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 ──我が家での話し合いの結果、私たちの婚約はひとまず〝保留〟という事になった。


 一ヶ月間、これまでと同じように婚約者としての交流を続けてから最終的な結論を出す。テオドール様の提案を概ね受け入れた形だ。


 今回の選択は、ただ答えを先延ばしにしているだけなのかもしれない。だけど私に時間が必要なのは確かだ。テオドール様の事ももう一度ちゃんと考えたいし。もちろん、自分の気持ちも。


 だがしかし、どうやら時間は待ってくれないらしい。悩んでいる暇は与えないとばかりに、ルーウェン様の魔導指導が始まったのだ。


「やぁやぁ! 元気にしてたかい?」


 相変わらず黒のローブに身を包んだルーウェン様と、もう一人。同じ格好をした女性が部屋に入ってきた。背が高く、キリッとした印象の綺麗な女性だ。


「こちらは部下のマノン。彼女も今回の騒動で我が国から派遣された魔導師だよ」

「マノン・ミュラーと申します。よろしくお願いいたします」


 そう言って彼女は私に向かって頭を下げた。ネイビーブルーの長い髪がさらりと揺れる。


「研究所が出来たら彼女も講師として指導にあたる予定なんだ。せっかくだから君や殿下の指導も手伝ってもらおうと思ってね」


 先日聞いた通り、サミュエル殿下は一刻も早い指導が必要だという事で、私より先に魔導を習っている。ちなみに、最初は私も王宮で共に学ぶ予定だったらしい。とんでもない話である。だって王宮で、しかも王族の方と二人で学ぶなんて恐れ多いもの。


 そういうわけで、私は自分の屋敷で個人的に指導を受ける事となった。昔使っていた勉強部屋の一室でだ。挨拶を終えると、私は椅子に座って正面を見据えた。二人の姿が教団に立つ教師と重なって見えて、学園で授業を受けているような気分になった。


「魔法って別に難しい事はしないから。大丈夫だから。ね?」


 そう言って、ルーウェン様は緊張を和らげるように優しく微笑んだ。


「さて。まずは魔法というものをわかってもらうために、基本の魔力について説明しようか」

「は、はい! お願いします」


 私は背筋を伸ばして返事をする。


「魔力とは、簡単に言うと魔法を使用するために必要なエネルギーの事だ。人間は体を動かすためにエネルギーが必要だろう? それと同じだよ。ただし、魔力は全員が持っているわけではなく、持つ者と持たない者がいる。また、魔力の保有量も人によって違う。何故魔力を持つ者と持たない者がいるのかは、残念ながらまだ解明されてないから謎なんだけどね」


 ルーウェン様は小さく肩をすくめると、説明を続けた。


「そして、魔力の源は草や木、水なんかに存在している自然エネルギーだと言われている。それを体内に取り込み、自身の精神的なエネルギーや体力的なエネルギーと混ざることで魔力に変換されるんだ。……これは僕の仮説だけど、この国にいる魔力適性がある人たちはそうやって無意識のうちに魔力を生成し、その力を体内に蓄積していたんだと思う。少量の魔力の蓄積は体に影響はないしね」


 私はなるほどと頷きながら、広げたノートにメモを取っていく。


「こうやって聞くと無限に魔力が創れそうだけど、残念ながら魔力は有限だ。魔力に変換するにもエネルギーが必要だから、体が追いつかない。そして、当たり前だけど魔力は使えば使った分だけ消費される。これは体力の消耗と同じだね。だから自分の持つ魔力以上の魔法は使えないし、魔力を使いすぎたら魔力切れを起こして倒れてしまう。命の危険もあるから、自分の魔力の保有量を知るのは大事なことなんだ。ああ、魔力はよく食べてよく寝ると自然と回復してくるよ。さすがに魔力切れを起こすほど消費した時は、回復薬や治癒魔法が必要だけどね。っと、ここまでの説明は大丈夫そうかい?」

「は、はい!」


 私はこくこくと頷く。


「じゃあ、次は魔法について。魔法とは、魔力を使って術を発動すること。こんな風にね」


 そう言うと、ルーウェン様は右の手のひらからボッと炎を出現させた。私は驚きのあまり息を呑む。ゆらゆらと揺らめいていた炎は、手のひらを閉じると同時に一瞬にして消え去った。こ、これが魔法……すごいわ!


「同じ魔法を使う者でもうちの国では魔法師、魔術師、魔導師と分けられているんだ。それぞれを軽く説明するね?」


 ルーウェン様は横長のボードを出現させると、文字を書きながら説明を続けた。


「まずは、魔法師。魔法師は、自分の体内にある魔力を使って術を発動するのが得意な者たち。他国では魔法使い、とも呼ばれているね。次に、魔術師。魔術師とは、自身が魔力を持っていなくても、魔石や知識を駆使して術を発動させることが出来る者たち。呪術師、とも呼ばれている。あ、魔石っていうのは魔力を込めた石の事でね、うちの国では主に魔法師が製造販売してるんだ。これを使えば魔力がなくても魔法が使えるっていう、とても便利な道具なんだよ。自身の魔力が少なくなった時なんかは代わりに魔石を使えば魔力が発動するから、魔力の補充用としても重宝される。指輪やブレスレットなんかに加工して装飾品としても身に付けられるんだ。確かマノンも付けてたよね?」

「はい」


 ローブをまくると、細い手首に付けられた金色のブレスレットがきらりと光った。チェーンの真ん中に淡いピンク色の小さな石がはめてある。キラキラと煌めくその石は、普段よく見る宝石とあまり変わらない。だけど、なんだか神秘的な美しさを感じた。


「……これが魔石なのですか? とても綺麗だわ」

「はい。我が国では親しい友人や恋人に魔石の付いた装飾品をプレゼントするのが主流となっています。もちろん自分で買う方もいますが。ちなみに、わたしのこれは自作です」


 マノン様は言いながら袖を戻す。それを見て、ルーウェン様はううん、一つと咳払いをした。


「話を戻すよ? そして最後、魔導師について。魔導師とは──」


 焦らすように間をあけると、大きな声が響いた。


「魔法と魔術、そのどちらも極めた精鋭たちの事だ! そう、この僕のようなね!!」


 ドヤ顔のルーウェン様をポカンとした表情で見つめていると、「団長、うざいです」とマノン様がバッサリと告げた。……ん? 団長? ってルーウェン様の事? 確か、陛下からは特級魔導師と紹介されていたはずだけど……。


「ここでの団長呼びはやめてくれ。せっかく魔術師団を抜けてこれたんだから」

「魔術師団……?」


 聞き慣れない単語に首を傾げると、マノン様が補足してくれた。


「ニール王国魔術師団。王国に仕える魔術師の集まりで、国の防衛などを担っています。こちらの国でいう騎士団のようなものですかね。彼はこう見えてその魔術師団の団長なんです」

「まぁ!」


 私は驚きの声を上げる。


「普段から仕事をサボってばかりで逃げ癖がある困り者ですが、ニール王国唯一の特級魔導師の称号を持っているので腕は確かですね。今回の派遣も自ら志願して来たんです。長期出張になり、仕事をサボれる大義名分が出来たと大喜びでしたよ」

「その言い方はひどいなぁ。僕はこの国の魔法技術の発展のためにやって来たんだよ? それに、後の事はちゃんと副団長に任せて来たから大丈夫!」

「丸投げって言葉知ってます?」

「彼ならしっかりやってくれるよ。人望も実力もあるしね。僕ほどじゃないけど!」


 呆れたようなマノン様の溜息を気にも溜めず、ルーウェン様は話を進める。


「魔法について続けるよ? 実は、我々の持つ魔力には属性というものがあってね。主に火、水、風、土、光、闇の六つに分かれる。自分の魔力がどの属性に適しているかによって使える魔法が判断出来るんだ。……という事で、シャロン様の魔力について鑑定させてもらってもいいかな?」

「私の魔力ですか?」

「そう。属性が分かれば、君が何の魔法が得意で何の魔法が苦手かもわかるしね」

「わかりました。えっと、どうすれば……?」


 私は緊張しながら答えた。


「それじゃあ、まずは立ってくれるかな? 目を瞑って、軽く深呼吸をしてみようか」


 言われた通り立ち上がって、目を瞑る。軽く深呼吸をして息を整えた。


「いいかい? 魔力は血液と一緒で身体中を巡っているんだ。……なんとなくでいいから思い浮かべてごらん。君の魔力が頭の天辺から首、腕、お腹、太腿、足先まで、血液のようにゆっくりと身体の中を巡っているのを」


 流れる様子を繰り返し思い浮かべていくうちに、なんだか身体がほわっとあたたかくなった気がする。


「魔力が巡っている感じがなんとなくわかったかい?」

「……はい」


 私は目を瞑ったまま頷く。ルーウェン様の優しく響く低い声が心地良い。そのまま魔力が巡っている様子を思い浮かべていると、「お疲れ様。目を開けていいよ」と声をかけられ目を開く。もう終わったのかしら? 私、まったく何もしてないのだけれど。


「鑑定の結果、君の魔法属性は〝光〟のようだね」

「光ですか?」

「ああ。光属性は主に怪我や病気を治す治癒魔法だったり、浄化魔法や()()()()()などに特化している。だから例のネックレスを壊す事が出来たんだね。だけど、魔力量は平均〜少し低いくらい。ううん…… ()()()の力の方が強いはずなのに、何故あの時魅了を打ち破るほどの力が出せたんだろう? 実に興味深い! これは調べ甲斐があるなぁ!!」


 ルーウェン様は興奮気味に言った。


「あの女もせっかく稀有な力と良い腕に恵まれたのにもったいない。もっと上手く使えば魔術師団でも出世出来たろうに。欲に溺れて一生が終わるなんてバカだなぁ」

「団長」


 マノン様の咎める声が響いた。睨みつけるその視線は氷のように冷たい。おそらく、()()の話題が出たので私の事を気にしてくれたのだろう。ルーウェン様はハッとして苦笑いを浮かべる私を見た。


「……大変申し訳ない。無神経だった」

「いえ、いいんです。それよりその……もしかして彼女も魔術師団だったのですか?」


 申し訳なさそうな顔をしたルーウェン様が小さく頷く。


「彼女は元々うちの魔術師団の一員だったんだ。それも、王族を護衛するエリート」

「王族の護衛に当たる魔術師は、あらゆる攻撃から身を守る術や、呪いを跳ね返す護符なんかを作っています。しかし彼女はそこに細工をして、あろうことか王太子殿下に魅了魔法をかけたのです」

「今考えると、護衛になったのは自分の欲のためだったんだよなぁ。ま、我々が異変に気付いて大事にはいたらなかったけど。でも、大罪を犯したことは明らかだ」


 ルーウェン様から小さく溜息が溢れた。


「投獄したところまでは良かったんだけどね。我々が仕事で国を離れている間に隙をついて逃げられた。隠し持っていた例のネックレスを使って監視の騎士を魅了したらしい。完全に我々の失態だ。情けなくて仕方ないよ」


 私はなんて答えていいか分からず、視線をそらしてしまった。


「さて。今日はこのくらいにしようか。疲れただろう? お菓子を買って来たからみんなで食べよう!」


 空気を変えるように明るい口調で言ったルーウェン様の手には、さっきまではなかったお菓子の箱が乗っかっている。あの箱、どこから取り出したのかしら。これも魔法の一種?


 いつの間にかやって来た我が家の侍女やメイドたちがテキパキと動き、室内はあっという間にお茶会仕様に様変わりした──。

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