結局俺たち顔が良いだけっ!
顔が良いだけの男女の話。
「うっわ。ありえねぇチョコの山」
我らが文系部の部室、要は空き教室の机の上に積み上がったチョコの山。
そしてそのチョコの山の作成者は、割と無心でチョコを貪っていた。
「来たな弘崎。早く手伝え」
表情を苦悶に歪めながらチョコに対して悪戦苦闘を続ける少女は、俺を視界に捉えるなり救援要請をよこしてきた。
「……そのチョコの山は何だ?」
「見て分かれ。ホワイトデーのお返しに決まっているだろうが」
『そんなことも分からないのか』と言わんばかりに呆れた表情でそういう彼女は、黒瀬月姫。
夜を思わせる黒い長髪と、月のような琥珀の瞳を持つ、どこぞのお姫様のように外見が整った美少女である。名は体を表すとはまさにその通りで、彼女はその名前に恥じない美貌を持っていた。
「このままだと私は糖分に身体を侵されて大変なことになってしまう。早く手伝え」
「……いや、いいけどさ」
「ほら早く座れ。甘い物好きなんだろお前」
「ああ。……まぁ甘い物は好きだけど」
彼女はそういうと席から立って、そそくさと椅子を用意して自分の席の対面に置いた。座るように促されるので、俺は大人しく要望に応えることにした。
市販のものがほとんどだが、中には手作りなどの気合の入った一品もある。月姫が露骨に市販以外のものを食べないので、俺は手始めに手作りのチョコから食べることにした。
うん。普通のチョコ。甘ったるい。
「それにしてもお前、チョコ貰いすぎだろ。ホワイトデーのお返しにしてもこれはヤバい」
「とりあえずクラスメートには全員渡したからな……」
「外面良すぎだろお前。バカか」
「私はバカじゃない。どちらかと言えば天才だ。成績優秀、容姿端麗。私以上にこれが似合う女子はこの学園にはいない」
「……馬鹿だけど頭いいんだよなぁお前」
「泣くぞ?」
「泣いてろ馬鹿」
辛辣な口調で言い放ち、ため息を吐きながらチョコの咀嚼に努める。俺もそこまで甘い物得意じゃないのに。糖分過多で死ぬぞコレ。
「というかお前、外面良すぎるせいで損してるだろ。渡さなきゃ返されることもないだろうに」
「いや、私は顔がいい設定で通ってるからな。チョコを渡さなきゃ怪しまれるんだよ」
「なんだその設定。一人で守って自爆してたら世話ないわな」
「ヒドイこというなぁ弘崎。お前がバレンタインデーに唯一貰ったチョコは私のものだというのに。むしろお前は感謝すべき立場なのでは?」
「その節はどうも。おいしかったでーす」
感謝の言葉を告げながら、手作りチョコ三つ目に入る。というかふと気づいたが女子にも渡してやがんのかコイツ。つまり俺が食べたチョコには女子の手作りが含まれているということか? どんな役得だよ。全部食べよ。
「よし、手作りチョコは全部俺に任せろ」
「急にやる気だしてどうした。無論手作りは全部譲るつもりだが?」
「そういや手作り食わないんだったわお前」
「あぁ。過去に髪の毛が入ってたことがあってな」
「キッショいなそれ」
俺は笑い飛ばすように言いながら、手作りチョコを貪る。髪の毛が入っていないことを祈ろう。甘ったるくて死にそうなのに、髪の毛のダブルパンチを喰らったら卒倒しかねないぞ。
「というかチョコ多すぎだ。今度から渡す相手は選べよマジで」
「大丈夫だ。私には弘崎というチョコ吸引機が居る。全部食べていいぞ」
「お前な……」
そういや甘い物が大好きだから引き受けると嘘を付いた結果、チョコを押し付けられるはめになったのか。どれもこれも甘い物を辛そうに食べるこいつが不憫だったためである。嘘を付いた俺が悪いので、責任もってチョコは食べるしかない。
「にしても甘いわ」
「甘い物好きなんじゃないのか?」
「限度があるんだよ何事も。虫歯になるわ」
「ふむ。そんな弘崎のためにこれをやろう」
月姫はチョコの山の中から、厳選したらしい逸品を取り出した。ハート型の容器に入っており、例えるならもうガッツリ「本命チョコ」に足を踏み込んでいる一品である。放送からして「ガチ」なのが伝わってくる。
「事前に好みを聞かれてな。苦い方が好きだと教えたらわざわざ作ってくれた」
「あ? それならお前が食えばいいじゃん」
「……異物混入怖い」
月姫がボソッとそう呟くので、俺は納得と同時にそれを受け取った。
「要望聞いてくれるってことはそこそこ親交あんじゃねぇの? 信頼してやってもいい気がしないでもないが」
「いいから食え」
「ハイ」
月姫の圧に負け、俺は大人しくチョコを貪る道を選んだ。そのチョコは甘さと苦さが丁度良く両立していて、俺でも美味しく食べれる逸品である。一口かじったところ異物の気配も感じないが、あー、口づけがダメか。割ってやってもいいが、そこまでして月姫は食べたいわけでもないのかもしれない。送り主には悪いが、俺が美味しく食べる事にしよう。
「どうだ、味は」
「普通に美味しいが?」
「……それは良かった」
彼女が嬉しそうにつぶやくのを見て、俺は若干の違和感を覚え、そこから日ごろから読み漁っているっているラノベが経験則から一つの結論を出した。
「もしかしてこれがお前の手作りだったりする?」
「……ッ! よく気づいたな?」
「お前が嬉しそうにするからな。もし外れていたら自意識過剰野郎になるところだから助かったわ」
「その、すまなかった。……友人づてに聞くまで、お前が甘い物苦手だって、知らなくて」
申し訳なさそうに頭を下げる月姫を、俺は一笑に付す。その様子を怪訝に思ったのか、彼女は俯いた頭を上げて俺の顔を見た。
「だからお前は馬鹿なんだ」
「泣くぞ?」
「黙れ馬鹿」
だとしたらこれは返礼のつもりなのだろうか。美味しいけど、期待していたのはそうじゃない。
もしかしたら、これは彼女なりの本命チョコで、俺に渡してきたと思ったのだけど、彼女の様子を見るに、多分違う。どうやらこれはタダの感謝のチョコっぽい。ちょっと残念である。美味しいけど。
「また来年も作ってくれよこのチョコ。それだったら喜んで俺はチョコ吸引機になってやる」
「……いいのか?」
「俺がこのチョコの山を消費しなかったら困るのはお前だろーが」
「……ふふ、注意する癖にお前も結局外面がいいじゃないか」
「はぁ? 馬鹿かお前。俺はこの苦いチョコのために頑張るだけだ」
「じゃあ今までは?」
「あー。今までもあの甘いチョコが美味しかったよ」
彼女が手作りのチョコを渡したのは、何もこれが初めてじゃない。この良く分からんチョコ吸引機である俺が誕生したのは中学二年生からだから、4回は貰っている。苦いチョコは、今回が初めてだが。
「最初から甘い物が苦手だと言え、この馬鹿」
「シンプルに女子からのチョコが食べたかったんだよ」
「心はお前に無いのに? 虚しいことだな」
「うっせ」
「嘘なのはわかってるけどな。結局お前は外面が良い、いい奴だ」
「違うからなマジで」
俺は外面なんて良くない。ただお前に良く見てもらいたいだけで。
彼女のように整った外見は持っていないし、俺は気遣いとか、そういう別の一面で勝負するしかないのだ。
ほろ苦いチョコが美味しい。俺はこのチョコのために頑張ってきたのだ。そう断言できる。
「あ、あと一応返礼」
俺は鞄から包装に入ったチョコを取り出した。一応バレンタインデーにチョコは貰っているので、俺もホワイトデーに渡す用のチョコを用意していた。
「大丈夫だ。甘くはないし手作りじゃない。苦くて美味しいチョコを選んだつもりではある」
「そうか。嬉しいぞ弘崎。早くよこせ」
「後半の勢いよ……」
それは気にしないことにして、俺はチョコを月姫に手渡した。
彼女はその包装を体にほどいて、チョコを取り出して一口食べた。
「……どうだ?」
「ん、美味しいぞ。来年もくれ」
「いい顔して食べるな」
「美味しいから来年もくれと言っているんだ」
「そうだな。……まぁ進学先別なんだが」
俺たちは高校三年生。今年でこの学園も卒業であるし、残念なことに進学先は別々である。
来年も、このホワイトデーを過ごせるのか、俺には分からない。
「……だとしても、来年も渡すよ」
「あ? 何で?」
「ん? 欲しくないのか私のチョコが」
「いや欲しいですけど?」
「だろ?」
彼女はそう言って笑った。
……もしかしなくてもこいつは、俺のことを好きなのかもしれない。
結局、俺はその確信を言いきれずにいた。
俺はこいつにとって、外面のいい、便利な男として扱われているのかもしれないから。
怖くて言い出せない。
◆
大学に進学した。国内有数の偏差値を誇る大学で、相当頭が良くないと入れない。
弘崎は馬鹿なので、この大学を諦めたらしい。あの馬鹿め。
この大学でも、やはり顔が良いということは武器になる。
顔面が良くて、外面もいい、当然ながら人気は出る。
男は何もせずとも寄ってきて、女からは嫌味とも知らぬ賞賛を受ける。
結局、私は顔が良いだけなのだ。
顔が良いということで優遇される。幼少のころからソレに味を占めた私は、外面を良くして、誰にでも親切に接してきた。
誰もが私と話す時に、顔を気にしてくる。私は特に顔面が良い。だから、優遇される。
多くの人は知らないが、優遇も差別だ。優れているというだけで、他と差をつけて扱う。
本当の私の顔なんて、誰も見ていないくせに。
外見が良い。外面が良い。でもそれは私の本当の顔じゃない。
誰かに配慮した敬語なんて、本当の私は使わない。もう少し遠慮のない物言いで、砕けた口調で、本当の私は喋るだろう。
それが出来る相手が、一人いる。
そいつは弘崎というバカだった。下の名前はついぞ読んだことがない。恥ずかしいから。
あいつは馬鹿だけど、悪い馬鹿じゃなかった。
しっかりアイツは私の顔を見ていたけれど、アイツは些細な表情から本当の私の顔を見破った。
『チョコ苦手なのか? 手伝ってもいい?』
私は美味しそうに食べていたはずなのに、何故だか奴は私の些細な表情を見逃さないのだ。
事実、チョコーー、甘い物が苦手だと指摘されたのは奴が初めてだったし、少なくとも周りには隠し通してきていたのに。アイツは違った。いつも、私の本当の表情を見ていた。
私の顔を見ているのに、アイツはみんなが知っている私の顔を見ていなかった。
変な奴だった。ただ一人、私の表情を見破って、普通に接してきた。
最初から、私に対する好意は透けていた。他と同じようにあしらってやろうと思った。
――でも弘崎は、本当の私の顔を見ていた。
これからアイツにチョコを渡すというのに、顔が熱くなってくる。
そもそも弘崎は馬鹿だ。甘い物が苦手なら最初から言えばいいのに、私の手作りのチョコは良い顔をして食べるから、騙されてしまったのだ。
私にばかりいい顔をしやがって。
「所詮お前は顔が良いだけの男だよ」
「貶してんのか?」
待ち合わせ場所には、やはりというべきか、弘崎が居た。
◆
出会い頭に罵倒された。
何なんだこいつ。やっぱり俺のこと嫌いなのか?
1年ぶりの再会。集合場所は大型商業施設前のベンチだった。
ホワイトデー。その日にお互いの近況報告でもしようと。
バレンタインデーにチョコは貰っていないけど、多分コイツにとって、は違うのだ。
今日この日が、アイツにとってのバレンタインデーらしい。
「久しぶりだな、弘崎」
「おう」
相変わらず月姫は可愛かった。大学に行っても相変わらずの美少女っぷりだ。
俺は服装に気合を入れたから、あっちが適当な服装だったらちょっと恥ずかしいかもしれない、と思っだのが、あっちもちゃんと気合の入った服装で安心した。
「弘崎。チョコ」
「求めるのが早すぎねぇか」
「なんだよそれ。新手の告白か?」
「ああ。弘崎、好きだ」
「ああ、うん……? あァッ!?」
その告白を淡白に受け入れた後、俺は再度その発言を咀嚼し、違和感に気づいて――、俺の頭は真っ白になった。
「おい、告白のつもりなんだが」
「待って待ってマジで!?」
「ああ、好きだ」
「好き」彼女のその一言が、俺の心に染みこんで。一瞬の自失、その後に胸の奥底から湧き上がる歓喜があった。
「な、ななななッ――!?」
「お前が私にいい顔をするのが良くなかったな」
「な、っ、マジ、で?」
「ああ。今年も気合を入れてチョコを作ってきた」
彼女は鞄の中から手作りであろうハートの包装に入ったチョコを取り出し、こちらに手渡してくる。
「お前のチョコと交換だ。早く出せ」
「お、……おう」
俺もすかさずチョコを取り出し、交換が成立した。
彼女はさっそく丁寧に放送を剥がし、チョコを一口食べた。
「うん。今年も苦くて美味しい」
「な、何事もなくチョコ食べやがって」
「馬鹿め。照れ隠しだ」
彼女は羞恥心からか、頬を赤くしていた。
「それで、……返事はっ」
「こういうのって俺から言い出したかったんだけど」
「……返事は?」
俺はちょっと気恥ずかしいのを我慢して、気合で話す。
「……好きだよ、月姫。俺と、付き合ってください」
「ふふ、返事が遅いぞ、馬鹿」
彼女は満面の笑みを浮かべ――、
「私も好きだ。颯太」
その言葉に、俺はとても嬉しくなって――。
「顔が良すぎんだよ、馬鹿め」
そうやって照れ隠しをするので精いっぱいだった。