎりぎりで生き残ったのだろう、息を切らしていて、まだ辺りの様子には気づいていない様だった。
あたりを見渡して、少し驚いた後、俺を見つけて表情を獰猛なものへと変えて、何かを言おうとした。
俺はその表情に、体をびくりと震えさせ、鳥肌を立たせた。この状況である、特に何も感じないように思えたが、体に染みついた恐怖はなかなか取れないようだ。が、しかし突如落ちた隕石の衝撃で俺は吹き飛ばされた。噴煙立ち込める辺りの景色は、起き上がった俺の視線を遮った。しかし、暫くの時間がたつと、辺りの煙は消え去り、インパクトの震源地の姿を露わにさせた。
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、ぷっ、ぷっ、あはははははははははははははははははははははははははは」
跡地の場所をじっと見て、暫く唖然とした後、盛大に笑い転げた。訳もわからいない内に、あんなにも簡単に、そしてあんなにも唐突に禿が死んだことが面白く感じられて、仕方がなかったのだ。あれだけ理不尽と、恐怖を撒き散らしてきた禿があんなにもあっさりと死んだのだ、鬱憤と喜びと衝撃がないまぜになって、隕石が降る中、俺は笑い転げてしまった。
命の危機も忘れて、ただただ俺は笑い転げた。
そうして、当りには男の笑い声と、叫びが、しばらくの間響いた。
そしてふと気付いた、準備が全部パーになったと。




