ブライゼル、不敬にも殿下にお支え頂く
キリ良くしときますね。
青褪めたブライゼルに、女生徒は途方に暮れた様に呟いた。
「⋯⋯式、終わってますね」
「本当に⋯⋯本当にすみません⋯⋯!折角の入学式だと云うのに⋯⋯!」
「いいえ、気になさらないで。私も教室に向かいますから」
そう言って女生徒はブライゼルを静かに床に降ろすと、美しいカーテシーを披露して人波に飲まれて行った。「飲まれた」と表現したが、周りの生徒より頭1つ抜けているので、角を曲がるまで彼女の姿を認める事が出来たのだが。
そんな彼女をぼんやりと見送りながら、ブライゼルは未だにぼんやりとときめいていた。しかし、講堂から出て来た人物に声を掛けられ、一気に現実に戻る事になった。
「ブライ、此処にいたのか」
「えっ、あっ!テュエリーザ殿下⋯⋯!」
講堂の扉から、テュエリーザが首だけを伸ばしてブライゼルに声を掛けたのだ。ブライゼルは跛をひきながらも、テュエリーザに近寄って臣下の礼を執った。
「どうしていたんだ?こちらは君が居なくて大変だったよ⋯⋯ん?足をどうしたんだ?」
「申し訳ありません⋯⋯!その、怪我をして保健室へ」
「平気か?」
「はい、親切な方に助けて頂きまして」
「そうか、どこの誰かは⋯⋯聞いていないな、その顔は」
「し、失念してました⋯⋯」
「まあ良い、見掛けたら言え。私からも礼を言いたい」
「畏まりました」
「それよりブライ、こちらに」
畏れ多い事だが、テュエリーザはブライゼルの足を庇う様に支え、講堂の中へと誘った。ブライゼルは必死に固辞したが、テュエリーザは怪我をした幼馴染を支えているだけだと、からから笑った。
「それより、講堂に入る前に居たニューデル伯爵子息を覚えているか?」
「ええ、それはもう」
嫌な奴です。と続けたいのを堪え、ブライゼルは口を噤んだ。この足の怪我もあいつの所為であるが、それは貴族に対する陰口になるし、なんとなく奴の権力に屈した気持ちになる。それに不敬かもしれないが、ブライゼルも王女と公子を大切な友人だと思っている。利用する様な事をしたくは無い。
「そのニューデルなんだが、いきなり騒ぎ出してな。女性の名前を叫んで、剰え婚約破棄だと喚いたのだ」
「な、なんですって⁉︎なんて非常識な⋯⋯!」
「まあ、そのお目当ての女性は居なかったのだがね。だがお陰で式は台無しだ」
ブライゼルは今日の式を楽しみにしていた新入生を思い、泣きそうになった。中等部から上がって来た生徒にとってはただの通過儀礼かもしれない。だが、高等部から入学して来た生徒にとっては希望に溢れたものだった筈だ。
そもそも学術都市の学校は惰性で入れるものでは無い。なにより中等部よりも高等部の方が入学レベルが高くなるのだ。
「お陰でアルの機嫌も悪いんだ。君の今までの仕事を台無しにしたんだからな」
「え⋯⋯?アルベルト様が?」
「君は気付いていないかもしれないが、アルはああ見えて君の事を大切に思っているよ。コウバイタケみたいだって」
「⋯⋯コウバイタケ?」
はて、そんな毒茸があっただろうか。ブライゼルは首を傾げた。
「毒茸では無いみたいだよ。ただ食用には不向きの小さな小さな脆い茸さ」
「⋯⋯ええと、僕は喜んでいいんでしょうか?」
「勿論。茸に当て嵌められるなんて、毒茸でないとしても認められているって事だよ」
ブライゼルとしては複雑だ。毒茸と呼ばれないだけマシだが、小さくて脆い茸とは。
「それよりも、ニューデルが婚約破棄しようとした女子生徒なんだが」
「ああ、そうです!」
今回は運良く傷付かずに済んだかもしれないが、きっと周囲の噂を聞いて落ち込むだろう。それにあのニューデルだ。所構わずその女子生徒を槍玉に上げるだろう。
「その女子生徒だがね⋯⋯⋯⋯その、すまん⋯⋯なんて名前だったかな⋯⋯?忘れてしまった⋯⋯」
「殿下⁉︎」
「すまない、あまりにもニューデルに腹が立って」
気持ちは分からなくも無いのだが、肝心な事を覚えていてくれないのでは意味が無い。
ブライゼルは足の痛みよりも頭痛が気になってしまった。