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「すまないが受け取れない。帰ってくれ」
このままではいけないと意を決して持って行った差し入れのクッキーを、テオ様にいらないと突き返された。チェッカー模様のアイスボックスクッキー。前はあんなに美味しいと言ってくれていたのに……。私を見る目は前以上に鋭くて冷たい。
「テオドール様!」
弾むような声に振り向くと、満面の笑みを浮かべたアンジェラ嬢が居た。彼女を見たテオ様の表情がふと緩む。
「ああ、アンジェラ嬢」
テオ様の優しげな声に、私の喉がヒュッと鳴った。今までテオ様は無口で無愛想な方だと思っていた。だけどアンジェラ様といる時の顔を見ていると、それが間違いだと嫌でも気付かされる。アンジェラ様を見るテオ様の瞳には、甘さを含んだ熱がこもっているのだから。
「テオドール様のお好きなクッキーを焼きました! これ、良かったら貰ってください」
私の目の前で、テオ様はアンジェラ様からの手作りクッキーを受け取り……食べた。
「ありがとう。アンジェラ嬢の作るクッキーは美味しいな」
その瞬間、私の心は粉々になる。私のクッキーは食べてくれないのに、彼女の作ったクッキーは食べるのですね。それもあんなに嬉しそうに。あんなに優しそうな笑みを浮かべて。私はショックを受ける。
だって私はテオ様に笑顔を向けられたことはない。ましてや、あんなに愛しくてたまらないというような笑顔なんて、今まで一度も。
婚約して三年も経つのに、私に見せるのは鋭いアイスブルーの瞳と眉間のシワだけ。たった半年しか過ごしていない彼女にあんなにも心を開いたのかと思うと、自然と涙が溢れてきた。私は静かに踵を返す。
……誰よ、テオ様の表情筋が死んでるなんて言ってたの。全然死んでないじゃない。むしろ生き生きしてたわよ。笑顔が苦手なんて嘘よ、嘘。あーあ……本当に愛する人に向ける笑顔は、あんなにも甘く美しいのね。私には絶対に見せてくれない、心からの笑顔。
羨ましい。悔しい。情けない。惨め。
一人になると、私は泣きに泣いた。どうせ政略で結ばれたものですもの。愛されるなんて思ってませんでしたわ。でもね、私はテオ様を愛していたの。不器用な優しさや目標に向かってひたむきに進むその姿が好きだったの。愛してくれることはなくても、貴方が大切だって言ってくれた言葉が嬉しかった。だけど、貴方は本当に愛しい女性を見つけたのね……。私の涙はしばらく止まりそうにない。
*
卒業パーティーを四ヶ月後に控えたある日、事件は起こった。現宰相の御子息、ビリー様が婚約者のソフィア様に婚約破棄を突きつけたのだ。理由はアンジェラ様に対してひどいイジメを行ったから。
そんな事実はもちろんない。しかし、婚約者の今までの不誠実な態度に激怒していたソフィア様はすぐに了承し、すみやかに破棄の手続きが行われた。アンジェラ様が来る前まで、二人は仲の良い婚約者同士だったのにまさかこんな事になるなんて……。
しかし不可思議なことに、婚約を破棄したからと言ってビリー様はアンジェラ様と婚約するつもりはないそうだ。アンジェラ様に惹かれているのは一目瞭然なのにも関わらず、だ。これには周りの生徒も首を傾げていた。それならどうして婚約破棄なんてしたのだろう。まさかこの状況で別の婚約者を探すつもりなのだろうか、と。
それと同時に、次に婚約を破棄されるのは私だろうという噂が流れていた。
そしてその噂は間違いではない。テオ様に冷たい瞳で「次の交流会で話がある」と声をかけられたのだ。向こうから話しかけられたのはいつ振りだろう。それより、今までずっと断ってきたというのに次の交流会の日付けは覚えていたのね、とどこか冷静な自分が考えていた。




