番外編3 デコレーションケーキ(side 絵梨)
「ヒロインに向けて切なげに微かに手を伸ばす所のお芝居も細やかで、とっても素敵でした」
調子にのって聞かれてもいないのに、そんな事を思わず言ってしまった時だった。
「……いつも、めっちゃ細かい所観てますよね」
そうボソリと返された。
はっ!
視点がマニアックでキモチ悪過ぎただろうか?!
私がさっと顔を青くすれば
「この仕事って基本、頑張っても『もっとこうするといい』って言われるばかりなので、そんな風に褒めてもらえるのも、自分なりのこだわりに気づいてもらえるのも正直嬉しいです」
もしかして、照れたのだろうか?
翔君が運転に集中している振りをして前を向いたまま、微かに頬を赤らめた。
翌々日、退勤時刻少し過ぎた頃の事だった。
携帯の通知音がしたので何だろうと思いロックを解けば
『駅前にいる。車回すから、会社出たら連絡して』
そんなショートメッセージが来ていた。
『え??? 誰だろう??』
そう思って送信者確認して
「ひぃぃぃぃ!」
思わず変な声を出してしまった。
そのメッセージはまさかの翔君からだったのだ。
慌てて電話をかければ
「心配してくださってありがとうございます。……あ!でも、今日はまだ仕事残っていて遅くなるので……」
『どうぞお帰り下さい。そしてもうこんな風に気を使われないでください。本当にもう充分ですから!!!』
そう言う前に
「じゃあ、どこかで時間潰して待ってる。終わったら連絡して」
そう特に気分を害した様子もなく言われてあっさり切られてしまった。
大慌てで会社を出て再度翔君に電話をすれば、車を回してくれた彼が助手席のドアを開けてくれた。
こんな事していいのかと迷わない訳ではなかったが、変に人目を引いて翔君の迷惑にならないよう急いで乗り込みドアを閉めた。
「SNS見ました。今日誕生日なんですね? おめでとうございます。一緒に食べようと思ってケーキ買って来ました」
そう言って翔君が前を向いたまま後部座席を指さした。
その指の動きにつられて振り向けば、ケーキと思しき箱がシートベルトをされた状態で後部座席に鎮座している。
「あ、ありがとうございます。……えっと、どうぞ」
どうするのが正解なのか本当にもう何もかも全く分からないまま、でもこのまま『帰って下さい』と言う訳にもいかないよな? と、ケーキの箱を受け取りつつ翔君を部屋に通した。
「何飲みます?」
お客様用のカップを棚の上の方から出しながら聞けば
「何がある?」
まるで勝手知ったる友達の家に来たかのように、翔君がベッドを背もたれに床に腰を下ろしリラックスした声で言った。
「コーヒーと紅茶と、牛乳と、ペットボトルの緑茶なら」
「ぎゅ……。紅茶で」
牛乳と言いかけた翔君が、慌ててオーダーを変えた。
「牛乳でもいいんですよ?」
「いや、流石にムードなさすぎでしょう。忘れてください」
翔君が牛乳好きなの知って敢えて選択肢に入れたから、別に牛乳でいいのに。
寧ろ牛乳飲んでるカワイイその姿見たかった。
何飲むかなんて聞かずに牛乳出せばよかった。
ちょっと考えた末、牛乳をたっぷり入れたミルクティーを出してみた。
すると喉が渇いていたのもあったのだろう、翔君が嬉しそうにごくごく飲んで、そして
『ハッ! 仕舞った先に飲んじゃった!!』
みたいな顔をした。
それが可愛くて思わず声に出して笑えば、翔君は恥ずかしそうに、でも面白いと思われたのが嬉しいのかニッとやんちゃそうに笑って首の後ろを掻いた。
「開けていいですか?」
ケーキの箱をローテーブルの上に置いてそう尋ねれば、翔君がまた嬉しそうに笑いながらブンブン首を縦に振った。
綺麗な蝶結びになっているリボンの端を引けば、シュルッと小気味良い音を立ててリボンがほどける。
そのせいで翔君の靴紐の事を思い出してしまい私がまた声を出して笑えば、翔君が少し不思議そうに首を傾げた後、また私につられて嬉しそうにニコニコ笑った。
真っ白な箱の中から出て来たのは小さいが綺麗にデコレーションされたバースデーケーキだった。
その可愛らしさに感動したのも束の間、箱のなかから保冷剤と共に大量の蝋燭が出てきて絶句する。
こんなに蝋燭立てたらせっかくのデコレーションケーキが穴だらけの悲惨な事になるでしょうよ?
取りあえず本数は無視して、可愛らしさ重視で等間隔に蝋燭を立てた。
蝋燭に火をつけて、暖かな色の間接照明だけ残し部屋の電気を消した。
火の揺らめきに思わず見とれ感嘆の吐息を漏らせば、翔君が小さく低く喉を鳴らすような嗤い声をたてた。