ブライゼル、格好いい令嬢に助けられる
3人は、新入生が待っている講堂へと向かっている最中であった。高等部はほぼ中等部から持ち上がって来た生徒で締められるが、諸事情で中等部は通わなかった生徒、定員で入れなかった生徒等が、規模の大きくなった高等部に改めて入学して来る。
そんな講堂へ行く道すがら、ブライゼルは嫌な顔を見た。
「これはこれはテュエリーザ殿下、アルベルト様、お久しぶりでございます」
「うん?君は誰だったかな?」
「わたくし、セレスタイン家に仕えております、ニューデル伯爵家のジュリアンでございます」
「そうだっけ?」
仕えている、なんて言うが、ニューデル家はここ20年ばかしからセレスタイン家に擦り寄り始めた、ただの太鼓持ちである。
ブライゼルは、このジュリアン・ニューデルと云う一つ年下の少年が兎角大嫌いであった。自分の無能を棚に上げて、ブライゼルが爵位の無い平民であるのを馬鹿にし続けるのである。どうも選民思想の強い家らしく、公爵家に1番に仕えたいと云う欲求が強いのだ。ブライゼルの父もニューデル家の当主に絡まれたらしく、すっかり親子揃ってニューデル嫌いが定着してしまった。
「今年からまたお二人と共に学生生活を送れるなんて、わたくしは本当に運が良い!」
「そうか、良かったな」
「それじゃあブライは幸運だね」
揉み手をしながら媚び諂うニューデルだったが、この2人に対してはいつも上手く行かない。どちらにせよ、この2人にとって興味を引くものの中にニューデルは入らないからだ。
道を塞いでいたニューデルをすり抜け、アルベルトとテュエリーザの2人は講堂へと入って行った。勿論、付き従っているブライゼルも2人を追って講堂へと向かう。
「痛っ!」
ところが、ニューデルはブライゼルの右腕をぎゅうと捩じり上げた。
「⋯⋯調子に乗るなよ、平民め!」
「は、離してくれますか⋯⋯!」
少なくとも、学術都市内では同じ生徒同士、ブライゼルの方が先輩なのだから、爵位が有ってもニューデルはもう少し遠慮するべきなのだ。
「なんだお前、自分がセレスタイン公爵家に可愛がられてると思っているのか?だからそんな口を貴族のぼくに利けるんだ、そうだろっええ?」
「ぐっ!」
ブライゼルは右足の甲を思い切り踏み躙られた。あまり意識されないが、足の甲は人体の急所である。泣き叫ばなかったブライゼルは己を褒めた。それは偏に、こんな卑怯で卑屈な男に屈したくは無いと云う、意地であった。
「き、君は新入生なんです⋯⋯早く講堂に入りなさい⋯⋯!」
「きみ⋯⋯だと⁉︎生意気な‼︎」
そんな意地を張ったブライゼルの態度が益々ニューデルの頭に血を昇らせた。
ニューデルは怒りに任せて捩じり上げていた右腕を引っ張り、講堂とは反対側に思い切り突き飛ばした。
「わっ⋯⋯!」
足を踏まれていた痛みから、ブライゼルは踏ん張る事も出来ずに無様に転がった。尻を強かに打ち付け、痛みで頭が一瞬真っ白になる。
「ははは!お前には地べたがお似合いだ!」
そんな悪役みたいな台詞を吐いて、ニューデルは講堂へと入って行った。
(あいたたた⋯⋯あんな奴の暴力も避けられないなんてなぁ)
はっきり言って、ニューデルの運動神経は良くない。しかし、それを輪に掛けてブライゼルの方が鈍臭い。それでも、ブライゼルはシュエットとしての誇りと知識がある。家柄しか無いあいつに負ける訳には行かないのだ。
「よいっ⋯⋯⋯⋯いっつつ⁉︎」
一人で立ち上がろうと脚に力を入れると、踏まれた右足が酷く痛んだ。骨が折れたとは思えないので、腱でも痛めたのだろうか。
(困ったな。きっと他の生徒会メンバーが困るぞ⋯⋯)
はっきり言って、あの毒茸公子と猪姫を野放しにするのは危険だ。折衝剤としてブライゼルが立っていたので、この半年間生徒会として機能出来ていた所もある。
なんとかして立ち上がろうと四苦八苦していると、後方から誰かに声を掛けられた。
「どうかなさいましたか?」
女性の声である。
その声を聞いて、ブライゼルは瞬時に己が道を塞いでいる事実に気付いた。
「す、すみません。すぐ退きますから」
「⋯⋯でも、なんだかお身体が難儀そうです」
「今さっき、少し足を痛めただけですから、そこまで難儀はしてませんよ」
痛みの無い左腕と左足に重心を掛けて、這う様にすれば道の端には寄れるだろう。そう考えたブライゼルだったが、声の主人はまさか、まさかであるが、ブライゼルを抱え上げた。
お姫様抱っこで。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ひえっ⁉︎」
「参りましょう。でも私、本日入学したばかりなので保健室の場所を存じません。案内をお願い致します」
「は、はい」
抱え上げられて分かったのだが、その人は声の通り女性で、とても凛々しい顔付きだった。そして何より、ブライゼルを抱える腕は逞しく、安定感が半端無い。
今日から入学と言っていたし、一年生の女子生徒だろう。このままでは式が始まってしまう。それなのに、己の事より芋虫の様に這いつくばっていた男を優先するなんて。ブライゼルは感激した。
当初は抱き抱えられるなんて気恥ずかしかったのだが、保健室に着く頃には、お姫様抱っこにも慣れっこになっていた。入室した2人を見た保健教師がすごい顔をしていたが、全く気にならなかった。
「あの、助けてくれてありがとうございます。僕はブライゼル・シュエット。2年生です。あの、1年生ですよね?今急げばまだ式には間に合います。講堂へ行ってください」
「いいえ、お待ちします。シュエット先輩も講堂へ用事が有ったのですよね?共に行きましょう」
何という男前な女性なのだろう。女性に男前だなんて失礼かもしれないが、この時のブライゼルはそう思った。年下の女の子ではあるが、尊敬に値する人物だ。
治療を終えたブライゼルは、再び彼女に抱え上げられた。必死に固辞したのだが、大事を取ったほうが良いと彼女に押し切られてしまったのだ。
(⋯⋯格好良い女性だなぁ⋯⋯)
抱き上げられたブライゼルは、己が男であると云うプライドが何処か行ってしまうのを感じた。そして乙女の様に胸を高鳴らせ、ついついこの女生徒を見詰めてしまう。そんなブライゼルの視線に気付いた女生徒は、優しい眼差しでブライゼルに微笑んだ。
「⋯⋯どうかされましたか?」
「え!い、いえ⋯⋯ただ、式に遅くなってしまって、申し訳ないな、と」
「そんな、良いんですよ。どうか気になさらないでください」
その女生徒はそう言ってくれたが、講堂に近付くにつれて人の気配が濃くなって行く。講堂からは新入生と思われる人がどんどん吐き出されていた。
そこでブライゼルは違和感を覚えた。幾ら何でも終わるのが早い気がしたのだ。まさか、自分1人が居ないだけで行程をすっ飛ばすとは思えないが⋯⋯
(いや、アルベルト様なら⋯⋯やり兼ねない!)
アルベルト・フォン・セレスタインは自身の気分を優先し、周囲の迷惑なんて一切無視する男なのだ。
ヒロインという名のヒーローが出せたんで、キリが悪くても今回はここまで。