悪魔と契約
とある国のとある都市。大通りを外れ薄暗い路地を進むと見えてくるは貧民窟。
その一角の古い小屋。呻く女の声がする。
獣の叫びにも似たその呻きに、己のことも儘ならぬ貧民たちは聞かぬふり。苛立ちぶつける破落戸どもはもっと奥。
女には都合の良い環境だった。
昼間だというのに仄暗い小屋の中。
膨らんだ腹に手を当てて、女が必死の形相で力んでいる。
女はこの場で出産しようとしていたのだ。
「ァァァァァアアア!!!」
一際、大きな呻きを叫び、遂に女の股から赤子が出ずる。
あぁ、なれど。産婆もなく確かな知識もない手探りの出産が上手くいくはずもなし。
赤子は産声も上げず息絶えて、女も股からドロドロと血を吐き出していた。
女の血は小さな川となって流れゆく。小屋の中を流れゆく。
「はぁ……はぁ……くっ……私の、子……」
手を伸ばし抱き上げることも叶わない。
「誰でも、構わない……誰、か……私の、子を……」
切実なる願望が、女の胸中を支配する。
それが祈りならばどんなに良かったことだろう。
しかし、現実は無惨なるかな。女のそれは願いであった。
血が廻る。流れゆく血が円を描く。
いつ建ったかもわからぬ小屋だ。それは貧民窟の開かずの小屋だ。
国を恨む魔術師の根城の一つでもあったのか?
それとも、邪教徒どもの集会場でもあったのか?
何はともあれ、不思議なことだ。
魔法陣が描き上がる。
願いの言葉が囁かれる。
薄気味悪く黒い光が輝ける。
いつの間のことだろう。魔法陣の上に少年がいた。
「呼ばれて来ましたージャジャジャーン!」
陽気な言葉はひどく不釣り合い。少年が不気味に映る。
「あっっれ〜?召喚者どこよ?およ?」
酷くコミカルにキョロキョロわざとらしい手庇の仕草。
「あっはっけ〜ん!何だ何だ倒れてたのか〜、もう呼ばれ損かと思ったぜ〜」
少年がコツコツと女に近づく。
「おや〜?死にかけ?マジ?えーサービスしちゃーう」
巫山戯た言葉に似合わぬ、繊細な魔力の動き。
女の傷が忽ちのうちに無かったことにになる。
「ヤッホーお姉さん元気〜?ほら起きろやレディ?」
「ぅ……ぁ……な、に?」
少年の雑な言葉で女は目を覚ます。
「私の子は!?」
はっきりとした意識で、初めに思うは我が子のことだ。
されど、赤子の屍が横たわるのみ。
女の頬を滂沱の涙が伝ってゆく。
「はーい暗ーいこっち見ろやおい?」
ただ少年は空気を読まない。
「誰!?」
「えぇひっど!僕これでも助けてあげたんですけど〜大サービスだったんですけど〜、呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーンな悪魔さんなんですけどー」
「悪魔……」
少年の流れるような正体暴露に、女は呆然とその正体を呟いた。
「じゃあこの子を助けて!生き返らせて!」
そして、その心を支配するのはただ一つの願いだけ。
「ヤッフー契約だ契約だ、悪魔さんとの契約だ。切っても切れない契約だ、死んでも守る契約だ。うーん、でもでもそのお願いは無理でーす!」
「どうしてよ?!ねぇ、どうして!?」
契約に悪魔は小躍りしながら否定する。必死になって問い詰める女。
「その子さ、ただの肉塊だよ?魂なんて初めから入ってなかった死ぬ運命すら無い生まれなかったモノだよ?天使どもって残酷だよね?無駄なことはしないんだから!」
「 え 」
女は信仰心に厚いわけではなかったが、それでも衝撃であった。
ウソは吐かない悪魔の言葉だ。間違った解に惑わすことはあっても言葉自体にウソはない。
悪魔は、天使を魂の運び手なんて一言も言っていないけど。ただ、天使を貶しただけで、前後の脈絡はないのかもしれないが。
そんなことは女にとってどうでも良かった。
ただ、我が子が肉塊であることを嘆かなければならなかった。
「ふふ!良い絶望だ、酔い絶望だ。悪魔さんが囁いちゃう。幸福な夢を見せてあげる、魅せてあげる。僕が息子になってあげる。僕が魂になってあげる。悪魔の記憶に蓋をして、無邪気に遊んであげるよ。代償は簡単だ。君の子が独り立ちしたら、君には僕の眷属になってもらうよ」
「かぞく……」
「そう眷属。僕は君の子になるんだ、大した違いはないだろう。代償なんてないも同然の優良契約だよ?さぁ、サインだサイン、名乗りを上げろ!」
「私、は……」
その晩のことだ。貧民窟に赤子の元気な泣き声が響き渡る。
それをあやす女の影がとっても色濃く窓から伸びて、赤子の影に羽のようなモノが付いていた。
勢いで書いたから続きとかないけど、契約終了後のその後とか、悪魔の記憶なく普通に暮らす親子とか気が向いたら書きたい。