ありふれた、どこにでもある、身勝手な恋のお話
十二月二十四日。
窓から入る日差しが眩しい。
冬休み。今日は、クリスマス・イヴだ。
私は、ベッドの上で寝っ転がりながら、スマホを手に取った。
三週間前に、彼氏にフラれた。
見た目に反して気持ちが重いんだって。
うるさいな。別に好き好んで、派手な顔立ちに生まれたわけじゃないんだよ。
でも、あんな男にフラれたことなんて、今はどうでもよかった。
私の頭の中は、別の男のことでいっぱいだった。
ずっと、仲のいい男友達だと思ってたアイツ。
恋愛の相談だって、何度もした。
アイツは、いつも、真面目に私の話を聞いてくれた。
私は、手にしたスマホの通話アプリを開いた。
私の携帯の契約は、五分だけ通話無料。
だから、私がアイツに電話を架けるときは、まずワンコールで切っていた。そしたら、アイツから折り返しがきて。
長いときは、二、三時間だって話し込んだ。アイツの契約は通話無料って言ってたから、気兼ねすることもなかった。
ある日、そんな関係は唐突に終わった。
私が、元彼と付き合い始めた十月頃。
アイツにも、彼女ができた。
胸が痛くなった。
気持ちを誤魔化すように、元彼と付き合い続けた。元彼に言うべきじゃない、「好き」という言葉。気持ちの伴わない言葉を、元彼に言い続けた。
結果、元彼にフラれた。
どうでもいいけど。
通話アプリの電話帳から、アイツの名前を引き出した。
今日はワンコールで切らないよ。
アンタは、いつも、私が出ないときでも三〇秒くらいコールしてたよね? だいたい、十コールくらいかな。
私も、今日はそれくらい待ってみるよ。
通話アイコンをタップした。
一コール。
アイツは出ない。
二コール。
アイツは出ない。
三コール。
今日は彼女とデートなのかな。
四コール。
出てよ。
五コール。
やっぱり、私より彼女が大事?
六コール……。
◇ ◇ ◇ ◇
俺には、ずっと好きな女がいた。
好きだから、無理に距離を縮められなかった。
でも、高校三年になった今年。
もしアイツに彼氏がいなかったら、クリスマスに告白しようと思っていた。
けれど。
十月になって、アイツに彼氏ができた。
もう駄目だな。縁がないんだな。
好きだから、友達としてでも近くにいたかった。
だから、アイツの恋愛の相談にも乗った。
アイツには、時間無制限で通話無料って伝えてた。あれは嘘だ。無料なのは、最初の十分だけ。だけど、少しでもアイツと話していたくて、嘘をついた。
でも、もう無理だと思った。告白を決意した途端に、アイツに彼氏ができるなんて。
落ち込んでいたときに、告白された。
派手な顔立ちのアイツとは違う、大人しそうな可愛い子。愛らしい顔立ちとはアンバランスな、大きな胸。実は密かに人気者。
俺はあっさりOKした。
失恋を忘れるためには、次の恋だ。
クリスマスに恋人と過ごす、ということもしたかった。
今日は十二月二十四日。
クリスマス・イヴ。
今日まで順調に付き合えている。
彼女は、今日は帰らなくてもいい、と言っている。
つまり、そういうことだ。
高校三年の受験時期だけど、今日くらいは勉強なんてしたくない。
街中で彼女と歩いていると、ポケットの中で、スマホが振動し始めた。マナーモードにしてるから、バイブの振動が太股に伝わってくる。
一コール。
もしかして、アイツかな。
二コール。
一コール目で切れないなら、アイツじゃないな。
三コール。
誰だよ、こんなときに。
四コール。
隣を歩く彼女は、俺のポケットの振動に気付かないみたいだ。
五コール。
なかなか長いな。
六コール。
いや、これが普通なのか。俺は、一コールで切れる電話に慣れ過ぎた。
七コール。
うるさいな。いっそ、出てすぐに切ろうかな。
◇ ◇ ◇ ◇
私は、ずっと彼が好きだった。
でも、告白できずにいた。
彼が彼女のことを好きだって、気付いていたから。
彼は、自分の表情の変化に気付かない。男の人にしては長いまつ毛。彼女を見るとき、その目が嬉しそうに細くなる。口角が少しだけ上がる。
彼女から恋愛の相談をされているとき、切なそうな顔してた。長いまつ毛に、滴がつきそうな目。でも、口元は一生懸命笑ってるの。彼女を励ますように。
まるで、泣きながら笑ってるみたい。
私なら、そんな顔させないよ。
十月頃。彼女に彼氏ができた。
彼は笑ってお祝いしてた。相変わらず、滴がつきそうな目をしながら。
でも、その目は、いつもの目とは違っていて。切ないというよりも、なんだか寂しそうな目。何かを失ったような。何かを捨ててしまったような。
それまで、私は彼に告白できなかった。彼の彼女に対する気持ちが、大きな壁だった。隙間ひとつない、高く高くそびえ立つ壁。
その壁に、ほんの少しだけ、入り込む隙間ができた気がした。
私は、目一杯の勇気を絞り出して、初めての告白をした。
隙間は確かに空いていた。彼の返事は、OKだった。
それから、順調に付き合って。彼の心の中に、まだ彼女が残っていることにも目を瞑って。
今日は、クリスマス・イヴだ。
今夜は帰らない。
「友達の家で一緒に受験勉強するの」
お母さんには、そう伝えた。
ごめんね、お母さん。
私がするのは、勉強じゃないの。初めてえっちするの。
お昼ご飯を食べ終えて、彼と私は街を歩いていた。
クリスマス一色の街の中で、彼のジーンズのポケットから振動音がした。彼の、右側のポケット。スマホのバイブ音だ。誰かからの電話かな。
一コール。
彼はバイブ音に気付いてないみたい。
二コール。
なんだか、嫌な感じがする。
三コール。
この電話に出てほしくない。私の胸は、危険信号を発してる。
四コール。
早く切れてよ。彼が気付く前に。
五コール。
しつこいな。
六コール。
なんかちょっと苛々する。
七コール。
彼の足が止まった。駄目だ、と思った。
八コール。
私は彼の右側に回り込んで、胸を押し付けるように腕を絡めた。Fカップのおっぱいは、ちょっとした武器だ。
九コール。
今夜、私は、彼とえっちする。
彼の心に、彼女はまだ残ってる。
でも、えっちしたら。
きっと、彼は私から離れられなくなる。優しい彼は、えっちまでした私を、捨てたりしないだろうから。
十回目のコールが鳴って――
◇
さて。
最後に笑顔になるのは――