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2年前、離婚したはずの夫から、花束と手紙が届きました

作者: りすこ

 ピアへ


 ぼくたちが別れたのは、お互いを知るために必要な時間だったんだね。


 今ならきみの全てを受け入れられる。

 きみの過ちもゆるせる。

 意地を張らずに、戻っておいで。


 ロジェリオ・ローリングより



 2年前、離婚したはずの元夫から、花束と手紙が届いた。

 私、ピア・ゲッツは今、修道院で暮らしている。

 元夫は私の居場所を知らないはずだ。

 それなのに、なぜ。


「なに、これ……」


 花束の中に入っていた手紙を見て、ゾゾゾッと、背筋が凍った。

 文面もおかしいが、花の種類もおかしい。

 黄色いガーベラは、元夫の恋人が好きだった花だ。

 何もかもが、気持ち悪い。


「ピアさん、どうしたの?」


 花を届けてくれた配達員の少年、リチャードの声で我に返る。

 リチャードは大きな灰色の瞳を不安そうに揺らしていた。


「……ううん。大丈夫。リチャード、配達、ご苦労さま」

「いいよ。仕事だし。それよりも、おじいちゃんがピアさんのスープを飲んでから調子がいいんだ」

「まあ、そうなの?」

「また修道院に来るって言っている」

「スープの配給時間に来るのかしら? 今日のスープは、かぼちゃの甘みがたっぷり味わえるものよ」

「わぁぁぁ」


 リチャードがごくりと唾を飲み干す。可愛い。


「リチャードも来てね。待っているわ」

「うん! いくよ! またね!」


 リチャードが手を振りながら笑顔で駆け出す。私も手を振りながら見送ったけど、花束を見て、胃が痛くなった。


 忘れていた元夫――ロジェリオとの結婚生活を思い出してしまった。



 ロジェリオと結婚したのは、彼が二十歳。私が二十二歳の時だ。地方貴族で、たった一人の男子だった彼は、それはそれは大切に育てられて、望むものは全て手に入ると勘違いした人だった。


 絹のような滑らかな長い金髪。吸い込まれそうな碧眼。ロジェリオは顔立ちがよかったけれど、好みの女性を見つけるとすぐに口説くし、女遊びの激しい人だ。


 地方貴族の端くれだった私は、5人の弟の長女として育った。


 父も母も亡くなり、ひとつ年下で結婚して子どもが3人いる弟が、小さな土地を切り盛りしている。そんな弟が、援助金目当てにロジェリオとの縁談に飛びついた。ロジェリオの家も、男子が多く生まれる家系ということで、私との縁談に飛びついた。


 いわゆる政略結婚というものだけど、ロジェリオは、最初から私の容姿を嫌っていた。


 私は吊り目で、冷たい印象の顔立ちだ。髪の毛もストレートではなく、ぱっとしない赤錆色のくせっけ。

「ぶさいくを抱かなくてはいけないなんて嫌だ」

 と、ロジェリオには面と向かって言われたし、

 ロジェリオの母親も

「子どもを作るのが優先。顔は我慢なさい」と言うばかり。

 イラッとしたけど、弟が持ってきてくれた縁談だ。

 すべての言葉は呑み込んだ。


 結婚して初夜を迎えたけど、はい、出しました、ぐらいの義務感の強い行為だった。

 強く体を揺さぶられたから、ふしぶしが痛くて、悲しかった。


 結婚してすぐ、ロジェリオは家に寄り付かなくなった。帰ってきても、顔をしかめて見られ、会話することはほとんどない。ベッドを共にすることもない。


 それなのに隣の屋敷に住んでいた義母は三日に一度は家にやってきた。

 子どもが生まれやすくなるお守りや、食べ物を私に渡してきた。


「あなたの家系は子供ができやすいのでしょう? 頑張って、良い子を産んでね」


 純粋な目で言われてしまっては、「問題はお宅の息子さんです」と、言えるはずもなく。

 私はハーブティを義母に出しながら、笑みを顔に貼り付けていた。


 それに未亡人で莫大な遺産を受け継いだ義母は毎週末、友人を呼んでガーデンパーティーをする。その時に用意する料理は、私の担当。

 手作りのお菓子を食べてもらったら、義母が気に入り、パーティーの料理担当になってしまった。


 ふりかえると、ロジェリオのやる気がないのに、子どもが産まれるはずもない。それでも、当時の私は自分が不出来なせいだと思いこんでいた。


 ロジェリオに義母のことを話しても、顔をしかめられるだけ。そして、結婚して半年後。ロジェリオは恋人を連れてきて、屋敷の中に住まわせた。


「路地裏で暮らしていたら、ロジェリオ様に拾われたんです。マレーネです♪ 仲良くしてください♡ あ、この花束、ロジェリオ様からもらったんですよ。わたしの好きな花なんですっ」


 マレーネは人形のようにきれいな顔立ちの人だった。

 ロジェリオよりも一歳年下。ふっくらした艶のある頬に薔薇のような厚ぼったい唇。タレ目を細くして甘えるしぐさをする。路地裏で暮らしていたというわりには、胸はしっかり大きい。

 ストレスで激ヤセしてしまった私とは大違いだ。

 呆然としていると、ロジェリオが私の体を上から下までじっくり見た。彼はやれやれと両肩をすくめる。


「ピア……きみの今の姿が残念でならないよ。痩せてしまったら、子どもなんかできるわけないだろう? きみはマレーネほど美人ではないのに、これ以上、美しさを損なってどうするんだい」

「……ロジェリオ様あ、そんな本当のことを言ったら、ピア様がおかわいそうです」

「マレーネ、……君は優しい人だね……」

「えへへ♡」


 ロジェリオはマレーネの腰に手を回し、額にキスをしていた。マレーネの手の中には、黄色いガーベラの花束が咲き誇っている。まるで結婚式でも挙げてきたみたいだ。幸せそうにほほ笑むふたりを見て、すべてがどうでもよくなった。


 やってらんない。


「……そうですか。なら、私とは離縁してください」

「えっ……」

「マレーネ様を好きになったということでしょう? 抱く気が起らない妻よりも、マレーネ様と子づくりに励んだらどうですか」

「あ、いやっ……マレーネは可愛いが、離縁したいまでとは……」

「は? では、マレーネ様は愛人とするのですか?」

「マレーネがそばにいれば、君との子づくりも嫌にならない。マレーネが僕を癒してくれるから」


 つまり、マレーネとえっちの練習して、私と本番するわけですか?


「わたし、ピア様を追い出したいわけじゃないんですっ 一緒に仲良く暮らしましょう?」


 マレーネが瞳をうるませて、しくしくと泣きだした。


「ピア! マレーネを泣かせたな! だいたい離縁は、簡単にできないでしょ? 体裁も悪い。それぐらいわからないの?」


 なぜ、そうなる。どうしようもない人だと思っていたけど、ここまで無知だとは……頭痛がしてきた。


「結婚は無効にできると、家庭教師から教わりました」

「えッ……」

「教会に届ければ可能です。条件は、一年間、夫婦の時間がないことです。マレーネ様との間に子ができたら婚外子となってしまいますよ? 男子だったら、待望の世継ぎですよね?」


 私はヤケになって、にっこりと笑った。


「マレーネ様に妻の座をお渡しします。どうぞ、ご遠慮なく受け取ってください」


 声にトゲがでた。だけど、これくらいはいいだろう。


「いやっ……それでも、離縁するには時間がかかるだろう?」

「あと、半年後のことです。あ、私のことは気になさらず。本邸ではなく離れに暮らしますので」

「エッ……!」

「では、離婚する日まで、ごきげんよう!」


 私はムカムカしながら叫び、離れの小屋に暮らし始めた。


 小屋の周りは私が趣味で育てたハーブの庭と、小さな家庭菜園がある。

 ハーブの知識は家庭教師に教えてもらった。体が元気ではないと心も元気にならない、というのが彼女の教えだ。


 香り豊かなハーブの庭は私の癒し。好きなように手入れして、のんびり離婚できる日まで待てば良い。

 来ない夫を待って、冷たいベッドで体を丸めるよりは遥かによいだろう。うんうん。


 私はすぐに荷物をまとめた。着慣れた衣装と、ついでにワインとグラスとパンと釜と食器を持って、さっさと離れの掃除をはじめた。


 木造作りの離れは、倉庫だった。もともとは使用人の部屋として使われていた場所だ。大釜がおける暖炉はあるし、藁を敷き詰めるベッドもある。


「住む場所としては充分よね」


 井戸で汲んだ水を運んで、掃除を始めた。時間はかかったけど、床までピカピカだ。藁のベッドにはリネンのシーツをしいて、寝心地良くしてっと。


「うん。いい感じ」


 ひとりになると、全てから解放された気分になる。


「ふふっ。誰もこないし、ワインをゆっくり飲もうかしら」


 持ってきたワインをあけて、グラスに注ぐ。赤いワインの色と香りに酔いしれ、口をつけた。


「くぅぅぅ! さいっこー!」


 その晩は、上機嫌でワインを飲み干し、ぐっすり眠った。

 こうして始まった私の離縁カウントダウン生活だったが、2日後に義母が突撃してきて、平穏が崩れた。


「ピアさん! ロジェリオと離婚するって本当なのっ?!」

「ロジェリオ様に好きな相手ができましたので」


 それが、なにか?

 と言いたげに首をひねると義母は蒼白し、震え上がった。

 私は義母が好きなハーブティーを淹れて差し出す。

 これを飲むと、義母は落ち着く。


「か、考え直して頂戴……ロジェリオも悪かったと思うけれど……」

「マレーネ様が妻になればいいですよね。愛し合っているんですし」

「でもね。でもね。あのマレーネって子、礼儀がなっていないし、あなたみたいに気遣いもしてくれないし、料理もできないし」


 ハーブティーを飲みながら、義母が愚痴を吐く。

 私はあっけらかんと笑った。


「愛があれば大丈夫ですわ」

「えっ」

「私を嫌ってマレーネ様を選んだのはロジェリオ様です。半年後には離縁します」

「嫌ってって……そこまでは……」

「嫌ってますわ。閨を共にしておりませんし」

「エッ……!」

「半年後には出ていきますので、それまでのあいだ、ご迷惑はおかけしません。お母さまもマレーネ様とお幸せに。ロジェリオ様が選んだ方ですもの。間違いありませんわ」


 にっこり笑うと義母は絶句した。

 ヨロヨロと帰っていく姿にスッキリして、私は本邸に行かなかった。


 本邸でガッシャーンだの、バッシャーンだの。窓ガラスが割れて義母がロジェリオに怒鳴る声が聞こえたけれど、ほうっておいた。盛大な親子喧嘩だろう。うんうん。


 その後も何度か義母の突撃があったけれど「愛があるから大丈夫です!」と言い続けた。


 離れに来て2か月後、マレーネが突撃してきた。タレ目に涙をいっぱいためて、両手で顔をおおって泣いている。迷惑だな。


「うっうっ、お、おおがあざまが、わだじを、ふできなむずめだというんでずうっ!」

「ああ、義母様とうまくいかないんですね」

「ううううっ、うううぅ〜!」

「義母様はハーブティーとお菓子を出せばイチコロですよ」

「えっ」


 マレーネが涙をひっこめた。迷惑がちょっと解消した。


「こちらをどうぞ。ガーデンパーティーに使っていたレシピです。ワインゼリーを好まれていたので、義母さまを攻略するのに、ご利用ください」


 マレーネにレシピを渡すと、また泣きだしてしまった。


「ううううっ、ピアざまあああっ わたしにこんなに、やざじぐしてくだざるなんてええっ わたし、ピアさまを、誤解していまじだあああっ」

「愛があれば試練は乗り越えられます。がんばってください」


 感情がともなわないエールを送って、マレーネを本邸に返した。


 離婚できる日まで残り一週間。二度と見たくないと思っていたロジェリオが突撃してきた。


 げげっ、と顔をしかめると、ロジェリオは私の姿をじっと見つめた。はじめて会った時は、そこそこ美男子と思ったけど、今はへのへのもへじに見える。どうしてイケメンだと思ったのか。目が腐っていたんだな。


「……何かご用ですか?」


 距離を保ちながら尋ねると、ロジェリオはふっと芝居がかった笑みをはいた。


「……つれないね。ぼくたちは夫婦じゃないか?」

「一週間後には、赤の他人ですわ」

「今からでもやり直せるだろう?」

「は?」


 ロジェリオは唇を舌でなめながら、私に近づく。様子がおかしい。視線が妙に熱っぽい。気持ち悪い。


「ねえ、ピア。今のきみなら、ぼくは抱けるよ? ぼくたち、初夜からやり直そう?」

「初夜は二度と取り戻せない大切な一夜ですしっ! 時間は巻き戻せませんからっ!」


 ロジェリオに腕を掴まれ、肌があわ立つ。本当に一体、なんなのっ! なんで、今さらっ!

 頭が混乱して、涙がでそうになったとき。


「ひどいわあああ! ピアさまああああ!」


 ドスドスと足音をたてながら、ふくよかな救世主が現れた。


 ――え? 誰?


「ま、マレーネっ?!」

「え? マレーネ様、なんですか?」

「うううっ、わたしとロジェリオ様の結婚を応援してくれたじゃないですかあ! ロジェリオ様を誘惑するのは、ひどいですうううっ!」

「っ……マレーネ。き、きみとは結婚しないっ ピアはここにきて美しくなった!」

「は? ロジェリオ様と関わっていないから、健康的になっただけですよ?」

「ぐぅ……! そ、それでもぼくらは夫婦で!」

「ふたりともっ ひどいっ ひどいわあああっ」


 前よりもふくよかになったマレーネが、顔を両手で覆い、泣き出す。


 なんだろう。この修羅場。


「はあ、マレーネ様。体型が変わられたんですね。ご懐妊されたのでは?」

「えっ……」

「弟の嫁が妊娠したとき、足がむくんだり、味覚が変わったり、情緒不安定になっていました。子どもと一心同体になるわけですからね。充分に体を休めないといけませんわ。ご自身をいたわってくださいね」

「わたしが妊娠……」

「ロジェリオ様、お医者様の手配を。さあ、今すぐ!」

「えっっ!」


 嬉しそうなマレーネと、蒼白するロジェリオ。

 ロジェリオの動きが悪かったので、私から義母に話をつけた。


 義母は「子ども!」と目を輝かせ、婚外子になってはカワイソウと口にして、ロジェリオに離婚届けを書かせていた。


 離婚届けは夫から提出しないと、教会で受理されない。悲しいかな。女性が出しても無効なのだ。


 一刻も早く、彼らから離れたかった私は、その日のうちに荷物をまとめ、着の身着のまま実家に戻った。


 もう限界だった。

 話が通じない人の相手をすることほど、疲れるものはない。


 でも、実家に帰っても、ロジェリオとの縁談に食いついた弟が当主だ。長くいるつもりはない。私は弟にはっきりと言った。


「離婚して家を出てきたから」

「ええええっ! お金はどうするんだよっ!」

「一年間で、援助金は多くもらえたでしょ?」


 私はノンブレスでロジェリオとの結婚生活を語った。聞き終えた弟はしょんぼりと肩を落とした。


「……ごめんなさい。お金は?とか言いません……」

「よろしい。もう私をあてにしないで……疲れたわ……」

「ねえちゃん……ごめん」


 根は素直な弟だ。これ以上、しかる気にもなれない。次男は騎士だし、三男も騎士だし、四男も騎士だし、五男は騎士見習いだ。みんなそれぞれの道を歩んでいる。私も自分の道を歩きたい。


「修道院に入るつもりだから、めったに会えないけど、元気でね」


 弟の妻と、弟の3人の子どもたち、甥っ子たちに挨拶して、私は恩師であるシスターの元に行った。


「あら、ピア?」


 シスターの顔を見たら気がゆるんで、ちょっと泣きそうになった。シスターは私の事情を聞いてくれ、冷笑した。


「わたくしの可愛い教え子が、そんな目に。……全員、滅ぼしたくなるわね」

「神に仕える人が、滅ぼすとか言っていいのですか?」

「いち個人の感想よ。ふふっ」


 シスターは優しい目をして、私の頭をぽんぽんと撫でた。


 もう、小さな子どもではないのに。

 皺の入った優しい手になでられ、ひどく安心した。私はスンと鼻を鳴らす。


「今まで、よく頑張ったわね」


 それからシスターは、ロジェリオが本当に離婚届けを出したか怪しいから、と付け加えた。


「今の制度では、夫が離縁状を届けなければ、離婚が成立しないわ。苦労している女性をたくさん見てきた。ピア、聖地に行って、ゆるしの秘跡を受けなさい。ゆるしを得れば生まれ変わったことになって、結婚は無効になるわ」


 聖地への巡礼は、騎士団が護衛してくれるらしい。


「聖地に行きたいです……それで私の結婚が無効にできるなら、なんでもしたいっ」

「そう。ではまず、体力をつけなくてはね。巡礼の旅は過酷よ。充分に休養して、騎士団がくる場所に行きましょう」


 こうして私は、シスターが運営する修道院にお世話になることになった。

 シスターがいる修道院は、ハーブの楽園だった。何種類ものハーブを育て、療法として活用している。


 修道院は小さな都市みたいで、ため池で魚を飼育し、鶏や羊をそだて、自主自足のサイクルができあがっていた。


 私は半年間、シスターからハーブの知識を学び直した。巡礼の服に着替え、乾燥したハーブを持って、騎士団に護衛を頼んだ。


 騎士団の護衛は、無料でしてもらえる。巡礼者を聖地まで送った騎士たちへの報酬は、教皇聖下が支払うのだ。ありがたい。


 護衛の騎士団長は、ファルク・コルネール・リヒテンベルク様。

 短く刈り上げた黒い髪に、鋭い眼光。年齢は32歳。

 近寄りがたい雰囲気がある屈強な男性だ。

 それもそのはず。ファルク様は戦争の英雄だった。


「団長のファルクです。あなたを聖地へお届けします。夜盗がでますから、私から離れないでください」


 すっと、言葉が耳に届く、いい声の方だ。ファルク様がまなじりを優しく下げ、私を見てほほ笑む。ちょっとドキっとした。


 年上の男性に笑顔を向けられて、ころっといくなんて。自分でも弱っているなと思いなおし、軽く頭をふるう。


 巡礼者は私だけだった。護衛騎士もファルク様しかいない。


「ピア・ゲッツです……宜しくお願いします。ファルク様、自ら来てくださったのですね……」

「おや、私のことをご存知で?」

「ええ、片足をなくされてもなお、敵を打ち払った英雄だと」

「はははっ、光栄だ」


 快活に笑ったファルク様に、私は目を丸くした。


「巡礼者が女性一名、ということで、私、自ら赴きました。美人に弱い騎士は多いですからね。疲れたら馬に乗ってください。聖地まで一緒に行きましょう」


 そういって、ファルク様はたづなを引いた。自分の馬に私の荷物をくくりつける。

 聖地への旅は、半年がかりだ。

 その間、私はファルク様とたくさん話をした。ファルク様は、意外に甘党で、お菓子が好きだった。


「この顔で甘いもの好きなんですかー!と、よく部下にからかわれるんですよ」

「まあ、ふふっ。私、お菓子なら、弟たちに作っていました。かぼちゃのタルトとか」

「カボチャのタルト、うまそうですね」

「カボチャを皮ごとオーブンに入れて焼くんですよ。砂糖は高いですから、少量で済むように、頭をひねりました」

「……あなたは賢い方だ。それにしても、タルトはうまそうだ……」


 目を輝かせるファルク様を見て、作ってあげたい気持ちがむくむく沸き上がった。


「次の休憩所で、台所を借りましょうか? それで、その……よろしければ、私の作ったタルトを召し上がってください」


 大胆なことを言ってしまっただろうか。ロジェリオにはズバズバ言っていたのに、ファルク様相手だと、どうも自分の言葉に自信が持てない。


「魅惑的な提案だ。楽しみにしています」


 にっと笑ったファルク様に、ほっと胸をなでおろす。

 その日、お世話になった教会で、私はカボチャのタルトを作った。ファルク様は気に入ってくださって、本当に美味しそうに食べていた。よかった。



挿絵(By みてみん)



 歩きの旅だから、足が疲れる。私はハーブティーを淹れて、ファルク様にもすすめた。


「マジョラムのハーブティです。苦味はまろやかで、飲みやすいです。いかがですか?」

「ああ、ピア嬢。ありがとう……うむ。甘くて、すっきりした味だな」


 こうして私は、身に着けた薬草の知識を使いながら、ファルク様と旅をした。


 寝泊まりさせてくれる教会に頼んでハーブを分けてもらったり、地元のシスターたちに、ハーブ料理をふるまったり。

 ひとりの時とは違う、ロジェリオと一緒にいたときとも違う、心地よさを感じていた。

 その輪の中で、いつも中心にいたのはファルク様。

 私の料理を本当に美味しそうに食べてくれた。うれしかった。


 ファルク様は、旅の間、ずっと私を気づかってくれた。男性とふたり旅だというのに、ふしぎと居心地がいい。

 おおらかな笑顔、否定のない言葉。

 ふとした瞬間の、ファルク様の目線が、歩幅が、座ったときの位置が、心地よい。距離感がちょうどいい。


 旅も終盤になると、私はすっかりファルク様に気をゆるしていた。自分の結婚生活をぽろっと言って、笑い話にしてしまうぐらいに。


「結婚生活をおしまいにしたくて、聖地に行くんです……本当に元夫とは、話がかみ合わなくて、まいっちゃいました」


 なるべく軽く。大したことがない話にしたかったのに、ファルク様は笑わない。真剣に聞いてくれた。


「……私がその場にいたら、元夫を斬っているかもな……」

「えっ」

「あ、いや……」


 ファルク様は気まずそうに頭をがしがしとかきむしった。


「ピア嬢、私の昔話も聞いてくれるかい?」

「えっ、ええ……」

「私は戦地で右足を失った。今は義足を付けている」


 そういってファルク様は靴を脱いで、義足をみせた。膝から下が木製の義足だ。

 ぎょっとしたけど、それを口にしてはいけない。ファルク様が戦ったあかしだもの。


「私は義足を付けても、戦った。そうしている者も多かったしね。戦うことが誇りだった。だが、戦いが終わり、褒章として姫君を下賜されることになってね……」

「……聞いたことがあります。でも、お断りになられたとか……」

「ああ、そうだね。私は地方貴族の端くれだったから、王族に名を連ねることが、最大の褒美と思われたのだろう。だが、姫君は齢14歳。その時、私は27歳。年齢が釣り合わなかった」

「……それでお断りに?」

「姫が良しとするなら、と思ったのだが、……姫に、おじさんは嫌だとハッキリ言われたよ」

「えっ……? でも、陛下からのお話だったんですよね……?」

「そうだったが、私に魅力がなかったのだろう。姫には好まれなかった」

「そんな、ファルク様はすてきな方ですのにっ」


 思わず本音を言ってしまい、慌てて口を閉じる。

 私ったら、何を言っているのかしら。もおっ。


「……ありがとう。姫の気持ちを考えると気がすすまなかった。だが、陛下の言葉でもあるし……と、迷っていたら、今の騎士団にいる部下にこっぴどく怒られてね」

「え?」

「『あなたは足を国に捧げたのに、心まで国に捧げるつもりですか! それは違うでしょう!』って」


 部下の口真似をした後、ファルク様はふっと笑みを口元におとした。そして、靴を履きながら、話をつづける。


「私から縁談を断った。陛下にはネチネチ言われたが、結婚は断ってよかったと思っている。代わりの褒章として、辺境の土地を与えられた。大火災があった後でな。建物はボロボロだったが、気持ちのいい人々が多い土地だ」


 戦の褒章として、小さな土地の領主となったファルク様は、その地で騎士団を設立。聖地巡礼の護衛という役目を教皇聖下から賜ったそうだ。


「騎士は続けられている。今の生活には満足だ」

「そうでしたか」

「だから、ピア嬢」


 脳に響く、いい声で呼ばれた。


「あなたを大切にしなかった人々を、心に留めることはない」

「……ファルク、さま……」

「自分ではどうにもできないことは、多々ある。それでも、過去にケリをつけようとするあなたは眩しい」

「そんなことっ……」

「最後まで、あなたの護衛をすると改めて誓ってもいいだろうか?」


 ファルク様は私の前で跪いた。ふいの行動に驚いて、目をぱちくりさせる。

 訳がわからずにいると、ファルク様は左手の甲を前に出すように言った。

 ファルク様は大きな手のひらで、私の小さな手をすくいあげる。

 触れるだけのキスを私の手の甲に落とした。

 びっくりしすぎて、両肩が跳ねた。


「あなたの旅が、あなたの未来を照らすものになりますように」


 ファルク様が私を見上げて言う。慈愛に満ちた瞳を見て、心臓がきゅうと掴まれた。


 そんなに優しくしないでほしい。勘違いしてしまうから。


 ファルク様は騎士として、職務をまっとうしようとしてくれているだけだ。

 それ以上でも、それ以下でもない。


 早鐘を打つ心臓の音が、ファルク様に聞こえないよう、私は服の上から胸元をぎゅっと握りしめた。


 無事に聖地に辿り着き、私は大聖堂の告解室にはいった。


 聴罪司祭さまの前で、両膝を床につける。ロジェリオへの不満を散々、言おうと思ったのに、そんな気にもなれなかった。


「私は……妻という立場に囚われずに、自由に生きてみたいです。……罪深いことかもしれませんが……」


 聴罪司祭さまは穏やかな笑みで答えた。


「立場に囚われずと言いますが、あなたが歩んだ道は、本当に誰かのためだったのでしょうか? 自分で選んだのではありませんか」

「それは……」

「あなたが選んだから、今のあなたがいる。それを受け止めなさい」


 厳しい言葉に、私はうつむく。聴罪司祭は私にゆるしをくれた。


「自分ではない誰かを変えようとするのでは、あなたの心は豊かになりません。それは、あなたがもっとも大事にしなければいけない、自分の心を、誰かに捧げているのです」

「あ……」

「自分の心を大切にしなさい。あなたのやってきたことを誇りなさい。悲しみも、喜びも、悔しさも、あなたが勝ち取った財産です」


 私が選んだもの。私が勝ち取ったもの。――ああ、そうか。

 苦しかったけど、笑い飛ばしたくなる話だったけど。

 結婚したことは、無意味ではなかった。

 ということだろうか。


「あなたは、あなた自身をゆるしなさい。神はすでに、あなたをゆるしています」


 締めの言葉を聞いた時、瞳から涙が零れ落ちていた。


「ありがとうございます」


 私の離縁は成立し、贖罪司祭さまが証明書をくれた。


 告解室の出来事は、教会法で守られ、外にもれることはない。ゆるしを得た私は、清々しい気持ちで、大聖堂を出た。


 私を見たファルク様は、ほほ笑みながら胸に手をあてて、腰をおった。


「無事に終わりましたか?」

「ええ……本当にここまでありがとうございました」


 私は深く頭を下げた。顔をあげると、ファルク様が目を細めて笑っていた。


「よい旅になりましたか?」

「はい。とっても」


 すっきりした気持ちで言うと、ファルク様が急に口を引き結んだ。なにやら、落ち着かなさそうだ。そして、ぼそっと呟く。


「……美人の巡礼者を口説くなとは、部下に言えんな……」

「え?」

「ああ、いや……ピア嬢。これからどうするんだい?」

「ああ、……」


 これからのことを考えていなかった。


「実家にも戻れませんし、恩師のところに行って、修道女になろうかと」

「そうか……あなたが、良いならば……なのだが」


 ファルク様が歯切れ悪く言う。


「私の領地に来ないか?」

「――え?」

「まだまだ開発中の土地で、修道院は人手が足りない。あなたの薬草の知識は貴重だし、来てもらえるならっ ああ、いやっ……言いたいことは領主としてではなくっ」


 ファルク様が言葉をきった。ぐっと眉根を寄せ、頭をぐしゃぐしゃになるまで掻き毟る。乱れた黒髪にぎょっとしていると。


「私は、あなたと別れがたいんだ。……いち個人として」


 熱をはらんだ眼差しで見つめられた。頬に熱をかんじながら、私はうつむく。


「あ、あの……はい。えっと……」


 こういうシチュエーションははじめてだ。どう答えてよいのか分からない。

 私は両肩をすくめながら、ファルク様を見上げる。


「……また、私が作ったお菓子や料理を食べてくれますか?」


 そういうと、ファルク様は無邪気な笑顔になった。


「もちろんだ。何度でも食べたい」


 笑顔にほっとして、私はファルク様の領地に行った。


 ファルク様の領地にある修道院は、想像以上に荒れはてていた。建物は雨漏りがひどく、民に配給しているスープには味がない。よれよれの修道女が3人。トオイメをしていた。


「これは……なかなか……直しがいがありますね」


 私の中で、火がついた。ここを恩師がいる修道院みたいにしたいと思った。あそこは、ハーブの楽園だ。


 ファルク様に恩師の修道院で学んだことを伝える。


「ハーブ園を作り、ハーブ療法をしたいです。修道院の周りではいい土があります。ハーブだけでは足りませんから、ため池を作り、魚を養殖しましょう。狩った動物たちは、冬が来る前に燻製にして、……ファルク様、この土地はパンを焼くときに税金をかけますか?」

「いや。みな、食うために必死だからな。腹を満たす手段をとりたい」

「そうですか。……ファルク様は民のための主なのですね」


 ファルク様の気遣いが、この地にも息づいている。私も力になりたい。


 恩師と頻繁に手紙のやりとりをして、修道院改革のアドバイスをもらった。落ち着いたころに、弟にも手紙を送った。返事はなかったけど、元気でやっていることだろう。


 領民のみなさまが、快く私の計画を手伝ってくれて、一年。

 雨漏りはなくなり、スープには修道院の周りで作ったハーブや、野菜が入れられるようになった。燻製した魚や、肉も。

 よれよれだった3人の修道女も、頬につややかさが戻っていった。


 忙しいけど、満たされた日々だった。


 ――と、思っていたのに。



「……どうして……今さら」


 ロジェリオのことは忘れていた。結婚していたことも、綺麗さっぱり頭から抜けていた。思い出すことはなかった。なのに、どうして……!



『ぼくたちが別れたのは、お互いを知るために必要な時間だったんだね。


 今ならきみの全てを受け入れられる。

 きみの過ちもゆるせる。

 意地を張らずに、戻っておいで。』



 2年ぶりに見るロジェリオの名前に、ぞくぞくと背筋が凍った。手紙を届けてくれたリチャードを見送った後も、その場から動けずに、私はロジェリオからの花束と手紙を見つめていた。


「ピア嬢……?」


 いい声が私の名前を呼び、はっと顔をあげる。ファルク様だ。彼と目が合った瞬間、私はとっさに手紙と花束を背中に隠した。心臓が早鐘をうち、ファルク様から目をそらす。


「……どうしたんだ。顔が真っ青だ」


 ファルク様が心配そうな声をだして、私に近づく。私は一歩、後ろにさがる。


 頭の中が混乱して、うまく考えがまとらない。胃が痛み、吐き気が喉元までせりあがってくる。


 ファルク様は護衛の準備をしていた。もうすぐ出立されるだろう。

 ご迷惑をかけるわけにはいかない。巡礼の護衛は、この土地では大きな収入源。元夫とのことで、ファルク様の手をわずらわせるわけには……


 そうよ……ひとりでロジェリオから逃げ出せたんじゃない。今度だって、ひとりで大丈夫。近づかれても、また逃げればいいじゃない。逃げれば……


 ――逃げるって、……どこへ?


 この土地から、去るの?


 ファルク様の元から、私は……去るの?


「こんなに震えていて、……ピア嬢、何があったんだ! 教えてくれっ」


 切羽詰まったファルク様の声を聞いたら、自分の心に嘘はつけなかった。


 私は、ファルク様のそばに居たい。


「ファルク……さま」


 助けてくださいとは言えなかった。手紙と花束を握ったまま、彼の名前を呼び、涙を流した。


 ファルク様は私が泣き止むまで、何も聞かず、そばで見守っていてくれた。そしてすべてを打ち明けた時、ファルク様は眉間に深い皺を刻んだ。


「あなたがこの地を去る必要はどこにもない」


 手紙が届いたということは、ロジェリオが近くにいるかもしれない。その事実に、ぞっとした。震える私にファルク様が言う。


「修道院の護衛を強化する。ひとまず、私が晩までここにいよう」


 思ってもみない提案だった。でも、同時に申し訳なさもこみ上げる。


「……すみません。ファルク様」

「なにをだい?」


 鋭いまなじりが、やさしくなっていた。


「私があなたを守りたいんだ。守らせてくれ」


 嬉しくて、私は何度も、こくこく頷いた。


 ファルク様は本当にそばに居てくださった。スープの配給時間のときも、ファルク様が警戒してくれて、無事におわった。


 旅のときと同じように、近づきすぎず、離れすぎず、そばで私の行動を見守ってくれる。


 ところが、騎士団員が修道院に来て、帰ってくるように、慌ててファルク様に言っていた。だけど、ファルク様は断っていた。


「ピア嬢の周りに不審者がいる。私が彼女を護衛するから、巡礼の準備はきみたちがしてくれるか」

「不審者……え? ピアさん、大丈夫っすかっ!」

「え、ええ……ファルク様がいてくれますし……」

「団長! ふとどきものの特徴を教えてくださいっ! 見つけ次第、俺らもボッコボコにしますっ!」


 フンと鼻を鳴らす騎士団員に、私は目を丸くする。

 ファルク様はニヤリと口の端をあげた。


「ああ、ボッコボコにしてやれ。ピア嬢」

「……はい?」

「うちの騎士団は血の気が多いから、安心しなさい」


 おおらかに笑ったファルク様を見て、ほっとした。


 団員は「手紙を配達してくれたリチャードに詳しい話を聞いてくる!」と言って、出て行ってしまった。


 リチャードはロジェリオらしい人の姿は見ていなかった。手紙は領地に出入りする商人から渡されたものだった。


「不審者を捕まえるまで安心できないな。ピア嬢、私の館で寝泊まりしないか」

「えっ……でも」

「朝は、修道院へ送る。私が安心したいんだ」


 ファルク様がぼそっと呟く。


「違う形で、あなたを家に誘いたかったんだがな……」


 言葉が耳に届いて、ぎゅっと心臓が痛くなる。

 ――誘われたかったです。

 と、口から出そうになった。


 ファルク様の家は領主邸らしく、大きなもの。妻を迎えていらっしゃらないので、部屋は空いているそうだ。白髪の家令と、妙齢の侍女が満面の笑顔で私を労わるようにすすめてくれ、心地よく過ごさせてもらった。


 翌日、早朝。家令とファルク様が神妙な顔で話し合っていた。


「どうかされましたか?」


 声をかけると、ファルク様が目を細めて、手紙らしきものを胸ポケットにしまう。


「いや。なにもない。よく眠れたかい?」


 ファルク様の笑顔に、かげりがある。私は落ち着かなくなり、ファルク様に尋ねた。


「……今、胸にしまった手紙って、まさか……ロジェリオからですか……」


 問いかけると、ファルク様の眉根にしわがよる。


「そうだが、あなたは見なくていい。これ以上、あなたが彼に心を乱されなくていいんだ」

「でも……」

「ピア嬢、この件は私に任せてくれないか?」

「……ちゃんと教えてください」

「ピア嬢?」

「……ロジェリオが何をしたのか、ちゃんと知りたいんです。そうじゃないと!」


 私はファルク様を見上げる。


「私、安心できない」


 敬語も忘れて、彼に訴えてしまった。

 ファルク様はじっと私を見た後、胸ポケットから手紙を取り出した。


「読むなら、私の前で」

「はい……」


 ファルク様から手紙を受け取る。震えそうになる手を動かし、中身を見た。



 ピアへ


 きみのそばにいる男とは、どんな関係なの?

 ぼくも恋人をもって、きみの気を惹きたかったときがあったから。

 恋人だったとしても、ゆるしてあげるよ。

 でも、あの男はやめたほうがいい。

 きみにふさわしくないよ。


 ロジェリオ・ローリングより



 手紙を読んだ瞬間、かっと頭に血が昇る。

 恐怖が、激しい怒りに変わった。


「どこまで勝手な人なのっ!」


 ファルク様を悪くいうなんて!

 もう勘弁できない!

 かっかしながら、手紙をたたみ、勢いよくファルク様に言う。


「ファルク様! ロジェリオを捕まえるためには、何をすればいいですかっ!」


 鼻を鳴らすと、ファルク様は苦笑した。


「あなたまで血気盛んになることはないのだがな……怒った顔もいいな」


 手紙は屋敷の玄関前に石をのせて置かれていた。家令とファルク様の話では、手紙にそんなことをされたのは初めてだそう。ここに居ることを知っているということは、ロジェリオは身をひそめて、私を付け回している。今も近くにいるかもしれない。


 そこで、私はファルク様とお芝居することにした。



 屋敷の扉をバアンと開いて、私は駆け出す。

 剣を二本帯刀したファルク様が声を出した。


「ピア、待ってくれ! 俺のそばにいてくれ!」


 ファルク様に呼び捨てにされ、ピタッと足が止まってしまう。

 うっ。演技とはいえ、呼び捨てはドキッとする。

 いやいや。ときめいている場合ではないわ!

 私はふりかえって、ファルク様を見つめていった。


「わ、わたしは、帰らないといけない、場所があるっ あるんですの!」


 はい。すっごく、噛みました。

 私、演技力ないかも。


「ピア……俺のそばにいたいと言ったじゃないか……どうして急に……」


 ファルク様が切そうな眼差しで、私に歩み寄る。

 演技が本気に見えて、くらくらする。

 ファルク様が私の腕を掴み、顔がほてった。


「ピアから離れろ!」


 草むらからフードを被った人が出てきた。その人は、フードを頭からはぎとる。

 見えた顔にぎょっとした。


 顔立ちはロジェリオっぽい。でも、無精ひげを生やし、髪はぼさぼさ。頬はこけて、目はぎょろっとしている。


「え? ――誰?」


 私は眉をひそめ、ロジェリオ(仮)を見た。


「ぼくだよ、ピア。きみの夫、ロジェリオだ」


 ロジェリオ(本物)は、私に近づいてくる。


「なぜ、私の居場所を……」

「きみの弟にきみの場所を聞いてね。迎えにきたんだよ。さあ、一緒に帰ろう? そこのきみ! ピアを離せ!」


 ロジェリオがファルク様を指さす。

 ファルク様が私の腕を引き寄せ、背中にかばった。


「……ピア嬢、もう演技をしなくていいか?」

「え、ええ……ロジェリオ、出てきましたね」

「ピア、どうしたんだい? こいつに脅されているの?」

「違います」


 はっきり言ったのに、ロジェリオは目を泳がせた後、薄く笑った。


「ピア……そうか。まだ怒っているのかい? 大丈夫だよ。マレーネは妊娠していなかった。妻の座は、まだきみのものなんだ。ああ、彼女は追いだしたから、安心してよ。母上は、ボケてしまったし、家が大変なんだ。母上は、ピアの淹れたお茶が飲みたいと騒いでいてね。きみが戻ってくれたら、なにもかもうまくいく」

「私には関係ないことだわ」

「エッ……!」


 元夫が、本当にアホで嫌になる。


「私は聖地に赴き、ゆるしを得ました。離婚は成立しています。証明書だって、贖罪司祭さまからもらったんです!」


 私は離婚証明書をロジェリオに見せた。


「元義母は私には関係ないことです。あなたが面倒を見ればいいでしょう」

「母上を見捨るのか!……ああ、わかったよ。ぼくの気を惹きたくて、わざとつれない振りをするんだね。きみは、そういう人……だったね。きみと体を重ねたときだって……」

「――もう黙れ」


 ファルク様がロジェリオを射抜くように見る。


「な、なんだよっ」

「俺はファルク・コルネール・リヒテンベルク。この土地の領主だ。領主として、貴殿の婚姻について、決闘裁判を命じる。剣を持ち、戦え」

「は、はあ? 意味がわからないよ」

「領主は裁判官の役目を負うんだ。領民のもめごとは、俺が沙汰をくだす」


 ファルク様が帯刀していた鞘をロジェリオの足元に投げた。

 そして、自身も剣を抜き、構えた。


「剣を拾え、ロジェリオ・ローリング。生き残った方が、正義だ」

「そ、そんなっ……むちゃくちゃなっ!」


 ファルク様の怒号が辺りに響いた。


「ここでは、俺が法だ!」

「ひっ、ひいぃぃっ!」


 ファルク様の剣におそれおののき、ロジェリオが鞘を手に持つ。剣を抜くこともままならず、ロジェリオは鞘でファルク様の剣を受け止めようとした。でも、ファルク様に敵うはずない。ファルク様は戦の英雄なのだから。


「い、いだだだっ……!」


 手の甲を斬られ、ロジェリオが痛みにのたうち回る。


「体の一部を失くすのは、こんな痛みではおさまらないぞ!」

「ひっ……た、たすけて!」

「二度とピア嬢に近づくな! 次に、彼女の前に現れたら、おまえの心臓を貫く」

「ひいいいいっ!」


 転がるように走り出したロジェリオ。走る先に待ち構えていたのは、騎士団の方々で。


「いたぞ、不審者だ!」

「あいつかー!」

「ピアさんを怖がらせてんじゃねえよ! おとといきやがれーッ!」

「うわああああああっ!」


 ロジェリオは物理的にボッコボコにされ、失神したところ、領地外にポイっと捨てられた。命までとると後味が悪いから、これでよかった。

 後で聞いたのだけど、家令が騎士団に通報してくれたそうだ。感謝したい。


 ロジェリオは私に母の介護をさせるため、連れ戻したかったようだ。弟夫婦を金で脅して、私の居場所を聞き出し、商人を買収して、私宛てに手紙を出した。


 この件で、不審者が外から侵入してこないように、町全体を城壁で囲う計画が上がっている。人も多くなった。食料もいきわたりつつある。この土地は、ファルク様自身のように、強く、あたたかいものになるだろう。


「ごめんよおおおおっ ねえちゃああああんっ」


 弟に会うと、鼻水をたらして泣きながら土下座された。3人だった子どもは、5人になっていて、末っ子は生まれたばかり。領地の切り盛りができず、お金も底をつきかけ、ロジェリオが出す金につられてしまったそうだ。

 がっくりきてしまうが、それでも私は弟が可愛い。生まれた甥っ子たちも。

 その気持ちを汲んでくれて、ファルク様が弟に家族と一緒に、この土地で暮らすように勧めてくれた。


 赤字になっていた私の領地は王家に返した。とはいえ、領主が決まるまで時間はかかる。希望者には、ファルク様の土地で住めるように、手続きしてもらえた。


 弟は領主ではなくなり、騎士団に入ることになった。騎士団のみなさまに、毎日、ボッコボコにされながら、いちから鍛えられている。弟の家族は、救貧院に入った。弟が騎士団員として一人前になれば、家族みんなで暮らせるようになるだろう。


「本当にファルク様にはすべてお世話になってしまいましたね……」

「いや、あなたのためなら……それに私の心も決まった」



 私はずるずるとファルク様の邸宅でお世話になってしまっていた。


 日常がまた、落ち着いた頃、ファルク様が神妙な顔をして、私に尋ねてきた。


「ピア嬢の好きな花はなんだろうか?」

「え?」

「あなたに花束を贈りたいんだ」


 いとしげに見つめられ、びっくりした。

 一瞬だけ、ロジェリオの花束が脳裏をよぎったけど、ファルク様からなら、もらいたいと思った。

 それに、私の好みを聞いてくれるのが、嬉しい。


「真っ白なピオニーが好きです。今の時期は、見ごろですし」

「そうか……わかった」


 次の日、目覚めた私のベッドの上に真っ白なピオニーの花束があった。手紙も添えられている。ドキドキしながら中身を見ると。



 ピア嬢へ


 私と結婚してください。


 ファルク・コルネール・リヒテンベルク



 プロポーズの言葉があった。

 私は手紙と花束を握りしめ、ベッドからおりて、駆け出す。


 結婚生活にいい思い出はない。

 だけど、ファルク様となら。

 幸せすぎて笑ってしまう予感がした――


 階段をかけおりて、ダイニングルームに入ると、ファルク様の姿が見えた。

 彼と目が合った瞬間、ほんの少し、涙がでそうになった。

 でも、私は口角をあげた。


「ファルク様!」


 私は手紙と花束を彼に見せて、満面の笑みで答えた。


「はい、喜んで!」


 ファルク様の目が丸くなり、優しく細く、さがっていく。


 そして、次の瞬間。ファルク様が、大きな体で私を抱きしめた。



挿絵(By みてみん)



 ―― Happy Wedding ❀




挿絵(By みてみん)



◆ おまけ 主人公弟(ショーン)視点の後日談




 ふりかえると、俺、ショーンはピアねーちゃんに頼ってばっかだった。


 幼なじみのコリーナと結婚したいと言ったときも、ねーちゃんは反対しなかった。

 俺たちの結婚衣装を作ってくれたし、披露宴の料理も作ってくれた。

 コリーナは恐縮しっぱなしだったけど、その時の俺は「ねーちゃんが、いいって言うから大丈夫だ」と言っていた。


 ねーちゃんは、かーちゃんが亡くなってから、ずっと家のことをしてくれていたから、当然のことと思っていた。


 コリーナが妊娠した時だって、ねーちゃんが育てたハーブで、彼女の世話をしてくれた。


 コリーナが長男を出産したときだって、ねーちゃんが産婆のばーちゃんを呼んでくれたし、

 次男・三男が産まれたときもそう。


 四男・五男が産まれたときは、ねーちゃんがいなかったから大変だった。


 ねーちゃんは強い人だし。

 文句は言うけど、なんやかんやで、俺のお願いをきいてくれる。だから、俺はすっかり、ねーちゃんに甘えていたんだ。


 でも、それは間違いだったと気づいたのは、ねーちゃんが元夫から付きまといに合った後。

 俺がファルク騎士団長に呼び出された時だった。


 ねーちゃんの前では、優しくほほ笑んでいる団長が、俺を見て憤怒の顔になっていた。


 ちょう、怖い。


 俺は震えながら、ファルク団長の前で、とりあえず土下座した。


「うつむいていないで、顔をあげろ」

「っっ! ……は、い」


 そろそろと顔をあげると、ファルク団長は俺の目の前にいた。床に膝をついて、俺の顔を覗きこんでいる。


 ファルク団長の顔、ちょう、怖い。


 怖い怖い怖い、怖いぃ〜〜っ!


 俺、……死ぬかも。


「ショーン」

「は、はいぃっ!」


 名前を呼ばれ、返事をすると、ファルク団長が、ぐわしっと俺の頭を掴んだ。髪の毛まで巻き込んで、乱暴に上を向かされる。


 ハ、ハゲそうっ。頭、痛いっ!


「ピア嬢の望みだから、生かしてやるが、おまえは彼女を二度も傷つけた。彼女がいかに不遇な結婚を強いられていたのか分かっていたはずなのに、だ」

「うっ……うぅ」

「いつまで彼女を母親代わりにするんだ! おまえはもう父親だろう!」

「……あ、」

「おまえの甘えきった性根は、俺が叩きなおしてやる!――逃げるなよ」

「はぃぃぃいいっ!!!」


 ファルク団長に頭をぶん投げられて、俺は石の床に額を打ちつけた。

 とっても痛かった。


 俺は騎士見習いとなり、小貴族の領主ではなくなった。領地は小さいけど、中貴族のローリング家名義のものになっていた。それをファルク団長は聖職者を通じて、王様に領地を返還できるようにしてくれたんだ。


「国王は話が通じない相手だからな。司祭さまから領地を返還できるようにしたってよ」

「は、はあ……」

「これで、あのロジェリオとかいうくそったれな奴と、おまえの家は完全に縁が切れたんだ。50人だったっけ? おまえんとこの領民も、ファルク団長が引き受けてくれるってよ。団長に感謝しろよな!」


 そう先輩騎士に言われて、俺はポカンとした。

 言っていることの半分も理解ができなかったけど、無性に泣けてきた。


「ははっ……もう、ローリング家に怯えなくていいんだ……」


 ねーちゃんの居場所を教えろと言われて、ロジェリオ卿が大男たちをたくさん引き連れて押しかけてきたときは、恐怖しかなかった。

 ロジェリオ卿に大金を積まれた時は、心がぐらついて話にのってしまった。事実、お金はなかったし、俺らは明日食うにも困っていた。


「……ごめん、ねーちゃんっ あじがどうございまず、だんじょおおおっ!」


 俺は泣きながら、妻と子どもらが住んでいる救貧院にダッシュした。

 一刻も早く、家族に教えたかった。

 もう、俺らは自由だ!


「はあ? ファルク団長に礼も言わずに、こっちに来たの? 馬鹿なの? ねえ、馬鹿なんでしょ?」


 それなのに、末っ子、ティモを抱っこした長男、ロビンに、俺は冷たく罵倒された。


「い、いや、ロビン! でも、俺たちはもうロジェリオ卿に、怯えなくていいしっ」

「ファルク団長とピア伯母さんのおかげでしょ? 俺はティモの世話で忙しいし、とっとと騎士団に帰って」

「ガーン!」

「早く一人前の騎士になってよ。2年後には、俺も騎士団に入るからね。父親と同じ騎士見習いとか、恥ずかしくてカッコ悪い」

「ガーン! ガーン!」


 しょんぼりと肩を落として、俺は騎士団の寄宿舎に帰った。

 そして、ファルク団長に土下座して礼を言った。


「礼は不要だ。その代わり、稽古をしっかりやるんだぞ」

「は、はいっ! 団長!」


 俺は騎士見習いとして、朝から晩まで、駆けずり回った。


 時は過ぎて、ピアねーちゃんはファルク団長と結婚することになった。

 妻のコリーナはせめてのお礼に、と、救貧院の人たちと、結婚式用のベールを作っていた。

 俺も手伝おうとしたら「あっちいって」と、にっこりとほほ笑まれた。


 ねーちゃんには迷惑かけたし、俺も何か贈りたい。

 でも見習いの俺はまだ無給だし。金はねぇ。

 とぼとぼと結婚式の会場まで、歩いていたら。


「あ……」


 道に咲いていた花が目に入った。



「ファルク団長、ピアさん! 結婚、おめでとうございます!」


 結婚式が始まってしばらく経った後、俺は慌てて会場に駆け込んだ。

 他の家族は全員いた。


「遅刻するなんて、ありえねぇだろう」という目で、俺を見ていた。

 俺は小さくなりながら、ウエディングドレス姿のねーちゃんに近づく。


 ねーちゃんは、綺麗だった。

 真っ白なドレスを着て、ピオニーの花束を持っている。

 幸せそうにほほ笑んでいて、俺は滂沱の涙を流した。


「……ショーン? どうしたの?」


 そんな俺に気づいて、ねーちゃんが眉をよせる。


「ね、ねえじゃあああんっ おめっ、おめでどおおおおっ」


 俺はカモミールの花束をねーちゃんに差し出した。

 一面に咲いていた白いカモミールを小刀で切って、ハンカチを川に浸して固く絞ってから、花を包んだ。

 花束とは言えない、不格好なもの。

 だけど、今の俺にできる精一杯の贈り物だ。


「これ……カモミールね」

「ねえじゃあんが、ずぎだなはだ、花だと思ってさぁあああっ」

「……私がカボチャのタルトを作ったとき、ショーンはよく、お礼にカモミールの花を摘んできてくれたわね」


 ねーちゃんは俺の花束を受け取ってくれた。

 すんと鼻を鳴らして、俺を見る。


「ありがとう、ショーン。でも、遅刻はいけないわよ」

「うんうん。わがっでるよおおおっ!」

「ふふっ、ありがとうね」


 ねーちゃんはふたつの花束を片手で抱え直し、俺の頭をぽんぽんと撫でた。


 それから一年後。

 俺はまだ騎士見習いだ。


 だけど、ファルク団長たちと一緒に、聖地巡礼に参加するようになった。

 今の俺は、聖地巡礼中だ。


 馬の手綱を引きながら、俺は荷物の番を担当。

 体力がなくてヘロヘロだけど、なんとか食らいついている。


「そろそろ夜になるな。夜盗に気をつけろ」

「はい! 団長!」


 今回の聖地巡礼は、人数が多くて、町までたどり着かなかった。

 森の中で野営をする。


「団長! 俺、夜の勤務やります!」

「ショーン、疲れただろ。休め」

「で、でもっ、俺はまだいけます!」

「まだいけると思うなら、休むんだ。体力を温存しろよ」


 ファルク団長がぽんっと俺の肩を叩く。

 ちょう怖かった団長が優しい。

 ……泣きそう。

 ずびっと鼻を鳴らし、俺は木によっかかって、ウトウトした。



 ――ガキンッ!


 重い剣が打ち合う。

 音に驚いて、俺は飛び起きた。辺りを見回す。

 ファルク団長が先頭に立って、数名の夜盗と戦っていた。


「ぎゃあああっ! みなさあああんっ! こっちですうううっ!」


 俺は半泣きになりながら、巡礼者たちを安全な場所へ誘導する。それが役目だから。でも、うまくいかない。


「ああああっ! そっちじゃないですうううっ! こっち! こっちだってえええっ!」

「ヒヒーン!」

「馬も、暴れないでえええっ!」


 混乱する中、ひとりの夜盗が巡礼者に斬りかかろうとした。


「ぎゃああっ! やめろよおおおっ!」


 俺は剣を抜いて、応戦しようとしたが。


 ――ガキンッ!


 ファルク団長が一足先に、夜盗を斬り払った。


 かっけぇ。


 呆然とする暇もなく、ファルク団長の横を狙って別の夜盗が斬りかかろうとした。


 ――その瞬間。

 白い花嫁衣装を着たねーちゃんの幸せそうな顔が、俺の脳裏をよぎった。


 どっと脳天に血が昇る。


「やめろつってんだろッ!!」


 俺は無我夢中で夜盗に体当たりした。もつれあいになり、夜盗がナイフを振り上げる。ナイフは鈍く光りながら、俺の胸を斬った。


「いっでええええっ!」


 叫びながらも、離すもんかと俺は夜盗の腰を掴んでいた。


「こいつっ!」

「ショーン、大丈夫か?!」


 駆けつけてきた仲間と、ファルク団長が夜盗を一掃。

 俺はファルク団長に抱きかかえられ、仰向けにされた。


 あれ? なんだか、ファルク団長の顔がよく見えないや。


 ぐにゃぐにゃしてる。

 うまく息ができない。


「団長……俺、死ぬんですか……?」

「安心しろ。軽傷だ」

「そうですか……? 家族の顔が……見えるような? 走馬灯ですか……?」

「気のせいだな。それだけしゃべれれば、大丈夫だ」

「……あああ、ねーちゃんの顔まで見えるんですけどもおおおっ!」

「ははっ。傷はもう塞いだぞ」

「――へ?」


 気が付くと、俺の体には包帯が巻かれていた。

 胸がズキンズキンして、痛い。


「ショーン、よく頑張ったな。おまえは立派な騎士だ」


 そう朗らかにファルク団長に言われて、泣けた。

 俺はずびずび鼻水を垂らしながら。


「ごれがらも、頑張りますう!」


 ファルク団長に土下座した。


 ――が、胸が痛すぎて、頭を下げる前に、ごろんごろん、床にのたうち回った。


 巡礼の旅を終えて、俺は晴れて見習いから、騎士になった。

 長男のロビンが騎士見習いになる前に、俺は騎士になれた。

 お父さんだって、やる時にはやるんだぜ。


 給料がもらえるようになって、俺は家族と一緒に住むことになった。

 コリーナとロビンに子どもたちの面倒は任せっぱなしだったから、ふたりに教わりながら、末っ子の相手をしている。

 俺の役割は、主にお馬さんだけど。

 末っ子は俺の背中に乗ると、キャッキャッと声をあげていた。

 その顔が、たまらなく可愛かった。


 騎士団に入って、2年が過ぎた。


 ねーちゃんのお腹はおっきくなっていて、もうすぐ子どもが産まれそうだ。

 俺は家族と一緒にねーちゃんの家に遊びに行った。


 その時、ねーちゃんはお腹に手にあてて、ちょっと苦しそうな顔をした。


「あ……産まれるかも」

「ええええええっ!」

「ショーン、産婆さん、連れてきてくれる? っいた」

「わ、わ、わかった!」


 俺は転がるように駆け出した。


「うおっ?!」


 高級な絨毯が敷かれた床に滑って、俺は顔面からコケた。


 痛――くは、ねえ!


 俺は顔をあげて、また駆け出す。

 2年でずいぶんついた脚力で、産婆さんの家まで息をきらせて走りきった。


「産婆のばあちゃああああん!」

「あぁ? おめえ、誰だあ?」

「ねえちゃんの子どもが産まれそうなんだ! 一緒に来て!」

「ん? 誰の子どもだってえっ?」

「だああああっ! いいから、来てっ!」


 俺は産婆のばーちゃんを背負って、元来た道を全速力で駆け抜けた。

 ちょうど、道の途中で、騎士団の仲間にばったり出会った。


「おお、ショーン。どうしたんだ?」

「ねーちゃんの子どもが産まれる! ファルク団長、呼んでくださいっ!」

「なああにぃぃぃっ! 任せてとけ!」


 言い終えて、産婆のばーちゃん背負って、俺は駆け出した。


「ねえちゃあああん! ばあちゃああん、連れてきたっ! うおっ?!」


 また同じ所でずっこけそうになって、片足を前に出して、なんとか踏みとどまる。

 俺の背中を滑って、華麗に産婆のばーちゃんは床に着地した。俺は、ずっこけた。

 むくっと顔をあげると、大慌てで侍女さんと家令さんが出産の準備をしていた。


「ははっ……」


 ちょっとは、俺もねーちゃんの役に立っただろうか。

 汗だくで駆けずりまわることしかできない俺だけど。


 ほんの少しだけ。

 そう。ほんの少しだけでも。


 俺は、誰かを助けられるだろうか。


 ――今度こそ。


 朝方に産声が聞こえて、俺は拳を突き上げた。


「やったあああ! 生まれたぞおおおっ! ――うおっ?!」


 飲まず食わずで、祈っていたせいか。

 俺は後頭部から、ぶっ倒れた。


 頭はいってえけど、妙に爽快な気分だった。



 ―― His fight continues



ロミオメール(自分をカワイソがっているだけの復縁要請メール)は、おとといきやがれー!と思う派ですが、みなさまはいかがでしょうか?


騎士団長は、イケオジか、イケオジになるのが見込まれる男子がいい派ですが、みなさまはいかがでしょうか?


この話は、「楠結衣さま主催 騎士団長ヒーロー企画」参加作です。書いていて楽しかったです。ロミオメールの文面があまりにも意味不明で、ギャグだなーと思いながら書いていました。


◆騎士団長のイメージイラスト(ラフ)

挿絵(By みてみん)


面白かったら、☆をぽちぽち、★にして評価してくださいませ。励みになります!


2024年 7月6日 追記

澳 加純さまより頂いたFAを挿絵にさせていただきました!


澳 加純さまのマイページ

https://mypage.syosetu.com/793065/

ありがとうございます!


◆2024年7月13日 追記

あさぎ かな様からコラージュFAを頂きました!


あさぎ かな様のマイページ

https://mypage.syosetu.com/1420610/

ありがとうございます!


ダメダメだった主人公弟視点の後日談を追記しました。

ちょっとでも、彼の成長を感じてくれますように。


ここまでお付き合いくださいまして、誠にありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] 割烹で弟視点の加筆というのを見て駆けつけました! 弟が思った以上にダメな子だった……! でも情けない子が情けないなりに奮起して頑張るの尊くて大好きです! ちょっと成長はしたものの、最終的に…
[良い点] 楽しく読ませていただきました(*´◒`*) 離婚から巡礼までの決断、素晴らしい行動力などが好印象でした。芯の強いヒロイン良き。 騎士団様のアプローチがいつくるのかワクワクしながら読んでま…
[一言] 今からでも他の弟に当主変更したほうがいいだろ 小さい領とはいえ領民いるんだしさすがにクソ無能が領主続けるのは可哀想だわ
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