薔薇の下に埋まっている真実を聞かされ、殺されかけた男はその相手と手を結ぶほどに復讐したいと願うお話
ゼルド・オッタスは頭を抱えていた。
それはそうだ。
ここ最近、ラピス王国で名の知れたギルド、「飛びすぎる翼」を経営するゼルドに、隣国から問い合わせがよくあるのである。
「〇〇が、冒険者になると言って、ラピス王国へ来ているはずだ。彼がそちらのギルドに登録していないか?」
そんな問い合わせが隣国トレッド王国から、ここの所、増えているのだ。
手紙での問い合わせだったり、関係者と名乗るものが直接ギルドの窓口へ来ることもある。
― 知るか -
ゼルドはそう思う。
いかに、ラピス王国最大の名のしれた「飛びすぎる翼」のギルドであろうとも、知らないものは知らない。
それにしても似たような問い合わせがあまりにも多いので部下に命じて、調べさせることにした。
すると、出るわ出るわ。
トレッド王国からラピス王国へ冒険に行くと言って、姿をくらます男性女性…
実際にその人物達は、冒険者としてギルドに登録してはおらず、こちらへ入国した形跡もないのだ。
「何か犯罪の匂いがするねぇ。」
ゼルドは思う。これって首を突っ込んじゃいけない奴なんじゃ…
「ギルド長。私の弟も、実は行方不明なのです。」
いきなり言ってきたのは、隣国から2年前に我がギルドに就職した、マルガリッサ・チョッコリーノ。
丸ぶち眼鏡に胸だけが大きいので、冒険者たちにナンパされまくる受付嬢であるが、彼女は気が強いので、上手くナンパ野郎たちをあしらって、仕事をこなしている有能な女性だ。
マルガリッサは真面目な顔つきで、
「私の弟もこちらの国で冒険者になると言って、3年前に行方をくらましました。」
「いや、それ、初耳なんだけど…」
「私は弟を探すために、2年前からこちらの王国に来て、こうしてギルドで受付をしながら弟を探していた訳なんです。」
「いやいや、それならもっと早く俺に言ってくれ。これでもギルド長。少しは顔も効く。」
「ああ、ギルド長。ありがとうございます。」
ぎゅううううっと抱きつかれた。胸がでかい。
胸を押し付けるんじゃない。
マルガリッサは涙ながらに、
「弟は弟は、最低の奴で…男爵家の息子だったんですけれども、それはもう、女性達を次々と食い物にして、恨まれまくっていたのです。」
「ちょっと待った。お前の弟、とんでもない奴だな。」
「それが突然、ラピス王国へ行って、冒険者になると手紙を残して、姿を消してしまったわけで。」
「これって…もしかして…まことに言いにくいことなのだが、犯罪に巻き込まれたとか。」
「やはり?やはりそうでしょうかっ…私はどうしてよいか…せめてあんな屑な弟でも骨は拾ってやりたい。」
「はいはい。骨ね…骨、残っているといいんだがな。」
「やはり?骨も残っていないのでしょうか。」
「まぁ調べてみるさね。それで何か出てくるかもしれねぇしな。」
「よろしくお願い致します。ギルド長。」
「はいはい。」
行方不明事件ね…調べてみるしかないか…
一番最初に、ラピス王国へ冒険者になると言ってトレッド王国から消えた者は、エリック・レクティウス公爵。それが5年前…
ミンネ・フェデリクス。
こちらは女性だ。
エリックの恋人?彼を追ってラピス王国へ出て行ったと、記載されているが、彼女も行方不明。
我が王国へ入った形跡もナシか…
アイリーナ・レクティウス公爵夫人。
エリックの伴侶だった女性だ。
彼が消えて得をした人間は彼女だ。
夫婦仲は悪かったらしい。
今は、アイリーナは婿を取って再婚し、その婿がレクティウス公爵を名乗っているのか…
カイド・レクティウス公爵。元、トレッド王国の第二王子。
この二人に話を聞いてみるか?
知っていても何か言うとは思えないが…
可愛い受付嬢に泣きつかれたのでは、行動を起こさねばなるまい。
隣国、トレッド王国のレクティウス公爵家へゼルドは出かけたのであった。
レクティウス公爵家の庭は薔薇が咲き乱れていた。
色とりどりのそれはもう美しい薔薇。
ゼルドがなんの約束もせずに訪ねたのに、公爵夫妻は、嫌な顔一つせず、彼に会ってくれた。
薔薇の花が見えるテラスで、一緒に茶を飲みながら、話をする。
カイド・レクティウス公爵。婿に入ったトレッド王国の第二王子だ。
アイリーナ・レクティウス公爵夫人。小柄な夫人はとても人の好さそうな感じである。
どちらも金髪碧眼の美男美女で。非常に仲よさげだ。
レクティウス公爵はにこやかに、紅茶を勧めて、
「隣国からようこそ。ゼルド・オッタス。君の噂は聞いている。「飛びすぎる翼」のギルド長なんだって?その若さで。」
ゼルドは勧められた紅茶を一口飲み、
「おかげ様で。飛びすぎる翼も、有名になり、仕事も順調にいっております。ところで、お聞きしたいことが。こちらの元公爵エリック氏についてですね。」
公爵夫人アイリーナが微笑みながら、
「まあ、エリックですって?懐かしい。彼はどうしているのかしら。隣国へ冒険者になると言って出て行ったきり…生きていたの?」
「いえ…調べたのですが、彼が入国した形跡がないのですよ。勿論、我がギルドに登録した形跡もまるでナシ。彼の行方を捜しておりましてね。」
レクティウス公爵が、ベリーのクッキーを口にしながら、
「彼は元、私の部下でね。非常に優秀な男だった。彼の事を探している?彼が隣国ラピスで冒険者になっていなかったとは?彼はどこへ消えたんだ?」
ゼルドは、じっとレクティウス公爵を見つめながら、
「本当に不思議ですね。彼はどこへ消えたのでしょう。」
―探査-
ゼルドの能力は探査である。
レクティウス公爵の心の中へ…知りたい事を…相手の中へ侵入して、探査し、情報を探すことが出来るのだ。
彼はどこだ?エリック・レクティウス元公爵はどこにいる?
彼の心の中へ…意識を飛ばす。
深く…もっと深く…
真っ赤な薔薇の花が見えたと思ったら、黄金の鳥が現れて、行く手を阻まれた。
薔薇の花?黄金の鳥?
レクティウス公爵に睨まれる。
「人の心の中に侵入するとは、油断も隙もないな。」
ゼルドはレクティウス公爵をじっと見つめ、
「赤い薔薇の花?何故、エリック氏を探していたはずなのに、薔薇の花が…」
公爵夫人が、庭の薔薇に視線を移して、立ち上がる。
「あそこへ埋めましたの。だって、あの人ったら、酷い男で。わたくしはあの人にさんざん、虐められて、酷い夫婦生活でしたのよ。それを助けて下さったのが、カイド様。ああ…このことを知られてしまった貴方には…冒険に出てもらうしかありませんわね。」
「生憎、ギルド長なんでね。仕事を紹介はするが、冒険はギルドに登録した連中の仕事だ。」
身体が痺れる…眩暈がしてきた。紅茶に何か仕込まれたか?
レクティウス公爵が紅茶を優雅に飲み干して、
「毒が効いてきたようだな。」
公爵夫人が、
「貴方様がいけないのですわ。そっとしておいて下さったらよろしかったのに…」
ゼルドは痺れる身体を鞭打って聞いてみる。
「エリック氏だけではないっ…他の行方不明事件もお前らの仕業か?」
レクティウス公爵夫人は嫣然と笑って、
「だって、悪人は死んでもらった方がよいでしょう?絶対に改心なんて致しませんわ。だから、冒険に出てもらうことに致しましたの。でも、貴方様は悪人ではありませんわね。ごめんなさい。わたくしはこの生活を壊されたくはないの…だって、せっかく幸せになれたんですもの。だからごめんなさいね。」
ゼルドは意識を手放した。
「で、俺、毒、効かねえんだわ。」
気が付いた時はまさに男に抱えられて、焼却炉に放り込まれるところだった。
暴れて逃れて、男と取っ組み合い、みぞおちを殴って気絶させる。
危うく、殺されそうになったのだ。
さて、どうしようか。
カイド・レクティウス公爵と、アイリーナ・レクティウス公爵夫人は、ディナーを部屋で頂いていた。
レクティウス公爵夫人は前菜を食べながら、
「今日の人は気の毒でしたわ。悪い方ではありませんのに。」
公爵も、前菜を上品に口に運びながら、
「我が公爵家に探りを入れるからだ。邪魔者は殺すに限る。」
ゼルドが窓を開けて中に入れば、二人は驚いたように窓の方を見つめ、
「生きていたのか?」
「猛毒のはずですわ。」
ゼルドは肩を竦めて、
「簡単に死ぬようじゃ、大手ギルド長はやってはいられねぇよ。公爵さん。ビジネスの話をしようじゃないか。」
レクティウス公爵は、
「共にディナーはどうだね?今度は毒を盛るような真似はしない。君は敵に回すより、味方にした方がよさそうだ。」
公爵夫人も頷いて、
「そうですわね。」
ゼルドも席について、共にディナーを頂く。
公爵家のディナーはそれはもう、豪華だ。
「我がギルドも、金はあればある程、良くてね。できれば寄付をお願いしたいんだが。」
レクティウス公爵はナフキンで口を拭きながら、
「寄付か。勿論、させてもらうよ。」
「その代わり、ラピス王国から我が国へ冒険者として行くと言って、いなくなった者の冒険者登録をしておこう。そちらからリストを極秘に頂けると助かる。我がトレッド王国では命を落とす冒険者は多い。それ程、冒険者という者は危険な仕事だ。」
「君をそこまで信頼してよいとは思えないが…こちらが手を下した者の名前をみすみす明かして良いとは思えない。」
「それじゃ運命共同体と行こうか…こっちのギルドでも、こちらの王国へ逃げ込んだ厄介者がいてね。殺したいが殺せない。こちらのトレッド王国で、自由に行動できないからだ。大規模な暗殺組織ローズへの橋渡しを頼みたい。」
「ローズか。知らない訳ではない。元々は王家の影を仕切る男が立ち上げた組織だ。
飛びすぎる翼のギルド長である君との橋渡し引き受けよう。」
ゼルドは正義の味方という訳ではない。
多少、汚い事もするギルド長である。
契約は成立した。
帰り際、公爵夫人に呼び止められた。
「貴方は正義の味方という訳ではないのね。」
「世の中は綺麗ごとだけではない。汚ねえことも沢山存在する。
人を殺す事はよい事とは思わねぇが、時には心を鬼にせにゃならんこともある。」
「わたくしのエリックに対する心は死んでしまったの…カイド様がわたくしの傍にいてくれなければ、わたくしはずっと…不幸せで泣いていたわ。」
「だからって、殺していいとは思わねぇ。」
「言っていることが矛盾しているわ。それでも、心を鬼にする程、許せなければよいのでしょう?」
「まぁ…な…」
ゼイド自身、人殺しには反対だ。だが、時にはけじめをつけなければならない。
冒険者の仲間達の間で、手ひどい裏切りが出た。10年前の話だ。
裏切りのせいで、一人のなんの罪もない男が殺された。
ギルドに睨まれたと知った連中はこのトレッド王国へ逃げ込んだ。
殺された男には、身重の妻がいたのだ。
その妻も男が死んだと知った時に自らの命を絶った。
その妻というのが、ゼイドの大切な妹だったのだ。
許せない…連中を捕まえて殺さないと…妹が浮かばれない。
あんなに幸せそうに微笑んでいた妹。
お兄ちゃんお兄ちゃんって、いつも自分にまとわりついていた妹。
冒険者と結婚すると聞いた時に反対した。
でも…妹は愛しているからと、その男と結婚した。
義弟になったレッドはとてもいいやつだった。
だから…レッドが仲間たちの裏切りで命を落としたと知った時に、奴らがこのトレッド王国へ逃げたと知った時に復讐を誓ったのだ。
だが、ラピス王国のギルド長であるゼイドも、トレッド王国では身動きが思うように取れない。
冒険者の仲間に、連中の行方を捜して欲しいと頼んだが、思うように見つからない。
ここ最近では諦めていた。
ギルドの経営も忙しくて…妹にはすまないすまないと、心の中で、毎日謝り続けていた。
共に堕ちるのなら地獄まで…この公爵夫妻なら良い協力者になるだろう。
人殺しは間違っている。でも…許せない。心の底から魂の底からそう叫んでいる。
「どうしても許せねぇ奴らがいる。だから…人殺しはよいとは思えなくても、俺は…」
レクティウス公爵夫人は、頷いて。
「出来るだけ力にならせて頂きますわ。今から、貴方はわたくし達の仲間。よろしくお願い致しますわね。」
ラピス王国へ冒険に出た。そして、行方不明になるのではなく…
ギルドで冒険者として仕事をしたが、そこで力不足か、行方不明になったという輩が増えたという。
マルガリッサには、真実は言わなかった。
「お前さんの弟の手掛かりは掴めなかったよ。」
「仕方がないですわ。屑には屑なりの…」
そういって、立ち上がり、ゼルダに抱き着いて、耳元で囁く。
「いつかわたくしに真実を言って下さるよう、信頼をしていただくように頑張りますわ。愛しのギルド長。」
マルガリッサを抱きしめながら、ゼルドは思う。
連中の行方は探して貰っている。
必ず奴らを捕まえて…妹と義弟の敵は取る。
マルガリッサの前で、顔では笑って、でも、心は復讐に燃えるのであった。