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ブライゼル、実はまだ言えてない




「──フレデリカ!」


 気付かれない様にこっそりとフレデリカの後を尾けていたブライゼルは、もう心配も最高潮になって飛び出した。

 しかし飛び出したは良いものの、ブライゼルは荒地の足場の悪さにより、簡単に蹴躓く。あっと言う間にバランスを崩し、顔面から地面へと飛び込み掛けた所を颯爽とフレデリカに支えられると云う為体(ていたらく)を披露する羽目になった。


「⋯⋯ブライゼル様!」

「あ、あ、ありがとう⋯⋯情け無いね、僕は。君に助けられっぱなしで⋯⋯」


 こんな時でも嫌になるくらい、ブライゼルの運動神経は仕事をしてくれない。決まり悪く目を逸らしてしまったブライゼルだったが、素早く助けてくれたフレデリカが格好良い事に心臓が早鐘を打つ。それに反して、自分の姿のなんと情け無い事か。

 本当は、ブライゼルがフレデリカを守らなければならないと云うのに。本当なら、ブライゼルが矢面に立って魔女と対峙するべきだったのに。

 そうして恥ずかしいと俯くブライゼルに、フレデリカは静かに首を振った。


「⋯⋯いいえ、私こそ⋯⋯私こそ助けられてばかりです。先程だって、私の足下に重力魔法で足場を作ってくださったでしょう?」

「そ、それは⋯⋯僕にはそれくらいしか出来ないから⋯⋯」

「私に付き合って各地を駆け回ってくださったり」

「あ、あれは⋯⋯アルベルト様とテュエリーザ様も一緒だったよ?」

「お2人はお家の都合で、途中からご一緒出来なくなってしまいましたもの。それでも、ブライゼル様はずっと傍に居てくださったわ」

「⋯⋯邪魔じゃなかった?」

「そんな訳ありません!とても⋯⋯心強かったわ」

「それなら⋯⋯良かった」


 あれはもう意地だった。戦闘面では役に立てないブライゼルは、他の雑事を一挙に引き受けたのだ。食事の準備、交渉事、金銭の管理⋯⋯荷物持ちだけは、させて貰えなかったが。

 因みに、アルベルトとテュエリーザは最後まで付き合えない事を嘆いていた。特にフレデリカを気に入っているテュエリーザに至っては、ブライゼルに脅しを掛けていった程だ。

 曰く、「フレデリカは強いが、心は乙女だ。苦労をさせるな、泣かせるな、男を見せろ」との事だった。

 それと、2人の都合とは婚姻と公爵家の引き継ぎである。こればかりは既に王家と公爵家の予定に組み込まれていて、ごねようが脅そうが空ける事は出来なかった。そもそも2人も撤回するつもりは無いし、待ちに待った慶事だったのだ。ただもう少し、フレデリカに付き合いたかっただけである。


「ブライゼル様は⋯⋯いつもそう。私、可愛く無いでしょう?」


 そんな事無いとブライゼルが慌てて口を開くも、フレデリカは分かっているとばかりに先んじて言葉を紡いだ。


「魔力が無いから、私自分を鍛えに鍛え上げました。そうしたら⋯⋯自分でもびっくりするくらいドレスが似合わなくなりましたの。それでも、私は自分の描く目的の為にそこから目を逸らして⋯⋯学術都市(パンテオン)では、陰で女では無いと言われていたくらいです。なのに⋯⋯」


 フレデリカはブライゼルを見詰めた。その顔は赤く染まり、恥ずかしさに身悶えそうになるのを堪えようと震えているのが見て取れた。


「保護法を掻い潜る為に、こんな私を妻に為さるなんて⋯⋯私、本当に申し訳無くて⋯⋯」


 そう、この国に於いて貴族が魔法使いを害する行動はまず不可能だ。いくら魔女協会から対抗する術を借りる事が出来たとしても、唯一剣を振れるフレデリカにはエモニを斬る事が出来なかった。

 そこを、平民ならば保護法の対象外だと突いたのがブライゼルである。ブライゼルは素早く婚姻届を用意し、平民である自身との結婚を薦めた。浪漫の欠片も無い書類上の関係だが、他の男を引っ掛けられては堪らないと、ブライゼルは事を急いたのだ。

 だが、それが今ブライゼルの首を絞めて来ている。まさか、ブライゼルがボランティアでフレデリカと婚姻したと思われているとは。

 それもこれも、ブライゼルの責任である。ブライゼルは口に出して言えないからと、どさくさに紛れて良いポジションに収まったのだから。

 ブライゼルの脳内に、テュエリーザの言葉が蘇った。「泣かせるな、男を見せろ」!と。共に過ごした期間、男らしい所なんて1度として見せる事は無かったが、それは今だ。ブライゼルは覚悟を決めた。


「⋯⋯申し訳ありません、離婚可能期間になりましたら⋯⋯すぐにでも」

「好きです!」


 「あっ」と、ブライゼルは失敗を悟った。何故言うに事欠いてストレートに好意を伝えたのだ。此処は手を取り、良い雰囲気を少しでも演出すべきだった。アルベルトがテュエリーザにしているみたいに。

 だが、もう後には引けない。ブライゼルはそのまま、思いの丈をぶち撒けた。


「フレデリカは一生懸命だし、正義感も強くて頑張り屋だし、悪い所なんて何処にも無い!僕は、格好良いフレデリカが好き!実は可愛いものが好きで、オムライスがお気に入りで、甘いお菓子が大好きな、可愛い君が好き!だから、僕と結婚してください!」


 それはもう、自棄っぱちな愛の告白だった。最後の捨て台詞と共に頭を下げて右手を差し出したブライゼルは、ロマンティックなんて本当に欠片も無い。ただブライゼルの感情をぶつけただけだ。だが、だからこそこれは真実だ。嘘偽りの無い、ブライゼルの言葉だ。

 そんな愛の絶叫に虚を突かれたフレデリカは、喘ぐ様に息を吸って何とか言葉を紡ぎ出した。


「も、もう、結婚しております」

「あっ⋯⋯え、ええと」


 確かにそうだと、ブライゼルは俯いたまま慌てた。なんとも締まらないプロポーズだ。これだから自分が嫌になるのだ。

 自己嫌悪に陥り掛けたブライゼルだったが、右手をそっと握られて驚いて顔を上げた。勿論、握ったのはフレデリカである。


「私も、好きです。可愛いのに、一生懸命戦う格好良い貴方が好き」

「か、可愛い?」

「ええ。こんなに可愛くて格好良い殿方きっと居ませんわ」


 それはなんとも喜んで良いのか、ブライゼルとしては微妙だ。だが、自分が情け無いなんて自分が1番よく知っているのだ。


(それに1番格好良いのはフレデリカだし)


 何より気持ちを好意で返して貰えたのだ。こんなブライゼルを好きになって貰えたのなら、それで良い。












「⋯⋯⋯⋯ワタシの事無視して、いちゃついてんじゃ無いわよ⋯⋯!」


 すぐ側で、エモニは打ち拉がれながらそんな2人を眺めていた。

 他人の不幸は蜜の味。そんな思想を地で行くエモニにとって、幸せそうな他人とは毒に他ならなかった。


学園編を飛ばした所為で、あっさりした愛の告白になりました。

ちょっと勿体なかったかな⋯⋯

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