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4.同じものを(side エリー)

『あぁ、敵わないな』 


爪の先にアルベールの冷えた唇が触れた瞬間そう悟った。


もういい。

推す。

全てアルベールにあげる。


覚悟を決めて、アルベールの顔をもっとよく見たいと彼を見上げれば、アルベールがまた絵画のように綺麗に微笑んで見せた。



「ここは寒いから、風の当たらない所に行こう?」


肩を抱かれながらそう言われ頷けば、アルベールは自分が首に巻いていたマフラーをシュッと外し私にかけてくれた。

アルベールの懐かしい甘い香水の香りに包まれて、凍えた外気に反し耳と頬が熱くなる。



「本当はきちんとしたレストランの方がいいんだろうけど……、今はこの手を離したくないから」


そう言ってアルベールはカフェのソファー席に腰を下ろした。

手は繋いだままどうしてよいのか立ち尽くせば、隣に座るよう優しく手を引かれた。



いろいろ戸惑いつつも思い切って隣に座り、カフェオレを注文しようとした時だ。

アルベールが勝手に度数の高いホットワインを注文してしまった。


「風邪を引かせたくない。あったまるよ?」


目に映る嘘を全く隠すこともなく、しれっとアルベールがそんな事を言うから、そのグラスを『ありがとう』と受け取る事にした。



お酒が回ってふわふわする頭のまま、


「離れたくないんだ」


アルベールに熱っぽくそう言われるがまま自分が借りている狭い部屋にアルベールを通した。







「どうして黙っていなくなったの?」


私の髪を優しく撫でる優し気な手つきと表情と対照的に、どこか仄暗い色を瞳に浮かべてアルベールがそんな事を言う。


「離れれば、貴方の思い(痛み)が消えると思ったから……」


「……そうか」


アルベールは今まで聞いたことのないくらい低い声でそう呟くと、しかし、表情だけはまたとても綺麗に、いかにも人が好さそうにニコッと微笑んで見せた。




「痛っ……」


執拗に落とされるキスマークに、思わず小さく声を上げれば


「あぁ、ごめん」


全く悪いとは思っていなさそうな素振りでアルベールはそう謝ってみせた。

しかし、それが止むことはない。


指を絡めきつく握られた手も地味に痛くて、離して欲しいと言えば


「嫌だ。だって、君のは離れれば忘れてしまう程度の思いなのだろう?」


そう言ってより深く握り込まれてしまう。

アルベールのその言葉に思わず涙を零せば


「僕はさ、忘れられてしまうような『推し』なんかじゃなくて、エリーのたった一人の愛する人になりたかったよ」


アルベールがまた苦し気にそう呟いた。



彼が望むものなら全てあげたい。

何でもしてあげたい。


でも、そんな事言われたってどうしたらいいのかが分からない。


それが辛くて、こらえきれずにまた涙を零した時だった。



「……驚いた。君は人を愛する芝居が随分下手だなとは思ってたけれど、そうか君は本当に何にも知らなかったんだな」


はっと目を見開いたアルベールが、長い指で私の指の形を優しく慰める様に撫でながらそんな事を言って、その瞳と唇をスッと弧の方に細めて見せた。







目が覚めた時、隣にアルベールの姿はなかった。

一人の部屋の寒さにブルッと体を震わせる。


昨日の再会は、もしかして私の願望が見せた夢だったのだろうか?

そう思った時、部屋のドアが開いて、アルベールが入って来た。



アルベールからは冷たく澄んだ冬の外気の匂いがする。


「こんな朝早くにどこに行ってたの?」


少しかすれてしまった声でそう尋ねれば、


「君を、君の一人よがりで孤独な世界から連れ出す算段を付けて来たよ」


そう言ってアルベールはすっとその綺麗な手を私に向けて差し出した。


戸惑いなかなか手を伸ばさない私をアルベールは冷たい床に片膝を付いたまま、長い事辛抱強く待ってくれる。



ずっと……


次に思うなら。

この手を伸ばした時に、ちゃんと届く人がいい。

私からばかりじゃなくて向こうからも、その手を差し伸べてくれる人がいい。

そう思っていると自分でも思っていた。



しかし、アルベールの綺麗な手を目の前にしてようやく気付いた。


私は手を伸べてくれる人が良かったんじゃない。

ずっとこの人だから、こんなにもその手を伸べて欲しかったんだなって。



初めて自分からおずおずと手を伸ばせば、アルベールは私の手を、その大きな手で包み込むようにしっかり握ってくれた。





アルベールが私を着飾らせて連れて行ってくれたのはパーティーだった。

何でもアルベールのお友達の結婚パーティーなのだとか。


「遅れてすまない」


少し申し訳なさそうな顔をしてそう謝るアルベールに、


「別に何も構わないさ」


と彼の友達は幸せそうに笑った。

そして


「次は遅刻しない」


とキリッと言い切ったアルベールに


「……結婚パーティーは一生に一度しか開かないつもりだが?」


と苦笑していた。



アルベールの言葉に相手が気分を害したのではと一瞬ヒヤッとしたが、学園では毎度おなじみの光景だったのだろう。

自分が変な事を言っている事に気づいていない様子のアルベールを見て、花嫁さんは楽しそうに笑っていた。


アルベールはそれを見て、きっと彼女が幸せで笑っていると思ったのだろう。

つられるようにして、優しく破顔した後、


「踊ろうか」


そう言ってまた私に向かい、その大きな手を差し出してくれた。




そこは、ずっと私が憧れていた煌びやかな世界だった。


余りの場違いさに恥ずかしくなって、癖で逃げ出そうと出口の辺りの様子をうかがえば、アルベールが逃がさないとばかりに繋いでいた手に優しくだが力を込めるのが分かった。


「逃がさないよ。君を、君の一人よがりで孤独な世界から連れ出す算段を付けて来たって言っただろう?」





ダンスを終えてアルベールと二人部屋の隅に除ければ、私達に気づいた給仕さんが


「飲み物は、何をお持ちしましょう?」


そう聞いてくれた。


どうするのがいいのか分からずアルベールに目で尋ねれば、

『好きなものをどうぞ』

とアルベールが優しく肩を竦めた。



だから、アルベールと乾杯したくて


「じゃあ、シャンパンを二つお願いします」


そう言ってアルベールに向かって微笑めば、アルベールはやっぱり優しく笑って


「じゃあ、僕も同じものを」


そう言った。



皆が優しく私達を見守ってくれている中、四つ届いたシャンパンを見てアルベールだけが酷く不思議そうな顔をしていた。

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