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私はまだ推してない  作者: tea@コミカライズ 12/26発売 お飾り妻アンソロジー


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番外編6 俺なりのこだわり(side 翔)

初めて大きな舞台の大役を射止めた。


ついに地道な努力が報われた。

そう思った。


しかし、そんな風に浮かれていられたのは舞台が始まるまでだった。



『ビジュアルが役のイメージと違い過ぎる』

『華がない』

『アルベールをやるには背が低すぎる』

『ダブルキャストの正樹君とは大違い』


俺が演じるアルベールは女性に人気の役の為、どれだけ真摯に役に向き合おうとエゴサをして見ればそんな批判ばかりが書き連ねてあった。



不貞腐れた気持ちで昼寝でもするかと思い目を閉じれば、放り投げた携帯がピロンと音を立ててSNSの通知を知らせた。


友人かと思いそれを見れば、そこには知らないアカウントからメッセージが届いていた。


アイコンは俺が演じるアルベールの手作り衣装を来たキーホルダーサイズの公式グッズのクマのぬいぐるみ。

アンチによる痛烈な批判を覚悟して恐る恐るメッセージを読めば、短い文章で俺の細かな手の芝居に感動したことが書かれていた。



見逃されてしまう前提でしている細かな動きだ。

でもそれは俺がアルベール本人なら絶対にするであろうと思った、俺の中の譲れないこだわりでもあった。


どうしよう。

それを見抜かれた事が嬉しくてたまらない。

また観に来てくれるだろうか。



そんなことを考えながら、ウォーミングアップの為に劇場近くをジョギングしていた時だった。


突然後ろから突き飛ばされ、驚いて振り向けば俺が立っていた場所をトラックが猛スピードで走り抜けていった。


『突き飛ばされていなかったら、きっと舞台の悪役令嬢よろしく異世界転生してたな……』


一見冷静な思考から一拍遅れ、心臓がバクバクし始める。


思わず座り込みそうになった時、俺と通り過ぎていったトラックとの間にいた女性が先に腰を抜かしストンと横断歩道の真ん中で座り込んだ。


「大丈夫ですか?!」


庇ってくれたのであろうその人に更に心臓をバクバクさせながらなんとかそう言えば、


「あ。だ、大丈夫です。……! 寧ろ思い切り突き飛ばしてしまって!! 翔さんこそ大丈夫でしたか?!!」


思いがけない事に名前を呼ばれた。

ふと彼女が落としたカバンを見れば、アルベールの手作り衣装を着たクマのキーホルダーが付いている。


こんな漫画みたいな事ってあるんだな。


そう思いながらまだ震えが取れない手で彼女を抱き起せば、彼女が足の痛みに顔を顰めた。



「大変だ……すぐ病院に行きましょう!」


運良くすぐそばを走っていたタクシーを止め、半ば強引に彼女と共に乗り込めば


「リハーサル、遅刻しちゃいますよ?!」


彼女は自分の怪我よりも僕の事ばかり心配してくれる。



「夜の公演見にいらしたんですよね? じゃあ、帰り送るので受診が済んだら必ず連絡ください! 必ずですよ?!」


そう言って電話番号を渡した。

……はずなのだが?


どれだけ待っても彼女から連絡が来ることはなかった。



まさか、怪我が酷くて急遽入院になり連絡も出来ないのだろうか?


そんな事を思いながら、一幕後半に出番を迎えた時だった。

大見得を切る為、会場中をぐるっと見回した際にふと彼女と目があった。



『なんだ。いるじゃないか』


自分が考えるに実は腹黒なアルベールの思考につられたのか、腹の奥から黒い気持ちがこみ上げてくる。

普段なら分かりやすく怒りを露わに机を叩く場面で、口の端を歪な笑みの形に吊り上げて見せれば、いつもはヒーローの方ばかり見ている女の子達の視線が図らずも俺に釘付けになっているのが分かった。





幕間。


「佐藤さん、すみません。一生のお願いがあります!」


劇場スタッフの佐藤さんに訳を話して終焉後、彼女をスタッフルームに誘導してもらうことにした。



カーテンコールが終わり緊張しながら彼女の元に駆け寄れば、


「軽い捻挫なので本当にもう大丈夫です。そんな事より突き飛ばしてしまった翔さんに怪我がなくてよかったです。あの、なので私はこれで……」


そう言って彼女がまた逃げようとしたから


「ちょっとまってて」


そう言って大慌てで着替えだけ済ませて、まるで人質を取る悪役のように瞬時に彼女のカバンを掴んだ。





「どちらです?」


住所を知りたくてそう尋ねたのに、彼女はここからの最寄り駅を答える。

一瞬、近所に住んでいるのかとも思ったが、きっと遠慮してるのだろうと思い至り


「家まで送りますよ。どこです?」


そう車を減速させながら言えば、後ろから鳴らされるクラクションに耐えかねた彼女がようやく家を教えてくれた。





話がしてみたいと思っていた彼女と知り合えた喜びのあまり、随分強引にしてしまった。


……嫌われてしまっただろうか。


沈黙に耐えかねて、彼女の方を見れぬままその気まずさを誤魔化すようにステレオをいじった時だった。


「今日のカーテンコールも、すっごく素敵でした」


僅かに頬をバラ色に染めながら、彼女がそんな事を言ってくれた。


「私、翔さんのカーテンコール大好きなんです。表情は明るくて元気な翔さん本人なのに、そこでのふるまいはアルベールのままで、ヒロインや仲間たちといつも楽しそうにじゃれ合って見せてくれるから……。アルベールは苦しい選択を迫られるキャラクターだから、その楽し気な姿を見せてもらえて、ホッとして劇場を後にすることが出来てます」


あぁ、どうして彼女はこうも俺のこだわりに気づいて欲しい言葉をくれるのだろう。


「ヒロインに向けて切なげに微かに手を伸ばす所のお芝居も細やかで、とっても素敵でした……」


運転中で良かった。

でなきゃきっと彼女を抱きしめてる。





紳士らしく、彼女を送り届けすぐさま『おやすみなさい』と身を引けば、彼女が『おやすみなさい』と、ようやく素に近い表情で笑いかけてくれた。



その彼女の顔を思い出しニヤニヤしていた時だ。

また携帯がピロンと音を立てて着信を告げた。


知らない番号からのショートメッセージに誰だろうと思いそれを開けば、


『今日はお疲れの所わざわざ送ってくださり本当に本当にありがとうございました。これからも応援しています』 


そんなメッセージと共に『絵梨』と彼女の名前が書かれていた。



『こんな漢字を書くのか』


本名を知れた。

ただそれだけの事なのに、どうしようもなく浮かれた気分になった。

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