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9/11

 ルーウェン様の来訪から三日後、王家から今回の騒動について正式な発表がなされた。


 内容は概ね先日伝えられた通りのものだった。魔法という未知なる力が使われていた事に、発表を聞いた者たちは驚きと困惑、そして恐怖と言った様々な感情に見舞われていた。しかし、ニール国との友好条約や魔導研究施設の開設、特に、生活で使える魔法や防衛魔法を学べるかもしれないという事に興味は移り、話題はこの事で持ちきりだった。魔導研究施設の責任者である魔導師ルーウェン様を紹介する際、殿下に魔力があることが公表されたことも一因だろう。


 そして、『魅了にかかったのは()()()だとしても、体調や安全面の確認のため暫く学園を休んでいた』とされたサミュエル殿下はこの日、無事学園に復帰を果たした。マチルダの計画を未然に防いだ事と、魔力持ちで今後の活躍が期待されるということもあり、とりあえず王家の体裁は保たれたようだ。


 王家からの発表を聞いた生徒たちからも「あれはわざとだったのか……!」「自らの危険を顧みず、魔女を罠にはめるなんてさすが殿下だ!」などと称賛されている。ちなみに、テオドール様とビリー様の学園復帰は事後処理が落ち着いた頃に、と上手く理由がつけられていた。この程度の情報操作は造作もないのだろうが、こちらとしては複雑な心境だ。


 発表の際、殿下の側にはマーガレット様が寄り添っていたので、お二人の婚約は継続される事になったのだろう。私たちの話し合いはいつになるのかしら……考えただけで憂鬱だわ。



 ──なんてことを考えながら数日を過ごしていたある日の放課後。何故か私は生徒会室の黒いソファに座らされていた。目の前には殿下、その背後には護衛騎士が鋭い眼光をこちらに向けながら立っていた。私……何か悪い事したかしら? 背中に冷たい汗が浮かぶ。


「急に呼び出してしまってすまないね」

「い、いえ……」


 私はなんとか答えた。放課後になり帰ろうとしていたところ、突然先生に「君に生徒会の仕事を手伝ってほしいそうだ。至急、生徒会室に行くように」と言われ、どうして私なのかしらと思いながら来てみればそこに殿下が居たのだ。意味がわからない。いや、確かに殿下は生徒会長も務めているので、ここに居ること自体は不思議ではないのだけれど……他の人がまったく居ないのは違和感だ。


「生徒会の仕事を手伝ってほしい、というのは単なる口実だ。ほら……私が動くと目立ってしまうからね。でも、生徒会室で会うなら怪しまれないし、万が一誰かに何か聞かれても手伝いという上手い言い訳が出来るだろう?」

「は、はぁ……」


 なんとも煮え切らない返事しか出来ない。これ、不敬に当たらないわよね? 大丈夫よね?


「君を呼び出したのは他でもない。謝罪をするためだ」

「……え?」

「側近の彼らにも貴方にも……大変な迷惑をかけてしまった。全て私のせいだ。本当に申し訳なかった」


 謝罪の言葉を口にして、殿下は静かに頭を下げた。


「で、ででで殿下!? 私なんかに謝罪なんていいですから! お、お、お顔を上げてください!!」


 突然の出来事に顔面蒼白になった私は大慌てで言った。だって、王族の方がたかだか伯爵令嬢如きに頭を下げるなんてあってはならないもの!! それに、こちらを睨んでる護衛騎士様の目が怖すぎるわ!!


「マチルダに違和感を覚えた私は側近の彼らに協力してもらい、独自に調査を始めた。だが彼ら──特にテオドールにはこのままでは危険だ、調査をやめて国王に相談するべきだ、と何度も注意を受けていたんだ。それを私がどうしてもと言って続けた結果……まんまと魅了魔法をかけられてしまった。これは私の判断ミスだ。悔やんでも悔やみきれない」


 顔を上げた殿下はグッと唇を噛み締める。


「私がまだ()()()だった時に、西の国の指名手配犯の情報を掴んでね。影を使って彼の国に手紙を送ったんだ。まさか魔法なんてものが使われているとは思っていなかったけれど、一応王太子として知識はあったから念のためのにね。だが、国交のない国だから届くまで時間がかかってしまった。彼の国に手紙が着く頃には私たちにかけられた魅了魔法はだいぶ進行していて……」


 殿下は大きな溜息をついた。


「……そうだ。ルーウェン殿から貴方のおかげで魅了魔法が解けたと聞いた。本当に感謝している」

「と、とんでもございません。私には何がなんだかさっぱりで……私が解いたのだと言われてもイマイチ信じられませんし」

「いや、本当に。深く感謝申し上げる」


 そう言った殿下は申し訳なさそうに眉尻を下げながら続けた。


「しかし……私のせいで側近たちの婚約を壊してしまった……。皆あんなに仲睦まじかったのに……私のせいで……。今さらなのは分かっているが、彼らの婚約者たちに私から直接謝罪と説明がしたくてね」

「……殿下」

「本当に申し訳ない。テオドールは貴方のことを心から愛していたのに……」

「……は?」


 あり得ない言葉が聞こえてきて、私の口からは驚きの声がこぼれ落ちた。丸く見開いた目で殿下の美しい顔を見つめる。……ちょっと待って。殿下は今何とおっしゃったの? ……心から愛していた? 誰が誰を? まさか、テオドール様が私を? いいえ、あり得ないわ。


「不敬を承知で言います。それは本当に私の事でしょうか? 側近のどなたかの婚約者様とお間違いではございませんか?」

「貴方はシャロン・メイフィールド嬢だよな?」

「はい」

「婚約者はテオドール・ラルストン侯爵令息」

「……はい」

「では間違いない」


 やけに自信満々の殿下に私は首を傾げる。


「ですが、彼が私を愛しているだなんてありえませんわ」

「何故だ? 想い合っているのは事実だろう?」

「……私は確かに彼を慕っておりました。婚約してからずっとです。ですが〝想い合っていた〟というのは失礼ながら間違いかと存じます」


 今度は殿下が首を傾げる。納得がいかないのか、不思議そうな表情だ。


「婚約者同士の交流は最低限、義務で行われる屋敷での交流会のみ。話しをするのはいつも私だけ。手紙の返事は数行のみ。観劇やデートはほとんどした事がない。ドレスや服装を褒められたこともない。贈り物はしてくださるけどただそれだけ。カードも何もついてない。そして私は心からの彼の笑顔を……見た事がありません。……ね? これでは想い合っていると言えませんでしょう? まぁ、この婚約は家同士が決めた政略結婚なのですから仕方ないのですが……」


 殿下は右手を額に当てると、やれやれと首を振る。


「口下手で無表情のアイツが、婚約者の前では更にうまく喋れなくなると悩んでいると聞いていたが、これほどとは……」


 小さく溜息をつくと、呆れたように呟いた。


「我々の前ではかなり惚気(のろけ)ていたのだがな……」


 ……何を言っているのかしら。惚気る? あのテオドール様が? そんな事絶対あり得ないわ。大体、何を惚気るというの?


「いくら心で思っていても言葉にしなければ伝わらないという事がよくわかったよ」

「え?」

「シャロン嬢。私はね、マーガレットにもっと私を好きになってほしかったんだ。この件を無事に解決出来たら、将来国を背負う者として周囲に認めてもらえれば、マーガレットは私を心から信頼して、愛してくれるだろうと。そんな下心を持っていたせいかな。魅了なんかにかかって全てを台無しにしてしまった。……バカだろう?」


 殿下は悲しげに笑った。


「私はもう二度とマーガレットを傷付けない。幼い頃からずっと彼女だけを愛しているんだという自分の気持ちを必死に話して、なんとか婚約の継続を許可してもらった。でも、マーガレットを傷付けてしまった事実は消えない。そんな自分が許せない。……だけど、それでも。私は彼女と離れたくなかったんだ」


 マーガレット様を想う殿下の気持ちが痛いほど伝わってきて、なんだか私の胸まで苦しくなってきた。


「私はこれから誠心誠意彼女に尽くしていく所存だ。……君たちの話し合いはまだ行われていないんだったな?」

「はい」

「ならば、どうかテオドールと直接会って彼の話を聞いてやってくれ。それから色々と判断してほしい。私からのお願いだ」

「……わかりました」


 テオドール様と私の話し合いの日程はまだ決まっていないけれど、遠からず行われるだろう。……私もいい加減覚悟を決めないといけないわね。


 生徒会室を出ようと歩き出した私の背に、殿下が思い出したように声を掛けた。


「ああ、そうだ。君も魔導を習うんだって?」

「はい。自分ではわかりませんが魔力があるそうで……お誘い頂きました。殿下にも魔力があるとお聞きしましたわ」

「そのようだな。私は先日から習っているのだが、なかなかに興味深い。……まだしっかりと理解は出来ていないがな。だが、今後のためにもしっかりと学びたいと思っている。共に頑張ろう」

「ありがたきお言葉ですわ」


 私はしっかりとカーテシーをして、生徒会室を後にした。


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