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「突然のことで驚いているところ申し訳ないのですが、何か質問はありますか?」
魔導師様の声におずおずと手を挙げたのはマーガレット様だった。
「あの、殿下や魅了にかかった方達は今どうなっているのでしょう? 無事なのでしょうか? それに、魅了は解除されたのですか?」
「ああ、失礼。一番大事なことを言い忘れていましたね。彼らは無事ですよ。魅了もちゃんと解除されています。ただ、魅了魔法の後遺症で頭痛やめまい、記憶の混濁などが見られますので、今は離宮の方で過ごしてもらっています。魅了のかかり具合や事後処理の状況にもよりますが、しばらくすれば学園にも戻れるでしょう」
「そうなのですね。お答え頂きありがとうございます」
魔導師様の言葉に、マーガレット様はほっと胸をなでおろした。全員が無事ということは、テオ様も倒れた後目を覚ましたのね。……良かった。でも、本当に魅了魔法は解けたのかしら。アンジェラ様に夢中だった彼の様子を思い出すと、胸がツキンと痛んだ。
「今までの話を聞いていると、マチルダ・ターナーという女性はずいぶんと欲深そうな方ですわね。それなのに、男爵令嬢として生活していたなんてなんだか信じられないわ。彼女なら高位貴族を狙うはずでは?」
次に発言したのはソフィア様だった。
「ええ、その通りです。マチルダも本当はもっと爵位の高い男を魅了しその家の娘に成りすましたかったみたいですが、一応指名手配されてる自覚はあるようで。あまり高い身分を狙うとバレるリスクが高いと考えたようです」
「では、仕方なく男爵に魅了をかけたと?」
「そのようです。ちなみに、魔力を封じられているため姿形は変えられませんが、行く先々で髪を染めたりメイクで印象を変えたりしていたらしいですよ。偽名もたくさん使っていたようです」
「そう。それで? 魅了魔法はどうやって解けたのです?」
不機嫌そうな顔のままソフィア様は続ける。確かにそれは私も気になっていた。
「申し訳ありませんがそれは現在調査中でして。詳しいことは僕たちもわかっていないのです」
「あら。先ほどネックレスが壊れていたとか言っていましたが、それは関係ないのですか?」
「確かにネックレスは壊れていました。それによって魅了が解けたことは間違いないでしょう。しかし、あのネックレスは特殊ゆえ、物理的な力では壊せないのです。ネックレスを壊すには強い魔力が必要。しかし、この国には強い魔力を持つ人間はいない。ほら、不思議でしょう?」
壊せないはずのネックレスが壊れていた……? じゃあ、誰がどうやって壊したというの?
「そこで婚約者の皆さんにお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
私達は戸惑いながらも小さく頷く。
「ありがとうございます。では、彼らの魅了が解けた日の皆様の行動を少々。そうですね……マーガレット・レックス様から順番にお伺いしても?」
「ええ。構いませんわ」
マーガレット様は小さく頷くと、頬にそっと手を当てる。当日の様子を思い出しているのだろう。そんな仕草もお美しい。
「あの日、わたくしは王太子妃教育のためこの王宮におりました。授業が終わり、王妃様とのお茶会に向かうため廊下を歩いていると……中庭の噴水前でアンジェラ様と語り合う殿下を見かけました」
え、嘘。今の話を聞くとアンジェラ様は自由に王宮に出入りしていたという事よね? 信じられない……王宮は男爵令嬢が気軽に来れる場所じゃないのよ? これも魅了の力のせいなのかしら。マーガレット様は悲しげに微笑みながら続ける。
「正直またか、と落胆しながら見ていたのですが、突然、パン! という何かが破裂するような音がしたのです。すぐに護衛が殿下の元に集まり、アンジェラ様と引き離しました。その時アンジェラ様は首元を押さえていて……先ほどの魔導師様のお話を聞けば、おそらくあの破裂音はネックレスが壊れた音かと思われます」
「ふむ。そうですね」
魔導師様は軽く頷いた。
「その後は殿下が大声で『アンジェラ嬢を捕らえよ!』と叫び始め、アンジェラ様は抵抗していましたが控えていた騎士に捕らえられました。殿下自身もだいぶ取り乱されていたので、護衛に付き添われて王宮の中へと向かわれましたわ」
「その騒動があった時刻は?」
「そうですね……午後の三時少し前くらいでしょうか。私も護衛に避難を促されたので、その後の様子はわかりかねます」
「ありがとうございます。では次。ソフィア・コストナー様お願いします」
指名されたソフィア様は相変わらず眉間にシワを寄せた不機嫌顔だった。隣ではお父上がハラハラした様子で見守っている。
「わたくしはその日、侍女と護衛と共に街に出掛けていましたわ。気分転換にたくさん買い物をして、観劇に行って、カフェでお茶をして帰りました」
「なるほど。ちなみに、その時婚約者の方はどちらに居たかご存じですか?」
「元婚約者です。わたくしとあの方はもうとっくに婚約を破棄しておりますから。もちろんあちらの有責で!」
ソフィア様は噛み付くような勢いで『元』を強調した。元々鋭い目付きがさらに鋭くなっている。
「し、失礼。元婚約者の居場所はご存じでしたか?」
「いいえ。わたくしにはあの方がどこで何をしているのかさっぱりわかりませんわ。知りたくもないです。だってもう関係ないですもの!」
「……分かりました。ありがとうございます」
ソフィア様の圧に魔導師様の顔はひきつっている。彼女の中には婚約破棄された怒りと悲しみがまだ残っているのだろう。気持ちはよく分かる。
「では最後に。シャロン・メイフィールド様お願いします」
「は、はい」
私は小さく息を吸うと、あの日の事を語り出した。
「私は……我が屋敷で、婚約者と交流を深めるために行われているお茶会の最中でした。この所ずっとお断りされていたのですが、その日は話があるからと来ていたのです。それで、テオドール様から婚約破棄を告げられる寸前だったのですがどういう訳かなかなか言わず……覚悟を決めて私から婚約破棄しましょうと告げました。貴方の気持ちはわかっているから、と。それから……」
うう……ここから先はあまり言いたくないわ。だって、はしたないと思われたらどうしましょう。言い淀む私の様子を見兼ねた魔導師様はすかさずフォローを入れる。
「大丈夫です。ここで見聞きしたことは口外しないとお約束します。後で誓約魔法をかけましょう。もちろんここにいる皆様全員に適用されます。そうすれば安心でしょう? ああ、誓いを破れば罰が下るのでご注意を」
魔導師様はそう言って微笑んだ。原因究明のためなんだから仕方ない。もうどうにでもなれですわ!
「私はその……最後の思い出にと……テオ様にく、口付けを、しました」
震えながら言うと、私は真っ赤になって俯いた。
「ほう」
「まぁ!」
「なっ!? シ、シャロン!?」
周りの反応が羞恥心を煽る。ああもう! 何故大勢の人の前でこんなことを告白しなければならないの!? 公開処刑もいいところじゃない! 恥ずかしくて、私はこれ以上ないくらい真っ赤になる。
「も、もちろん普段はこんなはしたないことしませんし、したこともありませんわ!! く、口付けも初めてでした! ですが、最後ですもの。最後に……テオ様の事をあきらめるために……私の三年分の思いを断ち切るためには必要だったのです。……でも、今考えるとバカでしたわ。彼にとっても迷惑でしたでしょうね」
力なく言った私に、みんなは気遣わしげな視線を向けた。そんな中で、魔導師様だけは楽しそうに続きを促す。
「それからどうなりました?」
「ええと、テオ様の様子がおかしくなりました。今まではろくに目も合わせず冷たい態度を取られていたのですが……私が泣いている事に気付くと慌てだし、気遣って下さったのです。その途中で頭が痛いと言って倒れてしまい、医師の手配をして客間に寝かせておりました。しばらくすると騎士団の皆様と魔導師様が屋敷に来て、テオ様を馬車に乗せ連れて行ったのです」
私の言葉に、みんなの視線が一斉に魔導師様に向けられた。
「おや、覚えていて下さったんですね。あの日は先触れもなく押しかけてしまって申し訳なかった。急を要していたのでね」
「いえ、大丈夫です」
「そうなのです。僕は殿下からの手紙を受け取り、数日前からこの国に調査に来ていたんです。もちろん秘密裏にね。そしたら今回この騒動が起きまして。王宮に駆けつけた僕があの女を捕まえて、それから魅了にかかった男性達の保護に向かったのです」
ああ、それで我が家にも来たのね。私は納得した。
「ちなみに、婚約者が倒れた時刻を覚えてらっしゃいますか?」
「時刻ですか? ええと、ハッキリとは覚えていませんけど……午後の二時から三時の間かと思いますが」
「なるほど。やはりな」
魔導師様は何かをぼそりと呟く。が、すぐに人当たりのいい笑顔を浮かべて「お三方とも、ご協力ありがとうございました」と礼を言った。