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 それから更に一週間後。我が家に先触れが届いた。相手はルーウェン・シュテック。あの時の魔導師様である。


 とりあえずお客様を迎える準備をし、私もドレスを着替える。魔導師様が来るという事は、魅了事件について何か動きがあったのかしら……?


 緊張しながら待っていると、侍女が客人の来訪を告げた。お父様と一緒に応接室に入ってきたのは、黒いローブで顔を隠した男性──ルーウェン・シュテック魔導師様だ。


「お久しぶりです。魔導師様」


 カーテシーをして挨拶をすると、魔導師様はフードを外して笑顔を見せた。


「やぁ、久しぶり。突然の訪問で申し訳ない」


 そう言って向かいのソファに腰を下ろす。


「先日は色々と申し訳ありませんでした。突然たくさんのことを話されてさぞ混乱した事でしょう。メイフィールド伯爵令嬢、体調は変わりありませんか?」

「ええ……今は落ち着いております」

「それなら良かった。あまり考え過ぎず、何かあったら周りや僕に相談して下さいね」


 優しい言葉と微笑みに、私の胸がじんと温かくなった。


「魔導師様、ありがとうございます」

「僕のことはどうかルーウェンとお呼び下さい。これから会う事も多くなると思うし。ね?」


 驚いて目を丸くしていると「さぁ早く」と急かされる。というか、これから会う事も多くなる? どういうことかしらと困惑しながらも、私は口を開いた。


「ええと……ル、ルーウェン様?」

「わぁ、嬉しい。僕もシャロン様とお呼びしても?」

「もちろん構いませんわ」


 私が返事をすると、侍女がお茶を運んできた。温かい紅茶の入ったカップがテーブルに置かれる。


「あの……本日はどのようなご用件で?」


 躊躇いがちに聞いたのはお父様だった。


「実は近々、王家から今回の騒動について発表があるのです。関係者の皆様にはその内容を前もってお知らせしておこうかと思いまして」


 今回の騒動は学園で起こったただのいざこざではなく、下手すれば国を揺るがす大事件だった。そのため、王家も世間への発表に踏み切ったのだろう。


「何故他国の魔導師がその知らせに来たんだ? と疑問に思うでしょう」

「い、いえ!そのような事は……」

「本来は王宮の方々が謝罪と共に報告に来る予定でした。しかし、今回は僕もメイフィールド伯爵家に用事があったので、その役を譲って頂いたのですよ。王家は決して伯爵家を軽んじているわけではありません。これは僕の我儘なのです」

「とんでもない事でございます! わざわざ足をお運び頂きありがとうございます」


 お父様はバツの悪そうな顔をしながら慌てて言った。ルーファス様は気にした様子もなく続ける。


「ではまず、今回の騒動について。王家では、アンジェラ・キース改めマチルダ・ターナーがニール王国出身の魔法使いだった事。自国で事件を起こし指名手配されていた事。魅了という洗脳魔法を使って人を操り、この国でも事件を起こそうとしていた事。この点はしっかりと公表されます。そして、ここから先は告げるのが心苦しいのですが……」


 一旦言葉を区切ると、ルーウェン様は申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「王家は、複数の男性を魅了しこの国を支配しようとしているマチルダの思惑に殿下が気付き、彼女を罠に嵌めて捕まえるため()()()魅了にかかり彼女と交流を深めていた。側近候補の男子生徒と教師もその協力者である、と公表するつもりのようです。そして今回、見事マチルダを捕まえ彼女をニール王国に引き渡した、と。……僕が言うのも何ですが、ご都合主義の茶番劇ですね」


 なるほど。つまり、国民には半分は真実で半分は事実と異なる情報を公表する、いうことか。上手な嘘のつき方は真実を混ぜる事なんていうけど、本当にその通りだわ。そして、彼らの婚約者である女性(わたし)たちはこの件について王家の発表を黙って飲み込めと。ルーウェン様の言う通り、ご都合主義の茶番劇ね。


「婚約者の方々は納得されないと思いますが……王家の立場を考えると仕方ないかと。国王陛下も申し訳ないと申しておりました」


 確かに、現国王の直系はサミュエル殿下ただ一人。今回の失態が公に出れば、後継問題に発展してしまうかもしれない。


「まぁこれは表向きの話で。実際は内々に処分が下される予定です」

「し、処分ですか?」

「ええ。内容は検討中ですがね」


 彼らも一応被害者ではあるけれど、責任は取るということか。


「王家の発表と同時に殿下は学園に復帰致します。しかし、ビリー殿とテオドール殿は両御当主様がかなりご立腹のようで……離宮を出た後も自宅謹慎となりました。今後の話し合いはその後になると思います」

「……そう、ですか」


 テオドール様とまだ顔を合わせなくて良い事にほっとしたような、寂しいような……複雑な感情が胸に渦巻いた。


「それで、ここからが僕にとっての本題なのですが」


 コホンと咳払いをして、ルーウェン様は姿勢を正した。


「これも同時に発表される事ですが、我がニール王国と貴国はこのたび友好条約を結ぶことになりました。友好の証として、この国に魔導研究施設を設立する事になり、僕はその責任者に任命される予定です」

「魔導研究施設?」

「簡単に言えば魔法や魔術を学ぶ学校のようなものです。……この国も魔法の脅威を目の当たりにして危機感を覚えたのでしょう。今回は魅了魔法で済みましたが、一歩間違えれば攻撃魔法を受け国が壊滅していたのかもしれないですから」


 本当に……魔法で攻撃を仕掛けられたら我が国は一溜りもないだろう。そう考えるとゾッとする。


「魔法や魔力についての知識や情報はニール王国が全て支援します。迷惑をかけた分はきちんと償いたいですからね。施設が完成したら、魔導師たちを派遣して本格的に学んで頂きます」

「それはつまり、我が国でも魔法が使えるようになるという事でしょうか?」

「そうですね。そのお手伝いが出来ればいいなと。ただし、強制ではありません。まずは貴族の希望者から始めて、あとは様子を見ていこうかと考えております」


 我が国でも魔法が使えるなんて信じられないわ。もしかして、学べば私も使えるのかしら? なんだかわくわくしちゃう。


「そこで、シャロン様」


 ルーウェン様の黒い瞳が私を射抜く。


「なんでしょう?」

「もし良かったら、施設開設の前に魔導について学んでみませんか?」

「えっ?」

「シャロン様さえ良ければ、僕が責任を持ってお教えしますよ?」


 それは思ってもみないお誘いだった。確かに使ってみたいとは思ったけど……こんなに急に?


「実は、シャロン様は微量ながら魔力を持っている可能性があります」

「わ、私がですか!?」

「ええ。……ちょっと失礼」


 ルーウェン様はそっと私の前に手をかざす。すると、テオ様の時のようにふわりと白っぽい光が見えた。なんだか心も身体も心地良い。


「ああ、やはり。シャロン様は少しですが魔力を持っていますね」

「えっ!?」

「シ、シャロンが魔力を!?」


 私とお父様は驚きの声を上げる。


「ええ。軽く調べたところ反応がありましたので」


 テオ様の時も同じような事をしていたけど…… もしかして今の白い光が魔法なの?


「おそらくマチルダの魅了魔法を解いたのはシャロン嬢でしょう。調べたところ、ネックレスが壊れた時刻とシャロン嬢が婚約者殿にキスした時刻がぴったり一致してましたから」


 予想していなかった角度からの爆弾発言に、私の中の羞恥心が一気に集合した。出来れば忘れてほしい事ですのにっ! 私は真っ赤になって俯いた。


「う~ん。無自覚という事は、体の奥底に眠っていた魔力がなんらかの影響で一気に増大し放出された、というところかな。詳しく調べてみないとわからないけれど」


 ルーウェン様は光を消すと、興味深そうに頷きながら言った。


「実は、王太子殿下も魔力を持っていることが判明しました。だから魅了にかかりにくく、マチルダの異常にも気付いたんでしょう」

「サミュエル殿下もですか?」

「ええ。殿下には自衛のためにもすぐに教える事になりました。おそらく、この国には魔力を持った人がもっといると思いますよ」


 この発言には本当に驚いた。だって我が国は今まで魔法なんてものとは無縁でしたから。


「シャロン様もせっかく魔力をお持ちなのですから、是非学んで頂きたいと思いまして。返事は急ぎませんので、ご家族とも相談してじっくり考えてみて下さい」


 ニコリと笑みを浮かべると、ルーウェン様は用は済んだとばかりに屋敷を後にする。その背中を見送って、溜息をついた。


 ──まさか自分が魔力を持っていたなんて信じられない。私は自分の体をキョロキョロと見回して確認する。別に特別変わったところはない。本当に魔力なんてあるのかしら……? それに、魅了魔法を解いたのが私ですって? そんな覚えはまったくないのですけど……。テオ様も……お元気なのかしら。自宅謹慎はいつまでなのだろう。その後は話し合いで……魔法についての勉強もどうしましょう。ああ、考える事がありすぎて頭がパンクしそう。


 ……まぁいいわ。ルーウェン様も返事は急がないっておっしゃってたし、もう少ししてから決めましょう。


 気分転換をするため、私は新しく入れてもらった紅茶に口を付けた。

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