3.お芝居って難しい(side エリー)
もうどれだけ傷ついても構わない。
だから、もう一度彼の手に触れたい。
そう覚悟して彼の寝室を訪れた夜。
「愛してる」
そう言われて、彼が傷ついた目をしている事にようやく気づいた。
最初はただそこに彼という存在がある事に感謝していた筈なのに。
直接言葉を交わす事がなくとも、彼という存在は私に沢山の勇気や希望、そして感動を与えてくれたのに。
それなのに。
私はいつから『報われたい』なんて欲張りな事を考えるようになってしまったのだろう。
事もあろうに何故私はあんなにも意固地になって、伸ばしてくれた彼の手を何度も振り払うような真似をしてしまったのだろう。
「……ごめんなさい」
自分の犯した罪の重さに震えながらそう言えば
「もういいよ」
そんな優しい声と言葉で彼は私の心を拒絶した。
戦場から戻って来て以降、彼はもう以前の彼の様には笑わなかった。
誓って言う。
私は決して彼に何か報われなかった事の復讐のような真似をしたかったわけではない。
臆病な私は、自分の心を守りたかった。
ただそれだけだ。
でも、意図しなかったからといって彼を傷つけた私の言動に非が無かったとは思えない。
どうするのが正解かは分からなかったけれど、私はもう一度彼に、彼自身の為にも以前のように笑って欲しくて、私は私なりの方法でがむしゃらに頑張る事にした。
手紙を書いて、彼が喜んでくれそうなものを差し入れして。
しかし、それを見た彼は
「まるで、推してるみたい」
そう言ってかつての私の様に苦しそうに、全てを諦めたように嗤っただけだった。
その嗤い方を見た時、私は彼の苦しみの正体の様なものにようやく気が付いた。
彼が囚われているその苦しみは、前世から私がよく知っているものだった。
どれだけ思っても報われない苦しみ。
思いが強ければ強い程打ちのめされるその残酷さに、きっと彼の心もまた潰れてしまったのだろう。
しかし幸いな事に、私はこの苦しみの癒し方を知っている。
離れるのだ。
もう二度と会う事のないよう全ての縁を断ち切って。
最初は辛くても、時間が経つ内に段々思いは薄れて次第に息が出来るようになる。
私は自分のしでかしてきた事の代償のとして自分の胸の痛みは全て抱えたまま、再びそっと彼の前から姿を消した。
苦しくて苦しくて。
何度息が出来なくなったかしれない。
それでもようやく彼への思慕と少し距離をとれるようになった頃、旅の一座が家出娘の私を拾ってくれた。
雑用係として雇ってもらったのだが、ある日ピンチヒッターとしてお芝居に出ることになってしまった。
前世での学芸会以降お芝居をする事なんてなかったから、頼まれた時は酷く焦ったし、私には無理だと何度も断ったのだけれど、人手が無くてどうしようもないからと押し切られてしまった。
初めて舞台に立った時、思わず手と声が震えた。
正直観れたものではなかったと思う。
それでも、前世でアルベールを演じた翔君がインタビューで言っていた、お芝居をするうえで気を付けている事を一生懸命思い出しながら、彼の様に一つ一つの動きを大切にして私が演じる役の思いや願いが見ている人に届く事をだけを願い稽古を続け舞台に立ち続ければ、少しずつ少しずつではあったが拍手がもらえる様になった。
ある日のこと。
座長からお客様からだとプレゼントを渡された。
そこには私が最近好きでよく行くお菓子屋さんのクッキーの箱と、名前の書かれていないカードが一通。
カードには短く私が苦心して頑張った部分を褒めてくれる言葉が書かれていて、私は嬉しくて何度も何度もそのカードを読み返した。
次の街に移ってしばらくした頃、またプレゼントとカードが届いた。
今度のプレゼントは綺麗なリボンだった。
私が普段使っている髪留めが随分痛んでいる事に気づいて、わざわざ買い求めさりげなく贈ってくれたのだろう。
ずっとプレゼントやカードを受け取る側は、実際どんな気持ちになるのか、私はずっと知るのが怖かった。
『気持ち悪い』
そう思われていたら、消えてしまいたいくらい辛くなってしまうに違いないからだ。
でも受け取る側になってみて、そうでないことが分かった。
短い言葉の中に、贈り主がどれほどの気遣いをこめて書いてくれたのかが見て取れる。
私はこの贈り主に、前世の自分までも救ってもらったようなそんな気さえした。
プレゼントとカードが時々届く事から、同じ人が時々見に来てくれているらしい事は分かったが、その贈り主が誰なのかは最後まで分からなかった。
せめてお礼の手紙を書きたいと思ったがカードには名前も何も書かれていなかったから、そうすることも終ぞ叶わなかった。
身一つで家出してきた為、身分証を持たない私が国境を越える事は難しく、一座とは国境近くの街で別れた。
クリスマス近く。
たまたま用事があって訪れた王都で、私は大きなクリスマスツリーが飾られているのを見つけた。
白い息を吐きつつ、思わず少し傍に寄って眺める。
すると綺麗なオーナメントの中に妙なものが見えた気がした。
もしやと思って更に近づいて見ると、それはやはり短冊だった。
その短冊には
『会いたい』
と、私がもらったカードと同じ手癖で短い文が書かれていた。
良く見れば、他のオーナメントは後に外しやすいよう綺麗に蝶々結びで結わえてあるのに、その短冊の紐は固結びになってしまっている。
「何これ。面白すぎるんですけど……」
思わずそう呟けば、笑おうと思ったのに思わずポロっと涙が零れた。
あれだけ練習したのに、私にはやっぱり翔君と並ぶだけの才能は無いらしい。
涙を止められなくなって、ボロボロ溢れる涙を手で払えば
「どうぞ」
そう言って近くに居た男性がハンカチが差し出してくれた。
落ち着いた声と、紳士然とした仕草なのに。
ハンカチを出したはずみでポケットの裏地がコンニチハしてしまい全く恰好が付いていない。
相変わらず涙を止められないまま笑えば、恐らく一座を離れた私を心配してずっと探してくれていたのであろうアルベールが、それに気付いて気恥しげに耳元を掻いた。
「短冊を吊るすのは七夕よ。クリスマスじゃないわ」
私がそう言えば、彼は一瞬しまったという顔をした後、
「でも叶ったよ」
そう言って、私がずっと憧れていたカーテンコールで見せていた柔らかな笑顔を見せてくれた。
彼が戦場に行って以降、見せる事がなくなってしまっていたその笑顔の懐かしさに、全ての努力が報われたように思い胸の中が寒い屋外にもかかわらずじんわり暖かくなっていくのを感じる。
すると突然、アルベールが私に向けてそっとその手を伸べた。
彼の意図が分からずその手を彼の顔を繰り返し見比べれば、
「舞台の上で、エリーが自分の思いを押し込めて伸ばしかけたその手を下ろすシーンは、何度見ても胸が痛かったよ」
アルベールはそう言って、その綺麗な顔をくしゃっと顔を歪めた。
そうして……
「ずっと。ずっと、僕ならその手に気づいて絶対離さないのにって思ってた」
アルベールは中途半端な位置で宙に浮く私の手を優しく握ると、まるでハッピーエンドのお話に出てくるヒーローの様に、芝居じみた仕草で、しかしその真心を込めて、私の爪の先に祈るようなキスを落としたのだった。
沢山あるお話の中、見つけて最後まで読んでくださって本当にありがとうございました。
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