ブライゼル、令嬢を庇うつもりが庇われる
ざまぁの片鱗が⋯⋯!
「か、狩れる訳無いだろ、ぼくの魔力でブルートレザールなんて⋯⋯!」
「なんと言われようとも破棄をなさったのはそちらです。これは今食堂にいらっしゃる全ての方が証人なのですよ」
フレデリカはぴしゃりとニューデルに言い返した。
「それに私は覚えております。ニューデル伯爵子息は魔無しの私と違い素晴らしい魔力をお持ちだと。私の存在を否定するばかりか、家族や領民達も「卑しい」等と仰りました。そしてご自分の魔力を誇示する為に大量の水を私の前で生み出し、頭から掛けてくださいましたね。着ていたドレスの裾を炎で焦がしてくださった事もありました。私の持っていたぬいぐるみを的にして風の刃で切り刻んだ事も御座いましたね」
なんとも酷い話だ。幼い子供のやった事とは思えない凶悪さである。⋯⋯いや、無垢な子供だからこそ行えてしまった残酷な行為なのかもしれない。それでもニューデルは貴族だ。例え幼子でも責任が付き纏う。
しかしこれでは曲解して魔法王国が魔力の無い者を日常的に虐げている様にも聞こえてしまう。
すかさずテュエリーザは立ち上がり、ニューデルを詰問した。
「今の話は誠か、ニューデル!」
「い、いいえ!わ、わたくしには何の事やらさっぱりで!」
「どうかな?フレデリカを魔無しと呼び付けているくらいだし、僕は信用出来ないな」
他人の好悪なんてテュエリーザくらいしか気にしないアルベルトも、珍しく嫌悪を滲ませてニューデルを睨んでいた。
食堂に居る全員がニューデルを疑っていた。昨日の入学式での暴挙、食堂での有り得ない行動、そして中等部で共に居た者達は常々セレスタイン公爵家を笠に着ていた傲慢さを思い出していた。「こいつならばやり兼ねない」皆の思いは一緒だった。
テュエリーザもニューデルの罪は確信していたが、今此処で断罪する権利は彼女には無かった。
学術都市は永遠の中立地帯。それが口先だけだとしても、テュエリーザはただの一生徒。生徒会長と云えど、権力を行使する事は罷りならない。なので、彼女は出来る内で最も最大の嫌がらせをした。
「不快だ。此処は不問とするが、2度と私達に近付いてくれるな。其方だけは時候の挨拶も必要無い」
「で、殿下」
「此れは私個人の望みだ。⋯⋯陛下に直訴するならそれでも構わん」
たかが伯爵家が、しかもその子息が、国王に直接会う事が出来る筈も無い。ニューデル伯爵は地方貴族に過ぎず、王城に閣僚として働いた経験も、伝手を持つ知り合いも無いのだから。
ニューデルは膝を床に付いて項垂れた。彼は家に帰ったら廃嫡されるだろう。自国の王族から嫌われる等、有ってはならない事だ。そんな者が当主になるなんて、一族からすれば何の旨味も無い。
その考えに至ったニューデルは、その場を去る事も出来ず、身体を震わせた。
そんなニューデルが脇に居るテーブルで食事なんて出来ないと考えたブライゼルは、フレデリカが態々テーブルに並べてくれた料理を再びカートに積み直し、移動させる事にした。
「じゃあエル、僕達は別の空席を探そう」
「そうだな⋯⋯2人はゆっくり来てくれ」
「畏まりました」
テュエリーザは当然の様にフレデリカも頭数に入れ、フレデリカのトレーを手ずからカートに積み込んだ。問答無用である。
そして高貴な2人を先頭に、カートを押すフレデリカと松葉杖を突くブライゼルで移動しようとした時、ブライゼルはニューデルが何やらぶつぶつと呟き続けている事に気付いた。
「⋯⋯⋯⋯の、⋯⋯の⋯⋯」
「⋯⋯?」
気味が悪い。
ブライゼルは早く行こうとニューデルの横を通り過ぎようとした時、ニューデルは勢い良く立ち上がり、吼えた。
「お前の所為だッツ‼︎魔無しイイィィイッ‼︎」
爆発的な魔力の高まり。ブライゼルは咄嗟に動く事が出来ず、その場で立ち竦んでしまった。
ニューデルは魔力で水の杭を何本も作り出し、周囲の状況等目に入らないとばかりに、怒り任せにその全てをフレデリカに向けた。
「ウラガン嬢‼︎」
ブライゼルは咄嗟にニューデルに飛び掛かった。本当ならフレデリカの盾になるべく前に立ち塞がれれば良かったのだが、如何せんこの足ではそんな立ち回りが出来る筈も無し。魔法で応戦も、戦闘魔法に長けていないブライゼルでは自身に重力負荷を掛けてニューデルにしがみ付くくらいしか出来なかった。
「何をッ⋯⋯邪魔だ!平民‼︎」
ニューデルは怒りの矛先をブライゼルに向けて、水の杭の向きを変えた。それだけでも分かる様にニューデルは水の魔法がかなり巧みであった。怒りで周囲が見えなくなっていたとしても、繊細なコントロールは失わず、水の杭は更に鋭さを増した程であるのだから。
それでもブライゼルは引く気は無かった。
「君を追い詰めたのは、彼女じゃなくて君自身だ!器が小さい事をするんじゃないッ‼︎」
「なんだと⁉︎ふざけるなよ!」
「ブライ!」
「止めろニューデル‼︎」
水の杭は無情にもブライゼルの背中に放たれた。
ブライゼルには見えなかったが、魔力が自分に向いている事は分かっていたので、訪れる痛みを覚悟して目を瞑った。
「破ッ‼︎」
鋭い掛け声、そして掛かる水飛沫。
いつまで経っても自身を襲わぬ衝撃に、ブライゼルは恐る恐る目を開けた。
「あれ⋯⋯?」
「大丈夫ですか、シュエット先輩」
顔を上げると、拳を振り抜いたフレデリカがブライゼルを見下ろしていた。
また良い所なんですが、今回はここまで。
ニューデルを完全に懲らしめるのはもう少しお待ちください。