ピエール・ウラガン、姉を思う
「やった⋯⋯!ニューデル家から婚約が破棄されたと!」
「良かった⋯⋯!頑張ったのね、フレデリカ!」
娘のフレデリカから送られて来た手紙を読んで、ウラガン男爵夫妻は感激して抱き合った。夫妻は娘を思って早い内に結んだ婚約を、とても後悔していたのだ。
魔力の無い娘でも気にせず娶ると言われ、夫妻は一も二も無く飛び付いてしまった。だが、ニューデル伯爵家嫡男のジュリアンは酷く高圧的で、あんなに聡明で明るかったフレデリカはどんどん落ち込んで行った。
伯爵家自体も段々と要求がエスカレートして来て、男爵家との対等な関係なんて紙面上だけの嘘っぱちとなってしまった。このままでは搾取されるだけで、男爵家にもフレデリカにも未来は無かったのだ。喜びたくもなると云うものだ。
「ああ、しかも学校で気になる男性が出来たそうだぞ!」
「まあまあ⋯⋯!良かったわねぇフレデリカ⋯⋯!」
(⋯⋯良かったけれど、そのお相手は少し可哀想)
喜び興奮する夫妻とは正反対に、12歳のピエールは冷静に考えた。
弟であるピエールから見て、フレデリカは尊敬に値する姉であるのだが、如何せん見た目は迫力があり過ぎるのである。慣れない者には中々付き合い辛いのではなかろうか。フレデリカの恋が成就するのは厳しいだろう。
とは云え、あのふざけた伯爵家から解放されるのは素直に嬉しい事である。
(⋯⋯⋯⋯あっ⋯⋯)
ピエールは不意に外から視線を感じ、身体を強ばらせた。恐らく喜びに沸き立つ男爵家を不審に思っているのだ。なので、ピエールは興味が無さそうに手元にある本のページを捲る。
ピエールが無関心であるからか、視線の主は興味を無くした様に気配を遠ざけて行った。その気配が消えるのを待ち、ピエールは喜ぶ両親を嗜めた。
「ちょっと、あまり騒がないでください。魔女が不審に思って見に来ましたよ」
「あ、ああすまない⋯⋯つい⋯⋯」
「ごめんね、ピエール⋯⋯嬉しくって」
ウラガン男爵家は魔女に執着されている。
全ての元凶を思い、ピエールは溜め息を吐いてまたページを捲った。
男爵家に魔女が棲み着き始めたのは、15年程前になる。
当時、棲家を移動させようとふらふらしていたらしい魔女は、丁度この男爵家の領地で足止めを食らったそうだ。⋯⋯その足止めと云うのが、履いていたヒールが折れてしまったと云うふざけたものであった。なんで遠出してんのにヒール履いてんの?それを聞いて誰もが文句を言うに違いない。
ヒールを折ってしまった魔女は打ち拉がれた。そんなもん魔法で直せよ魔女なんだからと、誰もが思うだろうが、そのヒールは魔女のお気に入りだったらしい。魔法で直すのは何か違うと、魔女は地べたに座り込んで泣いた。
そんな魔女に手を差し伸べたのが、若かりし日の男爵であった。領地を1人見回っていた男爵は道端で咽び泣く女性を見て、何か事件があったのではとその女性を自身が乗っていた馬に乗せ、そのまま軍の詰所に送り届けたのだと云う。
そんな男爵に、魔女は惚れた。それはもう、べったべたに。
当時の男爵は、鋭い視線に逞しい身体付きの精悍な青年であった。因みに今では渋い壮年の男である。男爵との出逢いを運命と思い込んだ魔女は、男爵領に棲み着く様になった。
しかし、しかしである。男爵はその当時から愛妻家であり、夫人は妊娠中であった。魔女がどんなに美女であろうと、どんなアプローチをしようと、男爵が魔女に靡く筈が無かったのである。
男爵が見向きもしない事に気付いた魔女はと云うと、それはもう猛り狂った。男爵の恨み辛みを叫び、夫人と胎の子に呪いをぶち撒いた。彼女が言うには、「ワタシを誑かしておいて、なんて奴ら!」と、云う理由がある様だ。男爵自身には誑かしたと言われる謂れは無いのだが。
魔女の呪いは胎にいたフレデリカに染み込み、フレデリカは魔力を欠片も持たない令嬢になったのである。
だがフレデリカは魔女の呪いに屈する事無く、自身の教養を鍛え、肉体を鍛え、完璧と呼べる女性になる為に邁進した。
弟であるピエールからすれば確かに姉はすごい人なのだが、なんだか方向を間違っている様な気がする。「あとは勉強面と、同年代の方との交流⋯⋯そして広い世界で武者修行をしたいのです」と、男爵夫妻に言って学術都市へと旅立ったのだ。
婚約を破棄出来たのは、偶然のおまけみたいなものだ。姉としても「出来れば」と考えていたのだろう。あのジュリアン・ニューデルにはピエールも煮湯を飲まされていたので、今回の事は本当に良かったと思えた。
姉を思ってつい微笑んだ。すると、また外からピエールをじぃっと見詰める気配を感じ、ピエールは急いで眉間に皺を寄せて口をぎゅうとへの字にした。
(本当に魔女はしつこい)
ピエールは少しだけ解放された姉を羨ましく思う。
昨今の魔女は父である男爵では無く、父に似て来たピエールに執着し出したのだ。男爵家の跡取りであるのに、このままではピエールには婚約者を作る事が出来ない。
これも全ては国が定めた魔法使い保護の法律の所為である。態々迫害されていた魔女協会と契約までして、国は魔法使い達を庇護しているのだ。
それも全てはこのタロス魔法王国が魔力至上主義である為である。魔法使い相手の結婚を推進している程で、どんな悪しき魔法使いであろうと排除は出来ない。
ピエールは学術都市へと旅立つ姉が、こっそりと囁いた言葉を思い出した。
『⋯⋯⋯⋯学術都市にはたくさんの情報が集まるから、魔女協会の場所を知る人も居る筈よ』
『⋯⋯姉さん、まさか魔女協会に直談判でもするの?』
『そうよ。魔女の被害は私だけでなくて、領民にも及んでいるのだから』
それに、悪しき魔法使いの所為で善い魔法使いに風評被害が起きるのはどうかと思うわ。と、姉は笑って鉄道駅までの道を高速で疾走して行った。
(⋯⋯取り敢えず姉さん、なるべく早く魔女に対抗出来る方法を見付けて)
このままでは既成事実を作られる可能性も考えられる。外からびしばしと向けられる視線を無視して、ピエールは本のページを捲り続けた。
取り敢えずフレデリカの学園生活を深く掘るつもりは無いです。
学校生活は本編でベリルが送ってるし、時代別カリキュラムとか考えるの大変なんで。
それでもまだ終わりません。最後は魔女をなんとかしますよ!




