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  作者: 田中浩一
7/8

バイクと友情と愛


56



霧島市国分福山の牧の原地区を頂上に、国分敷根地区までのおよそ8キロの坂道。

亀割バイパス。

下り坂には、「エンジンブレーキ」の大きな黄色い看板が建てられ、道路左側には、大量の砂を盛られた、「緊急避難所」が造られている。

長い下り坂で、ブレーキがベーパーロック・フェード現象を起こして利かなくなった、主に大型トラックなどが突っ込んで止まるところだが、ペンペン草が生えている。

現代の車には、必要なくなっているのかもしれない。


警察航空隊のヘリコプターから、随時連絡が入る。

パトカーが一斉に聴いているだろう情報が、城島隼人と中島守人にも伝わる。

「まるで二台のバイクは、レールの上を走っているようです。あんなに高速でテール・トゥー・ノーズできるものなのか?」最後は疑問符で終わっていた。

位置情報の他、国分敷根では道路封鎖が完了したとも、伝えられた。

「いよいよ、フィナーレだな」

城島隼人は、うそぶく。


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ほぼ直滑降を時速100キロ超えで、下っていく。

前傾姿勢からその下りの角度はそう思えて仕方ない。

おかしなものだ。そう、美凪は、考えていた。

上野あけみが急制動を掛ければ、二人とも木っ端微塵になるのに、それをしないし、美凪もそれはしないだろうなと思っている。

変な連帯感、信頼感。

これが、レースライダー?

ブレーキランプが点る。

上野あけみが、左手で手招く。

罠か?

美凪は緊張する。けれど、行かなきゃ何も起こらない。

進む。

上野あけみも横に来ると見るや、シールドを上げる。

並ぶと同時に、突然投げよこされる、手帳サイズの携帯カバー。

胸で受けて、左手でキャッチ。

見慣れたカバーに美凪は、勇二のスマートフォンだと確信、カバーを握ってみる。

ソフトカバーのその下に、輪っか、らしきものを触識する。

指輪だ。

でも、なぜ?

その瞬間、感覚で上野あけみに、美凪の疑問が通じたのか、それともそんな疑問を持つことが折り込み済みなのか、

「メールを」と口パクで、伝える。

美凪はジャンパーのポケットにしまう。

それをみて、上野あけみはスルスルとアクセルを開けて、加速する。

刹那、美凪は、

「死ぬ気だ」そう直感した。

プルクラッチ。

シフトダウン。

ミート。

アクセル全開。

死なせればいいじゃない。

心の美凪が、そう言う。

生かせて罪を償わさせるの?

もう一人の自分自身がそう言って、嘲笑う。

もう、誰も死んではいけない。

美凪は言う。

父親殺し、父親殺し。

心の美凪が唄う。

でも、でも・・・。

わたしの大切な勇二を殺そうとした。

確かにそうだ。許せない、勇二を勇二を!

そうだ。だからあいつは死んでもいいんだ。

でも、でも。なにかが違う。

そう思いたいだけ。自分よがりはやめろっ。

違う、

違う、

違う、

違う。

そうじゃない。

何が違う?

それは・・・。

それは?

「これからわたしが確かめるっ!」

美凪は、上野あけみの右横に並ぶ。

シールドを開けると、鋭い風が皮膚をつんざく。

「止まって。お願い。死なないで。変えられない人生なんてないから。遅すぎるなんてことない。だから、止まって。見つめて、自身を」

叫ぶ、美凪。

上野あけみは、笑う。でも、その笑顔に嘲笑はない。優しい温かな、微笑み。

死なせて。

上野あけみの、口パク。

「ばかっ!」

美凪は叫びながら、左足をだす。

上野あけみのバイクのリアブレーキを踏む。

左手を伸ばす。

アクセルを戻す。

フロントブレーキを引く。

「やめてぇぇぇぇ、死なせてぇぇぇぇっ!」

上野あけみが絶叫する。


「二台が接触。速度が落ちていきます」

警察航空隊ヘリコプターが伝える。

坂道も残りわずかで減速、二台のバイクは平坦な道に辿り着く。

目の前には、警官たち。

倒れこむ上野あけみ。

「確保っっっっ!」と警官らが、群がる。

その倒れた上野あけみを庇うように、美凪が叫ぶ、

「人間として、扱ってくださいっ!この人は人間の女性なんですっ!心底、犯罪者じゃない。助けてあげてっ、あなたたち、秩序を、守る番人なんでしょ?」

それが、葛城美凪の出した、答え。


58


葛城美凪は、城島隼人と後部座席に、二人でいた。

事件の話が出るから聞かせられないと、中島守人は外に出され、角刈りの運転手も自ら外に出た。

「お手柄だったね」

開口一番、城島はそう言った。

てっきり油を絞られたあげく、免許は長期免停、高校は退学。あぁ、そうだ。交通刑務所に入れられるかもしれない。

そう思っていた。

警察憎しの頃は、その覚悟もあったけれど、今はどこかに消え失せていた。

消し去ったのは、中島守人に井上勇二。この二人だ。

「天文館を暴走していたオートバイと、型は似ているが、証拠はない。ライダーの顔も確認できていない。いや、男か女かもわからない」

うつむいていた目を上げて、城島を見る。

笑っていた。大人の優しい笑顔。

「井上勇二君はきみを助けようとした。奪われた大切なものを取り返すために、追いかけたに過ぎない。そして、ハンドルを蹴られて、殺されかけた。

行きすぎた暴走も見られなかったと、報告が上がっている」

ウインクする。

続ける。

「そして、今日きみは、犯人を逮捕した。警察が身内を殺されたときの、熱の上がりようをきみは知らないだろうが、全署員がきみに、感謝してるよ」

話し半分にしても感謝されるのは、悪い気はしない。

それにこのまま行くと、明日からも普通の生活が送れそうな気がしてきた。いや、実際そうなるだろう。

でも、そんなにうまい話があるだろうか?

「きみは今、出来すぎた話だと思ってるだろうけど出来すぎた話なんてものは、出来すぎたように誰かが作り上げるわけで、今回の作者は、僕なわけだ。

つまり、出来すぎた話は良いように出来すぎていて、そこに、誰にも屈しない力、今回は僕の権力が加われば、それで出来すぎた話は完結するんだ」

美凪は、父のことを思い出していた。あのときも、冤罪という、でっちあげで父は逮捕され、酷い取り調べの末に、命を落とした。

権力は使いようで、正義にも悪にもなる。

わかっていたようで、いざ目の前に出されると、自分の力の無さを実感する。

「見ていてくれ。僕は『国民の命と生活を守る警察官』だ。ねじ曲げられた正義に僕が、僕の仲間たちが、たたら吹きからやり直し、火打で焼き直しをする。

白いものに我々が勝手に、色を塗りたくっては駄目なんだ。行動で示す。必ずっ、必ずっ!」

城島隼人がそのくだりを熱弁する頃には、外のふたりにも、駄々漏れで聴こえていた。


59


美凪と守人が自由になったのは、夕方まだ、日の残る頃だった。

守人は先に、事情聴取が終わり、美凪を待っていた。

親が来ていないのは、城島隼人の配慮かもしれない。

すべてが終わったような気がしていた美凪は、勇二のことが気になり出してたまらなくなった。それで、

「中島くん、井上くんはどうなの?」と訊く。

「さっき、葛城のお母さんからメールで、井上病院に移ったって。葛城のスマホには、来てない?」

見ていなかった。

見ると、「井上くん、復活。井上病院に転院。お粥ならOK。お風呂も短めなら、うわぁ~ぉ」と書かれている。自分の母ながら、若いなぁと思い、笑ってしまう。

それは、勇二が生きていたことの喜びから来る、笑顔。

井上勇二からもメールが来ていた。

かなりの長文で、一気には読めない。

ちらっと冒頭を読んで違和感を覚えながら、後回しにする。充電もないから「電源を切る」ボタンを押す。

勇二のことで頭が一杯で、勇二のスマートフォンの居どころを忘れていた、美凪だった。

バイクに跨がる。

ヘルメットがないから、守人は路面電車経由のJRで帰宅する。

「気をつけて」

守人が手を振る。

走り去りながら、左手でVサインを贈る。


あっいう間のように思えた。

もう帰らないかもしれないと、意を決して飛び出したのは、今日の朝のことだったのに、今は勇二に会いたい一心でいる。

とりあえず洗面所で顔を洗い、うがいをした。ほんとならシャワーを浴びたいくらいだけれど、そんな事、後回しにするくらい会いたいと思う。

勇二のお母さんが、受付で話していた。

時間が過ぎていたから、もう他の受診者たちは、いない。

受付も、帰る前の挨拶だったらしく、そそくさと去っていく。

「今晩は」

美凪は小声で、お辞儀する。

「あら、待ってたのよ。て、勇二が、だけどね。さっき、寝たみたい。でも、顔だけでも見ていって。あたしは汚れ物持って帰らないと。ほんとに高校生は、臭うわ」とケタケタ笑って、手を振りながら、夜の通用口から出ていく。

「あっ、美凪ちゃんと同じ部屋だから」

後戻ってきた勇二の母が教えてくれた。

ありがとうございますと会釈する。

どこだったっけと探していると、見つけた「井上勇二」のネームプレート。

ドアを開ける。

「今晩は」

挨拶してみる。

一人部屋。

明かりは点いていた。

消灯まではまだ、時間が、ある。

眠っている勇二の寝顔を見る。

良かった。と思うと、知らずに涙が溢れてくる。

丸椅子が枕元にあった。お母さんが座っていたのだろう。

可愛い寝顔だなと思っていると、自分が病院で寝ていたときの勇二の気持ちを、思いやる。

「こうやって見てたのか」

顔を近づけてみる。

体温を感じて、顔を離す。

笑っている自分に気づく。

「わたし、おかしくなったかな?」

そう呟きながら、そっと、キスをした。

10数えようと思っていたら、涙が出てきた。

体に震えが来て、気がつけば、抱きついていた。

怖かった、怖かった。

口づけながら、モゴモゴいう。

もう大丈夫。もう大丈夫。

涙は止めどなく頬を伝い、勇二の顔に滴り落ちる。

「しょっぱっ」

いきなり言われて、美凪は起き上がる。

「お、おおおはよう・・・」

どもる。

「あぁ、美凪。良かった。大丈夫だったんだ。夢じゃないよな?」

瞬きする勇二に、

「リアルだよ。CGでもARでもないから」と泣きながら笑う。

「わかんないよ、夢かも。何度も見たし。つねってみて」

病人をつねれるわけもなく、また、キスをする。

「うん、リアルだ」

勇二は、「お互い無事で良かった」と、年寄のようなことをいう。

「なぁ、美凪」と勇二。

「なに?」と美凪。

「俺さ」

「うん」

「美凪のこと」

「うん」

「骨まで愛してる」

「うん?」

「骨折仲間だけにぃ~」

「・・・・・」

「あれ?ウケなかった?」

美凪はそっと、左頬を勇二の左胸に、載せる。

「わたしも勇二のこと、骨まで愛してるよ」

「下から見られると、鼻の穴、丸見えだな」

勇二が言うから、右手の人差し指と中指で、鼻の穴に栓をする。

「苦しいです」

そう言う勇二に、起き上がり、何度も何度も、キスをした。

「ありがとう。ほんとに」


60


翌日の学校も普段通りだった。

何も知らないみんなのなかに、守人と美凪は、これが日常か、と思い、私たちは貴重な体験をしたのかもしれないと思っていた。

昨日、帰宅してからも、

「勇二くんのお見舞い?意識を取り戻して良かったね。若いから治りは早いよ、美凪みたいに」と母に言われ、

「う、うん。一旦帰って着替えてから、バイクで行ったの」とお見舞いに行ったことは確かだから嘘ではないと、自分に言い聞かせながら、答えた。

一旦帰った時間が、朝と夕方で違いはあったけれど。

心配させるからと、上野あけみとの事は、黙っていた。

「ねぇ、お母さん」

「なに?」

「嘘つきって嫌いだよね?」

「好きな人はいないよね。でもね」

「うん?」

「子供のつく嘘は、嫌いじゃない」

首をかしげる美凪に、由美子は言う。

「それは、子供が自力で成長している証拠だから。もちろん悪い嘘は駄目って叱るけど、相手を思いやる嘘や誰かを庇う嘘は、しょうがないよね。嘘も方便ってやつだよ」

ひょっとしたらお母さんは、何もかも知っているのかもしれない。

「美凪もいずれ、あたしのもとから巣立つんだから、あたしを超えるための嘘なら、許すよ」

美凪が棒立ちのままでいるのを、由美子は抱き寄せて頭を撫でた。

「ずっと、あたしの子だもん。それは変えられない」

指輪を返すのは、お母さんが犯人逮捕の知らせを受けてからにしようと、美凪は思った。



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