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2.報われないから推したくない(side アルベール)

疲れ果て心が折れそうになった時、自分の才能の無さにもう何もかも諦めて放り投げてしまいたいと思った時、僕の元には不思議といつも贈り物が届いた。


それはポーションだったり、ダンジョン攻略のキーアイテムとなる物だったりと、それ自体にももちろん救われたのだけれど……。

僕は正直、その贈り物に添えられたカードの方に、寧ろいつも救われていた。


カードの文句は酷く短くて。

でもどうしてこんなにもボクの努力を知っていてくれているのかと、それを読む度、胸がいっぱいになった。


カードには贈り主の名前が書かれていなかったけれど、自分で言うのも何だが僕はモテたから、向こうからその内に焦れて声をかけてくれるだろうと慢心していた。


その人が名乗り出てくれたら、これまでの感謝を告げた後、一緒に卒業パーティーに出て欲しいと誘うつもりだった。

でもカードの主は一向に姿を見せてはくれない。


最後の望みをかけたバレンタインでもその人からのチョコは届かなくて。

彼女は僕を助けてはくれるけれど、僕に対する思いはただそれだけなのかと思えば初めて胸が苦しくなった。


こんなにも僕の苦しみや努力を分かってくれるのに。

その人が本当に心寄せる人は別のヤツなのかと思えば、まるで世界の全てがどうでも良いようにさえ思われた。



名乗らないという事は、ものすごい不細工か、それかもしかしてその人の正体は男なのではないだろうか?


そんな姿を見ればこの恋も冷めるのではと思い、僕は卑怯にも罠を仕掛けた。


すると、僕の偽りの危機を知り健気にもまた贈り物をしてくれたのは、一人の愛らしい女の子だった。


そのカードから想像していた通りの、素朴で控えめな装いと、煌めく菫色の瞳。


僕は彼女の姿を見ようと思った自分の愚かさを呪った。

彼女の姿を見てしまったことでこの想いは冷めるどころか深まるばかりで、彼女が想うのは別の人間だと思えば胸が張り裂けそうになった。


卒業パーティーに、彼女は誰とやって来るのだろう。

彼女がパートナーの男と仲睦まじく寄り添う姿を見れば、今度こそ諦めがつくだろうか。


そう思って未練がましくずっと入り口を見ていたが、彼女は卒業パーティーに姿を現さなかった。


友人の友人である彼女のクラスメートをなんとか捕まえ聞けば、彼女は明日の朝には一人故郷に戻るつもりなのだという。


その子の話によれば、彼女には恋人や婚約者はいないらしい。

随分出遅れてしまったが、僕にもチャンスがあるのだろうか?


居ても立っても居られず、思い切って寮の彼女の部屋を訪れ扉をノックすれば、友達の来訪と勘違いした彼女があっさりドアを開けてくれた。


そして驚きのあまりにだろう、その菫色の瞳を零れんばかりに大きく見開いた後、彼女は微かに震える声で言った。


「何か御用ですか?」


本来ならば、名乗るのが礼儀だが。

僕の事を誰よりも良く知ってくれている彼女に対しては、それは酷く野暮ったい事の様に思われ僕は単刀直入に要件を告げた。


「エリアーヌ嬢、僕と一緒に卒業パーティーに出てくださいませんか」


「えっ?! 何で???」


彼女の反応は真っ当だ。

しかしどこかで、歓迎されると思っていた僕は少し落ち込んでしまう。

それでも勇気を振り絞って


「ずっとお慕いしていました」


そう告げれば、


「推したい???」


彼女がワタワタと視線を彷徨わせ動揺も露わに言った。


「でも……えっと……私はまだ貴方を推してはいないので!」



パタンと音を立てて、目の前でドアが閉まった。

なんだかイマイチ会話が噛み合っていない気がしたが……。


兎に角、僕はフラれてしまったらしい。



諦めて引き下がらないととは思うのに。

失恋なんて初めてだから、この胸の痛みをどうすればいいのか分からない。


一人では気持ちの整理をつけることも出来なくて、すごすごとパーティー会場に引き返し友人である王太子にその話をすれば、それは全面的にお前が悪いと叱られた。


いきなり何の約束も無く女性に声をかけるなんて失礼だ。

彼女の気持ちを利用して都合の良いようにしようとしたと思われても仕方がないと言われ、確かにその通りだと自分の無礼さにようやく気づいた。



彼女と知り合い正式に交際を申し込むだけの時間はあったはずなのに。

僕は今日までいったい何という無駄な時間の使い方をしてきたのだろう?!


翌日、友人たちとの別れも早々に急ぎ家に戻ると、僕は彼女との婚約を取り付けるべく奔走した。


身分差故、話はなかなかまとまらなかったが、最終的には王太子である友人の口添えもあり両親の方が折れてくれた。



やっとの思いで再び彼女を迎えに行ったのに。

彼女の菫色の瞳に映るのは、歓喜ではなくやはり戸惑いだった。



拒絶にもとれる彼女の態度に傷つきつつ、それでも婚約者という立場につけこんで恋焦がれたその瞳を真上からのぞき込めば、彼女の瞳にうっすら涙が浮かんだ。


一瞬そんなにも嫌な思いをさせたのかと慌てたが、しかし何だかそれも違うような気がして


「この婚約は僕としても不本意なものなんだ。だから解消出来るように協力して欲しい」


咄嗟にそんな真っ赤な嘘を言えば


「そうだったのですね! 私なんかをアルベール様が望むなんてそんな筈ないのに、変だなって、どういう裏があるんだろうってずっと怖かったんです。でもコレで納得しました! うちの父が爵位を欲してとんだご迷惑をおかけしたようで……本当に本当に申し訳ありませんでした。私、この婚約をつつがなく解消出来るよう全力でがんばりますね!!」


さっきまでの僕を頑なに拒むような雰囲気から一転、彼女は元気一杯に協力を申し出てくれてしまったのだった。



『円満婚約解消に向けての打ち合わせ』という名目で、忙しい仕事の合間を縫って三日と開けず彼女をデートに連れ出した。

すると彼女はやっぱり僕の事ばかり考えてくれていて、疲れに効く飲み物だとか、安眠効果のあるポプリだとか、そんなささやかだが僕が必要としてそうなものをお礼にと贈ってくれた。


そして、それを家で開けば中にはやはり短い文章が書かれたカードが添えられていて、その励ましの言葉に胸の中が温かくなるのを感じると同時に、こんなにも僕の事を思ってくれていながらどうしてとの思いが募っていく。


それでも、こうしてデートを重ねていけば彼女に僕の思いはきっと届いて、いずれ全て上手くいく。

そんな風に思って僕なりに心を砕いたつもりだったのだけれど。


どれだけ時間を共有しても、彼女のどこか一線を引いたその態度は変わる事がなかった。



「エリーは僕の事が好きだろう? なのにどうして婚約解消の協力なんてしてくれるんだ?」


ある日思い切って、しかし表面上はふざけている風を装って彼女にそんな事を尋ねてみた。

すると彼女は笑いながら


「だって、私まだ推しているわけではないので」


と嬉しそうに教えてくれた。



「推す?」


エリーは時々不思議な言葉の使い方をする。

意味が分からず尋ねれば


「私も確かではないのですが……例え報われることがないと分かっていても、その方が生きていて下さるだけで幸せだと、殉教者の様に自分の心を含めた全てを捧げるような行為に近いかもしれませんね」


そう言ってエリーは酷く切なげに僕に微笑んで見せた。



「何で『まだ』ダメなの? 僕は今すぐにエリーの心が欲しいよ……」


そんな事、言うべきではないと分かっていたのに。

自分の気持ちを嘘で誤魔化す苦しさに耐えかねて思わずそう本音を漏らせば、彼女の顔が真っ青になるのが分かった。


そうして、


「もうお会いしない方がよろしいですね」


そんな言葉を残して彼女は去って行ってしまった。





あぁ、僕が彼女に何をしたというのか。


彼女を手に入れる為、とっさについたあの嘘はそれほどまでに罪深いものだっただろうか。

それとも彼女を思う事自体が許されないものだったのか。


僕はこれ以上どうしたらいい?


彼女を諦めれば全て上手くいくのか。

だったら、彼女を諦める術をどうか誰かこの愚かなる僕に教えて欲しい。





何もかもが空しく思えたそんな時、出征の話が来た。

僕が死んだら、彼女は泣いてくれるだろうか。

そんな投げやりな気持ちで、僕はその話を誰にも相談することなくその話を受けた。



出立の日、彼女は見送りの場に姿を現さなかった。

……そう思っていた。


しかし出立の後、同僚から、さっき僕宛に預かったのだと小さな包みを渡された。

中身は守りの術式が組み込まれた小さな水晶で、それにはやはり僕の安全を切に願う、短い文のカードが添えられていたのだった。







あっという間に一年が経った。


彼女の為、婚約を解消してやるべきだと分かっていたのに。

僕はそれが出来ないままだった。


僕が死ねば、彼女が僕の事を思ってくれたり、彼女を諦める事が出来るのではないかとも思ったが、結局そのどちらも叶わぬままボクは生きて国に戻ることとなった。



出迎えの人々の中、やはり分かりやすい場所に彼女の姿は無かった。

それでも人混みを掻き分け必死になってその姿を探せば、そっと物陰に隠れるようにしてこちらを見ていた彼女をついに見つける事が出来た。


思わず走り寄り、彼女の許しも得ぬまま抱きしめた。


「ごめん」


生きて戻って来てごめん。

君を自由にしてやれなくてごめん。


また彼女に会えて嬉しくて仕方がないはずなのに。

報われる事のない心が苦しくて苦しくて。

その心を切り離すように、ボクの中の何かが壊れる音がした。





夜、彼女の表情が曇るのも構わず彼女を僕の寝室に招いた。


僕が声に出す度、彼女が酷く辛そうにその菫色の瞳を曇らせても


「愛してる」


その言葉を止めなかった。



僕の一方的な思いだけでその体だけはようやく手に入れて、僕は彼女の心を手に入れる事を諦めた。

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