表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ありふれた、どこにでもある、身勝手な恋のお話

作者: 一布


 十二月二十四日。

 窓から入る日差しが眩しい。

 冬休み。今日は、クリスマス・イヴだ。


 私は、ベッドの上で寝っ転がりながら、スマホを手に取った。


 三週間前に、彼氏にフラれた。

 見た目に反して気持ちが重いんだって。

 うるさいな。別に好き好んで、派手な顔立ちに生まれたわけじゃないんだよ。


 でも、あんな男にフラれたことなんて、今はどうでもよかった。


 私の頭の中は、別の男のことでいっぱいだった。


 ずっと、仲のいい男友達だと思ってたアイツ。

 恋愛の相談だって、何度もした。

 アイツは、いつも、真面目に私の話を聞いてくれた。


 私は、手にしたスマホの通話アプリを開いた。

 私の携帯の契約は、五分だけ通話無料。

 だから、私がアイツに電話を架けるときは、まずワンコールで切っていた。そしたら、アイツから折り返しがきて。


 長いときは、二、三時間だって話し込んだ。アイツの契約は通話無料って言ってたから、気兼ねすることもなかった。


 ある日、そんな関係は唐突に終わった。


 私が、元彼と付き合い始めた十月頃。

 アイツにも、彼女ができた。


 胸が痛くなった。


 気持ちを誤魔化すように、元彼と付き合い続けた。元彼に言うべきじゃない、「好き」という言葉。気持ちの伴わない言葉を、元彼に言い続けた。


 結果、元彼にフラれた。

 どうでもいいけど。


 通話アプリの電話帳から、アイツの名前を引き出した。


 今日はワンコールで切らないよ。

 アンタは、いつも、私が出ないときでも三〇秒くらいコールしてたよね? だいたい、十コールくらいかな。


 私も、今日はそれくらい待ってみるよ。


 通話アイコンをタップした。


 一コール。

 アイツは出ない。

 二コール。

 アイツは出ない。

 三コール。

 今日は彼女とデートなのかな。

 四コール。

 出てよ。

 五コール。

 やっぱり、私より彼女が大事?

 六コール……。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 俺には、ずっと好きな女がいた。

 好きだから、無理に距離を縮められなかった。


 でも、高校三年になった今年。

 もしアイツに彼氏がいなかったら、クリスマスに告白しようと思っていた。


 けれど。


 十月になって、アイツに彼氏ができた。

 もう駄目だな。縁がないんだな。


 好きだから、友達としてでも近くにいたかった。

 だから、アイツの恋愛の相談にも乗った。


 アイツには、時間無制限で通話無料って伝えてた。あれは嘘だ。無料なのは、最初の十分だけ。だけど、少しでもアイツと話していたくて、嘘をついた。


 でも、もう無理だと思った。告白を決意した途端に、アイツに彼氏ができるなんて。


 落ち込んでいたときに、告白された。

 派手な顔立ちのアイツとは違う、大人しそうな可愛い子。愛らしい顔立ちとはアンバランスな、大きな胸。実は密かに人気者。


 俺はあっさりOKした。

 失恋を忘れるためには、次の恋だ。

 クリスマスに恋人と過ごす、ということもしたかった。


 今日は十二月二十四日。

 クリスマス・イヴ。


 今日まで順調に付き合えている。

 彼女は、今日は帰らなくてもいい、と言っている。

 つまり、そういうことだ。

 高校三年の受験時期だけど、今日くらいは勉強なんてしたくない。


 街中で彼女と歩いていると、ポケットの中で、スマホが振動し始めた。マナーモードにしてるから、バイブの振動が太股(ふともも)に伝わってくる。


 一コール。

 もしかして、アイツかな。

 二コール。

 一コール目で切れないなら、アイツじゃないな。

 三コール。

 誰だよ、こんなときに。

 四コール。

 隣を歩く彼女は、俺のポケットの振動に気付かないみたいだ。

 五コール。

 なかなか長いな。

 六コール。

 いや、これが普通なのか。俺は、一コールで切れる電話に慣れ過ぎた。

 七コール。

 うるさいな。いっそ、出てすぐに切ろうかな。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 私は、ずっと彼が好きだった。

 でも、告白できずにいた。

 彼が彼女のことを好きだって、気付いていたから。


 彼は、自分の表情の変化に気付かない。男の人にしては長いまつ毛。彼女を見るとき、その目が嬉しそうに細くなる。口角が少しだけ上がる。


 彼女から恋愛の相談をされているとき、切なそうな顔してた。長いまつ毛に、滴がつきそうな目。でも、口元は一生懸命笑ってるの。彼女を励ますように。


 まるで、泣きながら笑ってるみたい。

 私なら、そんな顔させないよ。


 十月頃。彼女に彼氏ができた。

 彼は笑ってお祝いしてた。相変わらず、滴がつきそうな目をしながら。


 でも、その目は、いつもの目とは違っていて。切ないというよりも、なんだか寂しそうな目。何かを失ったような。何かを捨ててしまったような。


 それまで、私は彼に告白できなかった。彼の彼女に対する気持ちが、大きな壁だった。隙間ひとつない、高く高くそびえ立つ壁。


 その壁に、ほんの少しだけ、入り込む隙間ができた気がした。


 私は、目一杯の勇気を絞り出して、初めての告白をした。

 隙間は確かに空いていた。彼の返事は、OKだった。


 それから、順調に付き合って。彼の心の中に、まだ彼女が残っていることにも目を瞑って。


 今日は、クリスマス・イヴだ。


 今夜は帰らない。


「友達の家で一緒に受験勉強するの」


 お母さんには、そう伝えた。


 ごめんね、お母さん。

 私がするのは、勉強じゃないの。初めてえっちするの。


 お昼ご飯を食べ終えて、彼と私は街を歩いていた。


 クリスマス一色の街の中で、彼のジーンズのポケットから振動音がした。彼の、右側のポケット。スマホのバイブ音だ。誰かからの電話かな。


 一コール。

 彼はバイブ音に気付いてないみたい。

 二コール。

 なんだか、嫌な感じがする。

 三コール。

 この電話に出てほしくない。私の胸は、危険信号を発してる。

 四コール。

 早く切れてよ。彼が気付く前に。

 五コール。

 しつこいな。

 六コール。

 なんかちょっと苛々する。

 七コール。

 彼の足が止まった。駄目だ、と思った。

 八コール。

 私は彼の右側に回り込んで、胸を押し付けるように腕を絡めた。Fカップのおっぱいは、ちょっとした武器だ。

 九コール。

 今夜、私は、彼とえっちする。


 彼の心に、彼女はまだ残ってる。


 でも、えっちしたら。


 きっと、彼は私から離れられなくなる。優しい彼は、えっちまでした私を、捨てたりしないだろうから。


 十回目のコールが鳴って――


 ◇


 さて。

 最後に笑顔になるのは――

 






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
運命の悪戯のようであり、当事者の選択の結果のような、しかし、タイトルに納得する各々の身近な感情の交錯が面白かったです。 今後は勿論、作中の状況においても明確な結末が描かれておらず、三角関係がどういう決…
[良い点] 三視点から描かれているこの文体はワクワクしますね!しかもこの終わり方。「如何様にもご自由に解釈して下さい」という筆者の思いやりと遊び心がふんだんに詰め込まれた、非常に興味深く素晴らしい作品…
[良い点] あぁー気になりますにゃあ(*´ω`*) 続きが……♡
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ