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5.アクアリウムへ(side アルベール)

彼女が出て行ったと知ったとき、僕の心に浮かんだのは怒りでも悲しみでもなく諦観だった。

そう、人を思いやれる彼女と奪うばかりの僕は、所詮住む世界が違ったのだ。


今度こそ自由にしてあげないと。

そう思うのにやっぱりそれだけは出来なくて、未練がましく彼女の姿を遠くから見続けた。



どちらかと言えば内気な彼女が芝居に出ているのを見た時には、そんな事も出来たのかと驚いた。

と言っても、ただの素人だ。

彼女の芝居は決して上手いものではなかった。



それなのに……。


何故か舞台の上で、エリーが自分の思いを押し込めて伸ばしかけたその手を下ろすシーンは、何度見ても胸が詰まった。



エリーに気づいて欲しい気持ち半分、そして怯えさせないよう気づかれたくない気持ち半分で、僕は彼女に時々送り主の名前のないカードを添えて贈り物をした。


彼女が僕が送ったリボンを付けてくれているのを見るのは嬉しかった。

しかし同時に、彼女にとってその送り主はさして意味のないものなのだろうと思えば苦しかった。





冬になりクリスマスの飾りが王都を彩るようになり、僕は一人ツリーに願いをかけた。


エリーならきっと、相手の幸せを願う。

それなのに。


『会いたい』


僕がかけた願いはやはり酷く身勝手なものだった。





彼女への贈り物に添えたカードと同様、名前は書かなかったのに。

偶然再会出来た彼女には、何故かそれを書いたのが僕だとすぐに分かったらしい。


笑いながらポロポロと涙を零す器用な彼女を見ていたら、あの彼女の下手な芝居を観ていた時の様に、また胸が痛くなった。


『彼女の幸せの為に、身勝手な僕が出来ることは何だろう』


ずっとそんな事ばかり考えて来たはずだったのに。

彼女の手を掴んだ瞬間、


『あぁ、とんだ偽善だったんだな』 


そう悟った。



もういい。

捕まえた。

例え彼女がそれを拒否しても、今度こそ全て僕がもらう。



「ここは寒いから、風の当たらない所に行こう?」


有無を言わせず肩を抱いて歩き出せば、戸惑った様に彼女が首を巡らす仕草がまるで逃げ出そうとしているように感じられたから、僕は彼女のその視界を塞ぎまるで枷を嵌める様に、自分が巻いていたマフラーを彼女の首にかけた。



「あったまるよ?」


甘いカフェオレを注文しようとした彼女に、そんなどうしようも無い嘘をついて、同じく甘いは甘いが度数の高いワインを勧めた。





「どうして黙っていなくなったの?」


まるで置いて行かれた子どもの様な口ぶりに自分で呆れつつも、怒りを隠せずエリーのその細い首筋を冷えた手でなぞれば、酩酊しているであろう彼女が、さっき飲ませたワインと同じ甘い溜息を零しながら喘ぎ言った。


「離れれば、思いが消えると思ったから……」



エリーにとって僕は、離れれば忘れるくらいの存在。

分かっていた筈なのに。


『もうお会いしない方がよろしいですね』


彼女にそう拒絶されて以降は、ちゃんと彼女の心を得る事など諦めて(弁えて)いたはずなのに。



心がダメなら……。

せめて体だけでも僕の痛みを分かって欲しくて、キスする振りをして彼女のその細く甘い香りがする柔らかな首筋に幾度も歯を立てた。



「僕はさ、離れれば忘れられてしまうような推し(他人)なんかじゃなくて、エリーのたった一人の愛する人(家族)になりたかったよ」


そんな言ったってどうしようも無い事を呟いたときだった。


突然エリーがボロっと涙を零した。



何で?

何故そこで泣くんだ??


彼女が泣いた理由が本当に分からなくて、彼女の顔を上げさせて、芝居を観ていた時の癖で、彼女の仕草からその気持ちを察してしまい愕然とした。



「……驚いた。君は人を愛する芝居が随分下手だなとは思ってたけれど……。そうか、君はそもそも愛し方など本当に何にも知らなかったんだな……」



エリーはあれだけ僕の気持ちや境遇を察してくれるのだから、ずっと器用な人間なのだと思っていた。

きっと余裕も沢山あって、いろんなことを知っていて。

僕との距離を詰めようとしないのは、僕に左程の興味が持てないからだと思い込んでいた。



彼女の芝居を観に行かなければ、きっとこんな事気づけなどしなかっただろう。

エリーと離れていたあの時間が全て無駄なものではなければいいな、そう思った。



その小さく華奢な手を取って、確かに僕の手の中にある事を確かめるように親指でそっと撫でれば、またエリーが迷子の子どものように視線を彷徨わせるから、不安な気持ちと欲しい気持ちとがぐちゃぐちゃになって抑えきれなくなる。



このまま実家に帰したら、きっと彼女は外出禁止を言い渡されしばらく会えないだろう。

まぁだったら、このまま新しく居を構えてそこに連れ帰って(攫って)しまえばいいか。


そんな事を考えていると、そう言えば昔、美しい魚を飼ったいた時、幻想的なアクアリウム()を作ってくれた職人がいたなと不意に思い出した。



悪いなとは思いつつその彼を朝一番で叩き起こし新居の準備をするよう頼み、彼女の部屋に戻る前に登城しエリーはもちろん両家の両親の承諾も得ぬまま結婚の書類を提出した。



「……あまり無体は働くなよ、この一見爽やか腹黒暴走騎士」


書類を受け取ってくれた王太子そう言われて首を傾げた。



無体?

何の事だろう??


あまりにピンと来なくて思わず素で首を傾げれば


「エリー嬢は、本当に厄介なヤツに目をつけられたな」


王子の言葉に、傍にいた王太子の婚約者であり僕の幼馴染でもある侯爵令嬢が王太子に同意するように深く縦に首を振った。





部屋に戻ると、エリーに


「どこに行ってたの?」


そう尋ねられた。



ありのままを答えようとして、先ほどの王太子達のリアクションを思い出す。

本当の事を言おうか、それともうっかり逃げられないよう誤魔化してしまおうか。


しばし迷った末、


「君を、君の一人よがりで孤独な世界から連れ出す算段を付けて来たよ」


嘘も肝心な事も何も言わないまま、彼女を連れ去る為、仕草だけはせめて紳士的に彼女に向かって膝をつき手を伸べた。







彼女の瞳の色と揃いのドレスと僕の色だと分かる鎖にも似た首飾りを纏い、尾ひれのようにドレスの裾をひらめかせ踊る彼女はまるで人魚の様に美しかった。



シャンパンなんて、見飽きているはずなのに、エリーから渡されたその琥珀色の泡はまるで、アクアリウムの中(囲われた世界)をたゆたう空気の泡の様に美しく見える。


煌めく泡に思わずうっそりと目を細めれば、僕の本性をよく知っているらしい学友達がそれに気づき引きつった笑顔を浮かべ、何も知らないエリーだけが無邪気に幸せそうに微笑んだ。

らぶらぶ目指したはずなのに……

あれれ?

オカシイナ???


エリーの頭が固く融通が利かな過ぎて、うっかりアルベールの踏み抜いてはいけない何かを踏み抜きアルベールが黒くなってしまいました(;・∀・)


でもアルベールは天然さんなので計画は穴だらけで、エリーからすれば微笑ましいもののはず☆

多分、きっと、……おそらく。



次から番外編スタートで、絵梨sideのお話になります。

転生したこの世界とはパラレルワールドの現代恋愛ものですが、よろしければお付き合いください。

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