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幸せなフレデリカ

一応ラストです。




「まあ、それで⋯⋯如何しておばあ様は魔法が使えないの?悪い魔女はやっつけたのでしょう?」


 フレデリカの孫娘は不満そうに唇を尖らせた。

 当時のフレデリカも、そう考えていたのだ。魔法を掛けた魔女さえ何とかすれば、全て上手く行くと。

 しかし、魔女協会の協会長からの話を聞いて、必ずしもそうでは無いと知ってしまった。


「残念だけれどね。私に掛けられた魔法は、私が私のお母様のお腹に居る時に掛けられたものだったでしょう?他にもそんな赤ちゃん達が居たのだけれど、私と違って短期間しか魔法に掛かっていなかったから、その子達は助かったのですって」


 簡単な話、フレデリカは胎児の頃に魔法を掛けられた訳だが、その時臍の緒を通って母親に向けられた魔法も全て受けたらしい。二重に掛けられた魔法、そして20年近くの年月でその魔法はフレデリカの魂に染み込み、解ける事は無いらしい。


「⋯⋯よくわからないわ。そういうの、“りふじん”って言うのでしょ?」

「⋯⋯⋯⋯そうねぇ。おじいちゃまが確か、そう言っていたわねぇ」


 フレデリカの魔法が解けないと知り、1番激昂したのがブライゼルだった。テュエリーザも烈火の如く猛り狂ったが、協会長に食って掛かったのは彼だった。

 当人は平然と、その事実を受け止めただけだったのだが。


(あら、そう言えばあの子もそんな事言って泣いてましたわねぇ)


 もう15年以上も前の事だろうか。とある事情で子守の仕事を請け負ったのだが、その時の子にこの話をしたら、「ひどい、ひどい」と、涙を流して悔しがってくれたのだ。

 きっと世間から見たら、フレデリカは不運で不憫な人なのだろう。だが考え様によっては、フレデリカはこれで良かったのでは無いかと思えるのだ。

 きっと魔法を使えたフレデリカは、自身を研鑽する事はしなかっただろうし、態々学術都市(パンテオン)へ行って学ぼうなんてしなかった。ただ只管平凡で、何処にでもある令嬢の一生を過ごしていただろう。


「だからね、辛くて悲しい事も有ったけれど⋯⋯おばあちゃまは魔法を掛けられて良かったと思えるの。そうで無いと大旦那様と大奥様⋯⋯それにおじいちゃまとも会えなかったわ」

「⋯⋯ふぅん?」


 首を傾げた孫娘を見て、まだこの娘には難しかったわねと、フレデリカは微笑んだ。

 そしてふと、孫娘が顔を上げて窓の外を見た。


「あ、見ておばあ様。おじい様とにい様だわ。お庭のあんな()()()()で何なさってるのかしら」

「あら⋯⋯ふふ、あれは⋯⋯ふふふっ」


 思わずフレデリカは笑い出してしまった。

 あれは絶対、アルベルトの毒茸を撤去しているのだ。あの人は老人になっても毒茸の胞子を飛ばすのが日課なのだ。乾燥して風の強い日は、顔を洗うよりも先にバルコニーへ植木鉢を出しに行く。

 小さな子供も居るこの屋敷で、そんな危険な庭にする訳にも行かないとブライゼルは日夜必死なのだ。そして、孫息子はその手伝いと云った所だろう。

 小動物の様にちょこちょこ動く夫と、年齢の割に長身でおっとりした孫息子を微笑ましいと眺めて居ると、部屋の扉を叩く音が聞こえた。そのノック音で来客が誰か悟ったフレデリカは、和やかに返事をした。


「失礼する、楽しそうだな」

「あっ、お、大奥様⋯⋯」


 入室して来たのは、公爵家の女帝となったテュエリーザだった。彼女ももう老女と言って差し支えない年齢だが、内面から輝く美しさは衰えを知らない。背筋はぴんと伸び、顔に刻まれた皺すら彼女を彩る宝飾品だ。

 見習いメイドの孫娘は慌てて椅子から立ち上がって頭を下げたが、テュエリーザは笑って座り直す様に促した。


「休憩中だったのだろう?それなら、私も休憩させてくれ」


 (いかめ)しい奥様では、甘い物も食べられないんだと、テュエリーザは持っていた箱をテーブルに置いた。その箱に刻印されたロゴを見て、孫娘が目を輝かせた。


「わあ⋯⋯これ、王都で有名なお菓子屋さんの⋯⋯!」

「そうだよ。孫達が送って来たのさ」


 箱の中はアーモンドがたっぷりのフロランタン。甘い物に目が無い孫娘はうきうきとお茶の用意を始めた。


「私達だけでこんなのを頂くなんて、少し申し訳無いですわねぇ」

「良いじゃないか、(たま)には女学生の時に戻っても」

「あら」


 先程孫娘に昔話をしていたので、フレデリカは今日は昔に戻る日なのかしらと、目を瞬かせた。その事をテュエリーザに懐かしさも併せて伝えると、彼女も懐かしい出来事を思い出したのか、目を細めて笑い出す。


「ああ⋯⋯あの頃は自由だったなぁ」

「まぁ。今だって領地内では自由に飛び回ってらっしゃいますのに」

「違うよ。あの頃は4人で大冒険だったじゃないか」


 茶化されて、テュエリーザは拗ねた様に頬を膨らませた。そんな表情も、大奥様な彼女には出来ない。

 そんな可愛らしい大奥様に気が緩んだのか、孫娘はお茶を出しながらテュエリーザに遠慮無く質問をし始めた。


「そうです。私、大奥様に窺いたい事がずっとあったんです」

「私に?何だろう?」

「おじい様とおばあ様の()()()()です。何度も聞いたのに、2人とも教えてくださらないの」


 確かに、孫娘はブライゼルとフレデリカに「知りたい」と尋ねて来ていた。しかし、この話は子供達にすら明かした事も無い。何より気恥ずかしくて、夫婦揃って言えなかった。


「残念だけど、私もいつの間にか⋯⋯と、しか言えないんだ。ブライゼルは初対面からフレデリカの事が好きだったとは思うんだけど」

「おじい様が!お2人は学術都市(パンテオン)で出会われたのですよね?運命的だわ⋯⋯!」


 感激した様に孫娘が声を弾ませるが、実は真実は少し違う。

 20年前、娘に尋ねられた時には恥ずかしくて隠したが、今では懐かしさの方が強い。これも、自分が年老いたと云う事だろう。

 今なら言えるかしらねと、フレデリカは悪戯を仕掛ける様に笑い、ずっと昔にあった出来事を明かす事にした。





***





 ウラガン男爵領に、珍しく外からお客様がやって来た。それは正式なお客では無いのだが、地味でも仕立ての良い服を纏った綺羅綺羅しい金髪の少年は何処からどう見ても良い所のお坊ちゃんである。

 その少年は1人の少年を従者に付けて、こっそり馬に乗って男爵領に現れた。2人乗りで来たと言い、偶々道を歩いていたフレデリカに道を尋ねたのだ。


「悪いんだけど、毒茸の生える場所を知らないかい?」

「ど、毒茸⋯⋯ですか?」


 言うに事欠いて何故?と疑問に思いつつも、フレデリカは赤く腫れた目を擦り、2人をじめじめした林へと案内した。毒茸は分からないが、茸が多い場所ならば心当たりが有ったからである。

 林に到着するなり、綺羅綺羅した少年は喜んで謎の茸を回収し出した。

 そんな姿をぼんやりと眺めていたフレデリカに、従者の少年が水で濡らしたハンカチを差し出してくれたのだ。


「何かお辛い事が有るのならば、どうぞ吐き出してください」


 吐き出した方が楽になる事もあります。そう言って、従者の少年はフレデリカの顔を見ない様に側に立った。言えないと思ったものの、顔を逸らして立つ少年に、ぽつぽつと自分の事を話していた。魔法が使えない事は暈かし、ただ如何しても出来ない事があり、婚約者とその家から辛く当たられているとだけ。

 話し終えたフレデリカに、ずっとそっぽを向いていた少年は、尚もフレデリカの方を見ずにぽつんと答えた。


「僕も出来ない事だらけです」

「⋯⋯でも、あなたは私と違います」


 どう考えても、少年とフレデリカは違う。少年はハンカチを魔法で出した水で濡らしたのだ。フレデリカと違い、彼は持っているのだ。

 しかし、少年は静かに首を振った。


「違いませんよ。出来ない事は出来ない。悔しいけれど、それだけはどうしようも無いです」

「⋯⋯そうですよ、どうしようも」


 フレデリカは俯いた。どんなに頑張っても、どんなに優秀な成績を出しても、フレデリカが認められる事なんて無い。

 そんなフレデリカに、少年は態と明るい声を出してこう言った。


「それなら、別の事で補えば宜しいのです」

「だ、だからそんなの⋯⋯」

「例えば、あの木に生っている木の実、僕は木登りなんて出来ませんから、このままじゃ取れません」

「⋯⋯⋯⋯」


 少年が指し示した先には、山葡萄が生っていた。ちょっと木に登ってしまえば簡単に採れる位置にある。ワンピースを着ているフレデリカにだって、可能な事だった。だが、少年は出来ないのだと言う。


「だから、梯子を持って来ます。棒で叩いても良いですけど、流石に実が潰れてしまっては困りますから」


 眩しそうに山葡萄を見詰めた少年は、何故か照れた様に笑った。木登りが出来ないのが恥ずかしいとでも言っている様だが、悲壮な表情では無い。

 そう言えば、馬を操っていたのは綺羅綺羅の少年の方で、彼では無かったなと思い、フレデリカは少年に尋ねた。


「⋯⋯つまりは何のお話なのですか?」

「過程を変えても、結果さえ同じなら良いと云う事です」

「結果⋯⋯?」

「僕は貴女が出来ない事を知りませんが、結果的に出来てしまえば良いのです」


 なんて事を簡単に言うのかしら。

 この時のフレデリカはそう思って憤慨しそうになったのだが、にこにこと微笑む少年を見ていて、徐々に「悪い考えでは無い」と思い直したのだ。

 そう、だって結果的に出来てしまうのなら、誰だって文句も言えない。しょぼい魔法で息巻いてる奴等なんて、蹴散らしてしまうくらいに成れば良いのだ。


「ありがとうございます、私──もう行かなくちゃ!」

「此方こそ、ここまで案内して頂きありがとうございます」


 フレデリカは行動するなら今とばかりに、挨拶もそこそこに林から飛び出したのだ。

 ただ、別れの時感謝の言葉を放った少年の笑顔は覚えている。身長が低くて可愛らしい顔立ちだったから年下だと思ったけれど、その笑顔は年上のお兄さんのものだったのだ。




***




「嘘。アルベルト様とブライゼル、ウラガン領に行ってたのか?」


 私も行きたかったと嘆くのは、テュエリーザである。


「ふふ、きっとお2人も覚えていませんよ。だって当時の私はその辺の女の子と何も変わりませんでしたからね」


 だから、内緒の話にしてくださいね。と、フレデリカは微笑んでお茶を飲んだ。




 今現在、フレデリカはとても幸せだ。



そしてこの10年後が本編に続くのです。


これがフレデリカの結果⋯⋯なのですが、まだまだ本編で現役のムキムキおばあちゃんなので、彼女の幸福の過程は続く訳です。


最後の締めがこれなのは、作者も首を傾げてます。本当に。

もっと良い洒落た一文は、フレデリカにはまだまだ当分先の話なのです。




スピンオフとは云え、こんな拙い物語を読んでくださりありがとうございました。本編のフレデリカも、もうちょっと出して更なる活躍をさせてあげたい所です。

そんな本編の『師匠(仮)』の方も宜しくお願い致します。

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