フレデリカ、結果への過程
本当にあと少しの予定です。
やれる事はやった。
フレデリカは深呼吸をして、精神を整える。進む先はウラガン男爵領にある荒地だ。木々は枯れ、複数の底無し沼が広がる不毛の地。
その不毛の地に踏み込んだフレデリカは、周囲を隈無く見渡した。
「⋯⋯なあに?あんたオスカーの所の魔無しじゃない」
そして、そんなフレデリカに声を掛けた存在が居た。薔薇色の長い髪をたなびかせた豊満な肉体の美女が、フレデリカの頭上を漂っていたのである。
「何しに来たのよ、そんなムッキムキに筋肉付けちゃってさ、馬鹿みたい。本当に醜いわねぇ」
「⋯⋯私は今日、貴女を倒しに来たのです」
フレデリカはその美女⋯⋯魔女であるエモニの姿を視界に捉えると、腰に佩いていた特別な剣を抜いた。輝く刀身はまるで透き通っている様で、とても美しい。そしてそれがただ美しいだけで無く、とても切れ味の良い凶器である事も、フレデリカは承知していたのである。
「ワタシを倒す?はっ!魔力の欠片も無いデカ娘が、寝言言ってんじゃ無いわよ!」
「いいえ、私は本気です。その為に力を付けて来たと言っても良い⋯⋯!」
フレデリカの言葉に嘘が無い事は、その眼差しを見れば誰もが理解出来る事であった。
「貴女は私達家族だけで無く、領民達にも手を出しました。ただ幸せそうだったからと、少女の手脚を奪った、少年の頭部を家畜に変えた、母親の胎から無事に産まれる筈の子供を蛙にして嗤った───‼︎」
これらはただの一例に過ぎず、エモニの悪行は多岐に渡る。しかもこれは、フレデリカが学術都市へと行っていた間に起きた事だった。どうやら不幸の塊である筈のフレデリカが近くに居なかったので、更なる不幸で心身を保とうとした結果の様である。それまでは家畜の身体をバラバラに入れ換えたりする程度だったのに。
「何が悪いのよ。あんた達人間は、魔女様に搾取されて当然でしょ?それにあの「保護法」があるじゃない。あんた達貴族は特にその法律を大切にしなくちゃいけないわよ?」
そう、あの「魔法使い保護法」が有る限り、この国に於いてエモニは守られる立場である。
しかしフレデリカは首を振った。
「いいえ、「保護法」は貴族法ですので、適用されるのは貴族のみです。平民に効力は有りません」
「⋯⋯は?」
「私、この度平民になりましたので、貴女を倒した所で何の罪にも問われませんの」
そもそも魔力が微弱な平民では、魔法使いをどうこう出来る筈も無いからである。それに貴族だって魔法使いの立場や棲家を守る為に施行された法律であるので、こんな悪辣な魔女の為に遵守するものでは無いのだ。
「それに貴女はやり過ぎたのです。魔女協会に貴女の存在を訴えたら、協会側も「その様な存在を許しては益々魔法使いの地位が脅かされる」と解答されましたよ!貴女は同胞からも見捨てられたのです!」
「ま、魔女協会ですって⋯⋯⁉︎あんた、あそこに入ったって云うの⁉︎魔無しなのに!」
学術都市に居る間に作ったコネを利用して利用して、何処に有るのか、存在すら不明と言われる魔女協会に、フレデリカはやっとの思いで辿り着いていたのだ。あそこの魔法使い達からも言質は貰っているので、エモニは完全な討伐対象と成っていた。
「⋯⋯協会からは、一応貴女の身柄を確保する提案もされています。領民達の呪いを解き、すぐに投降すれば命までは取らずにおきましょう」
フレデリカも、無闇に命を奪いたい訳では無い。出来れば穏便に解決したいのだ。
しかし、それはエモニにとっては屈辱的な提案であった。魔無しであるフレデリカが、エモニに情けを掛ける。それは最底辺の者から憐れまれると云う事だ。プライドが異常に高く、根性が捻りに捻くれたエモニは発狂しそうになった。
「ま、魔無しがあああ‼︎生意気言うんじゃ無いわよおおおッ‼︎」
「ぅぐっ!」
突如フレデリカを地面に押さえ付ける様に、突風が吹き荒れた。あまりの風の強さに、フレデリカは思わず荒地に膝をつきそうになる。
「そうだァ!底辺は這いつくばりなァ‼︎」
「くぅっ⋯⋯!⋯⋯おおおおお!」
この領地の事を思い、フレデリカは意地だけで立ち上がった。そして意地のついでとばかりに、握っていた剣を下から上に思い切り振り上げた。
「っかぁ‼︎」
「はぁッ‼︎⁉︎」
気合いの一喝と共に剣を振り抜いたその一瞬、エモニが作り上げた突風を斬り裂いたのである。そしてその一瞬を見逃す程、フレデリカは甘く無い。
「はッ‼︎」
裂帛の気合のもと、地面を蹴って空中へと飛び上がった。それは頭上を浮遊していたエモニよりも高く、タイミングさえ合えば、そのまま斬り捨てられる距離である。
しかし、エモニも魔女の意地がある。咄嗟にフレデリカの足下に、下へ引き込む気流を産み出したのだ。その魔法は確実にフレデリカの体勢に影響を与え、彼女は成す術無くバランスを崩し掛けた。
「しまった⋯⋯‼︎」
「このっ⋯⋯!魔無しィ!落ちやがれええええええエエ‼︎」
しかし、フレデリカは何故か自分の身体が軽くなった様な気がした。それどころか、足下に何か反発する様な感覚⋯⋯それはフレデリカを押し上げる様に上へと上昇した。
(⋯⋯来てくださったの)
確か、重力魔法だけは上手く扱えると照れながら話してくれたのだ。
フレデリカの目的なんかに付き合わせて、危険な目にも遭わせて、それどころかこの時の為に戸籍もくれた。あのいけ好かない元婚約者から庇ってくれた時から、いや、初めて会った時から、あの人はずっとずっと助けてくれたのだ。
あの時の言葉通り、フレデリカは結果を見せなくてはいけない。
「⋯⋯終わりです、エモニ‼︎」
エモニの頭上まで飛び上がったフレデリカは、剣を上段に構えて一気に振り下ろした。




