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そして迎えた交流会の日。
侍女に頼んで精一杯着飾ってもらった。ダークブラウンの髪を編み込みのハーフアップにし、ふんわりとしたブルーのドレスにシルバーのネックレスを着け、薄く化粧を施す。茶会だというのにまるで夜会にでも行くような格好だが、最後に彼の瞳に映る自分を少しでも美しく見せたかったのだ。
私は震える足に力を入れて、なんとか前に進む。
色とりどりの花が咲き誇るタウンハウスの庭園は、領地にある我が家の庭園に引けを取らないほど美しい。真ん中に用意された白い丸テーブル。その前に立っている一人の男性。輝く銀色の髪を後ろで一つに結び、鋭いアイスブルーの瞳でこちらを睨むように見つめている。……テオ様だ。座って待っていればいいのにわざわざ立っているということは、おそらく要件を済ませてさっさと帰りたいというアピールなのだろう。呆れたものだ。でもあの方、そんなに非常識だったかしら? 少しだけ疑問に感じた。
「お待たせして申し訳ございません」
私はカーテシーをして形式的な挨拶をする。
「ようこそ我が家へ。どうぞお座り下さい」
「いや、すぐ済むからこのままで良い」
ああ、やっぱり。予想していたこととはいえ少し落ち込んでしまった。気を取り直して私はテオ様に話しかける。
「こうして二人でお話するのは久しぶりですね」
「……ああ」
「最近騎士の訓練はどうです? 怪我なんかはしてませんか?」
「……ああ」
相変わらず返事は素っ気ない。会話を引き伸ばすなんて往生際が悪いだろうか。でも、二人で話すのはきっとこれが最後でしょうから、少しくらい思い出をくれたっていいじゃありませんの。
「シャロン・メイフィールド伯爵令嬢」
「はい」
テオ様が私を真っ直ぐ見据える。私は貼り付けた笑みを絶やさない。
「今日は、貴方に話があってこちらに伺った」
「はい」
「私は貴方との婚約を……」
ついに来た。私はドレスの裾をぎゅっと握る。
「貴方との、婚約、を…………」
そこまで言って、テオ様は何故か動かなくなった。いつまで待っても続きが聞こえてこない。口だけはパクパクと動いていて、まるで空気を求める魚のようだった。もしかして躊躇っているのかしら。無駄な優しさはいらないのに。私は内心で溜息をついた。……もういいわ。私から言ってあげるから。
「テオドール・ラルストン侯爵令息様」
私の言葉に、テオ様はハッと息を呑む。
「貴方のお話はわかっております。私との婚約を破棄したいのでしょう?」
そう言うと、テオ様は驚いたような顔をしていた。まさか彼女に心惹かれていることに気付いていないとでも思ってたのかしら。あれだけ態度に出していたのに? テオ様の行動で私がどれだけ傷付いていたことか……。だけど、テオ様の事が好きだったから。耐えていれば、いつかまた昔のような関係に戻れるんじゃないかって期待していたから。……所詮は夢物語だったけれど。
「貴方のお心が私にないことはとっくにわかっていました。婚約破棄については承ります」
私は一つ深呼吸をした。
「ですが、最後に一つだけ。我儘をお許しください」
「……我儘?」
「ええ、すぐに終わります。目を瞑って頂けますか?」
テオ様は戸惑いながらも静かに目を伏せた。私の視界は涙でだんだんぼやけていく。きっと……私の行動を不快に思うでしょう。だけど、この一瞬で全てを諦めますから。どうか、私の最後の我儘をお許しください。
「……愛しておりました。さようなら」
小さな声で呟くと、私は自分の唇を彼のそれにそっと重ねた。
──その瞬間。
「シ、シャロン!? 何故ここに……って泣いているのか!? どうした!? 誰に泣かされた!?」
「……テ、テオ様?」
目を見開いたテオ様が、あたふたと焦ったように私に問いかける。
「相手の名前を言うんだ! 俺が叩き斬ってやる!!」
「い、いえ、あの、テオ様?」
ど、どうしたのかしら。なんだか今までとは明らかに様子が違う気がするわ。動揺していると、テオ様は突然右手で頭を抑えた。
「うっ! あ、頭が……割れるように……痛い」
うめき声と共にバタリと倒れてしまった。
「テオ様!? しっかりして下さい! だっ、誰か! テオ様が! テオ様が!」
私の叫び声に侍女と護衛騎士が駆けつけ、テオ様を客間に運ぶ。それからすぐにお医者様の手配をし、侯爵邸へと早馬を走らせた。