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  作者: 田中浩一
6/8

バイクと友情と愛


46


駐車場出口で、上野あけみはバイクを止め、煽るようにレーシング(空ぶかし)をする。

「駄目よ。挑発にのっちゃ」

美凪は、すでにバイクに跨がり、ギアを入れる勇二のジャンパーの裾を掴む。

「今、逃がしたら、今度いつ会えるかわからない。深追いはしない。追跡して居所を掴む。それか、警察が来るまで、追いかけるだけだ」

美凪はそれでも裾を離さない。

それを見て、

「大丈夫だよ、無茶はしない。必ず帰ってくるから」

優しい笑顔でそう言う。そして、

「美凪が生きてる限り、絶対ひとりにはしないよ」

ハッとする美凪。

それは奇しくも、父が母に送ったプロポーズの言葉。

上野あけみが、一段と甲高いエキゾーストを響かせる。

「警察に電話して」

勇二に言われて、スマートフォンを出す瞬間。

勇二はバイクを出した。

「あっ!」

勇二が後ろ手に、ピースサインを送る。

それを見た上野あけみが、出口からゆるゆるとスタートを切った。

美凪は、城島隼人に電話する。

「はい。城島」

「葛城です。今、目の前に上野あけみがいます。ドルフィンポートですっ」

早口すぎたかと思ったけれど、

「了解した。緊急配備する。きみは安全なのか?」

「わたしは大丈夫。でも、井上くんが」

「追ったんだな。わかった、警察が何とかする。きみは、そこにいなさい。もしものことを考えて、パトカーで送る」

通話が切れた。

一歩二歩と、駐車場出口に歩く。

勇二のバイクのエキゾーストサウンドが遠くで聴こえる。


47


大きな交差点は必ず、左折。

一車線の路地に入ると、右折。

そして、大通りに出るときは、左折。

信号はもちろん、無視。

ぐるぐる回っていると思ったら、今度はマイアミ通りを走る。

路面電車の走るいづろ通から天文館通を突っ切り、文化通り、二官橋通り、高見馬場交差点では左折。

このまま走ると、鹿児島中央警察署に出る。

土地勘のない奴なのかと、赤いテールランプを睨みながら、勇二は一定間隔を保つ。

上野あけみも、それほど飛ばしてはいない。

天文館公園が見えてきたときだった。立体駐車場の壁に、赤い光が映った。

パトカーだと知った上野あけみは、公園を左折。飛ばし出した。

勇二も追従する。まだ、無理はしていないだろ?そう、自分の中の美凪に、問いかける。

国道225号線に入ると、照国神社方面に走る。

そのまま行くかと思いきや、突然照国町交差点を右折。比較的大きな交差点を、右折するのは初めてなので、勇二も焦った。ウインカーはもちろん出していない。しかも加速した。

勇二も、シフトダウン、ミート、アクセルオン。

空冷四気筒が咆哮する。

と、今来た交差点と県文化センター前交差点との中間で、速度を落としている。

パトカーでも来たのかと、周りを見るも、それらしき姿はない。遠くで、サイレンが聴こえる。どうやら、まだ樋ノ口町辺りを探しているのかもしれない。

並べる速度になった。

一気に上野あけみに並ぶ。

すると今度は上野あけみが加速する。

また、減速。並ぼうとすると、加速。

繰り返す。

交差点を左折。

国道10号線にあたる交差点も左折。

次も、そのつぎも。

気づけば、中央公園をぐるぐる回っている。

バカにしてるのかと、思っては見たけれど、このままだと警察に囲まれるぞと、要らぬ心配をする勇二。

何周目か忘れる頃に、いきなり加速した。

ウインカーを出さないから、今度はどっちに行くかわからない。追いかけるしかない。

前からパトカーが来た。すれ違う。助手席の警官が指を差すのが見える。

さあさあ、年貢の納め時だと、勇二が思ったとき、上野あけみが左手で手招きする。

行きすぎたパトカーが、交差点で回頭しているのがミラーに映る。

勇二は慎重に、並ぶ。

シールドを上げた上野あけみが、指輪を噛みながら、笑いかける。

心底ゾッとする顔だった。

人と亡人の合間を何て言うのか知らないが、それだろうと、見当をつける。

見すぎていた。

上野あけみが左折。

被さるように、倒れかかる。

くそっ。勇二は加速。

すり抜ける。

だが、次の瞬間。

並んだ上野あけみが、左足を伸ばす。

ヘルメットの死角から突然伸びてきた、脚。

ハンドルを押す。ほんの軽く、ちょっとだけだったかも知れない。

230キロのボディは、まるで強風に吹かれる枯れ葉のように、回転、宙空へと舞い、落下、そしてまた、跳ねあがる。

手は離さなかった。したたかに、身体中を打ち付けた。最後に落下したとき、不覚にも、手を離し、跳ばされた。

シールドは割れ、世界が赤く染まり始めた。

赤く染まる世界の中に、愛車を見つけた。立とうとして右手があらぬ方に曲がっているのを知る。

右肩を路面にこすりながら、左腕と左足で、這いずる。

左手が、バイクの凹んだフューエルタンクに届く。

「ごめんな。俺のゼットワン」

言葉にならぬ言葉を呟く。

意識が遠のいてゆく。

「美凪、美凪・・・」

その後ろから、上野あけみが近づいてくる。


48


上野あけみは勇二の、破れたボディバッグから飛び散った持ち物を品定めするように見ていたが、ひとつ、ファスナーつきの手帳ほどの大きさの物を取り上げ、中身を確かめると、胸元のファスナーを下ろして中にしまった。

「上野あけみっ、その場を動くなっ!」

Uターンしてきたパトカーが威嚇する。ひとりが降りて近づく。

待てと言われて待たないのが犯罪者だ。

きびすを返すと直ぐにバイクを発進させる。

すると、目の前にもパトカーが道を塞ぐように、斜めに停車。

「動くなっ!」同じことを言う。

上野あけみは、ゆっくりと左に曲がる。そこは、中央公園の地下駐車場入り口だった。

よしっと思ったのは警察だ。一台が入り口を塞ぐように停めると、もう一台が出口の方に走る。すぐに辿り着いて、出口に横付けして塞ぐ。

車内では無線で現場の状況を伝えている。すでに、救急車も呼んでいた。

近くに救急病院があったのか、直ぐに救急車はやって来た。

パトカーも、続々集まってきて、中央公園をぐるりと囲むほどになった。

まさに、蟻の這い出る隙間もないほどだったのだが・・・・・。


49


ドルフィンポートの美凪の元に、乗用車が止まる。

運転手は見知らぬ、角刈りにスーツ姿の男性。

「大丈夫か?待たせた。乗りなさい」

後部座席の窓から顔を出したのは、城島隼人だった。

美凪は、勇二が去った方角を気にしながら、乗り込む。

そんな美凪を気遣ってか、

「警察が威信をかけて追っている。大丈夫、捕まえるさ。それに、彼も」と力強く声をかける。

無言で頷く美凪だった。

美凪を乗せた乗用車が仙巌園前を通過しようとする時、城島隼人の携帯が鳴った。

「失礼」

そう言って、スーツの左ポケットからスマートフォンを出す。

「はい。城島」

話し出して、数秒後。

「なんだとぉぉぉぉ!逃げられたぁぁぁぁっ!」

城島隼人の地声の大きなことは美凪も知っていたけれど、その時の怒声には、飛び上がらんばかりに驚いた。角刈りの運転手も、声に圧されて頭を前に倒す。

その後は、窓側を向いて、囁くように喋っていたが、夜の暗がりに反射する窓ガラスに映る城島隼人の苦渋の顔を、美凪は見ていた。

城島の口元が、井上、事故、病院と単語を続けている。

通話を終える。

城島が振り返ると同時に美凪が、問いかける。

「井上くんがどうしたんですかっ?病院って?事故って?」

「落ち着きなさい。まずは井上君の家族に連絡したい。電話番号を教えてほしい」彼のスマートフォンが見当たらないとも言う。


49


美凪が自分のスマートフォンから電話番号を教えると、

「それで、井上くんは?」と訊ねる。なにかが喉を圧迫して、吐きそうだった。

城島は、視線をそらして、前を向きながら、ゆっくりした口調で答える。

「大変、危険な状態らしい」

「もどってくださいっ!病院へっ、井上くんのところへっ!」

叫ぶ、美凪。

角刈りの運転手は、城島署長の命令の前に、車をUターンさせた。

ボタンを押す。

屋根の一部が反転、パトライトが赤く回転する。

サイレンを鳴らす。

鹿児島市立病院へと、飛ばす。


50


面会謝絶、絶対安静。

井上勇二は、ICU(集中治療室)に、いた。

駆けつけた家族も、会うことが許されない。

医者である勇二の父が、担当医から話を聞いてきてからの、落胆した表情を見て、美凪ならずとも、そこにいたみんなが、視線を落とした。

「神様・・・」

美凪は、祈る。


城島隼人は署に戻ると、陣頭指揮をとった警部の説明を聞く。

「上野あけみを、中央公園地下駐車場に追い詰めました。出入り口を封鎖。人の出入りする階段、エレベーターにも署員を配置。万全で望んでいました」

警部は汗をかいていた。顎から滴る。それほど太っているわけではない。室温も寒いくらいだ。

ただひとつ。城島隼人署長が、熱気をはらんでいることを除いては。

「地下駐車場、管理室の監視カメラの映像です」

パソコンから送出された映像が、プロジェクターに映し出される。

上野あけみがバイクを、1.5トン貨物の前に止め、荷台から梯子を引き出し、その上をバイクを走らせ荷台に積み込むと、自分も次いで乗り込んでいく。

一分もしないうちに、赤いコートの金髪ロングヘアーの上野あけみが、荷台から飛び降りる。

「ここまでを見て、我々は、上野あけみを金髪ロングヘアーの赤いコートの女と認識。階段並びにエレベーターから上がってくるのを、待ちました」

い並ぶ警察官の前で、汗を拭く。

続ける。

「しかし、そのような女は、どこからも出てきませんでした。そして、次にこの映像です」

それは、階段とエレベーターの昇降口の監視カメラの映像だった。

赤いコートの上野あけみが、壁に吸い込まれていく。 居合わせた警察官らが、息を飲む。

「これは、監視カメラの角度によるもので、実はここにトイレがあるのです」

相変わらず可哀想なほどの汗をかきながら、警部は続ける。

トイレと思われる壁から、ニッカポッカにファー付のジャンパーを着た、スキンヘッドの小男が出てきた。

眉毛はなく、マスクをしている。

黄色い工事用ヘルメットの顎紐を首に、後ろに垂れ下げた格好で、階段を上がっていく。

「これが、上野あけみです。そして、我々は、みすみす目の前を通りすぎる被疑者を、捕らえることができませんでした」

警部は、主に署長に向けて、頭を下げた。

そしてさらに、顔を紅潮させて、眉根を寄せて、

「このあと、現場付近の個人店のバイク店が襲われ、店主所有のオートバイ、ホンダCBR1000RR、色、レプソル、つまりオレンジに近い色、一点が盗難にあっております」

城島署長が目を見開く。

警部は脱水症状で、今にも倒れそうだった。


51


意識不明。

祈るしかない状況で、井上くんのお母さんが、着替えや諸々の物を取りに行かなければならないから、あなたも乗せていくわと、美凪は帰ることになった。

一時も離れたくはないけれど、会うことすらままならず、まして家族のなかにいることが、はばかられた。

車内では何も言えず、家の前まで送られて、ありがとうございますと、お辞儀をする。

「目が覚めたら必ず連絡するから」と言われて、彼女だと認められた気がして、涙が溢れた。

家では、由美子が起きて待っていてくれた。

「お腹は空いてないかい?」

首を横に振る。

「もう遅いから、寝なさい。明日には良いことがきっと、あるから」

そう言われて、うん、うん、と頷いては泣く我が子を、抱き締める由美子だった。

翌朝。

スマートフォンが振動した。

一、二時間ほど、うつらうつらしていた美凪は、井上くんのお母さんからだと思い、スマートフォンを取った。

画面には、「井上勇二」からの着信と表示されている。

出る。

油の切れた錆び付いた歯車のような声音で、上野あけみは喋る。

「誰にも言わずに、あんたのお父さんのお墓においで。来れば、あんたの大切なものを返してあげる」

一度、学校に行く振りをして、日勤の由美子が出掛けたあと、家に戻る。

ジャンプスーツに着替えて、アライのヘルメットを被る。

城島隼人にメールを送る。

勇二とお揃いのジャンパーのポケットにしまい、ファスナーをあげる。もう見ることもないかもしれない。

Z900RSに火が入る。

「勇二・・・」

静かに、スタートする。

向かう先は、父高崎裕也の眠る、鹿児島県志布志市。


52


「僕も連れていってください」

そう電話をいれた中島守人は今、城島隼人のとなりに座っている。

朝の登校途中に美凪が、忘れ物をしたから取りに戻ると言って、帰ったきり戻ってこないので、守人もすぐにとって返した。

すると目の前を、美凪のバイクが行き過ぎるところだった。

一大事だと城島に連絡すると、城島も美凪からのメールを読んだばかりだと言う。

城島は国道10号線に待つ、守人を拾ってくれた。

「彼女はアライのヘルメットを被ってるんです」

乗るなりそう言う守人に、怪訝な顔で見る城島。

「これです」とタブレットをみせる。

「なるほど。GPSか」

すると、前席の角刈りのドライバーが、シートの間からマイクを渡す。

渡されて城島は、叫ぶ。

「容疑者上野あけみは、大隅半島鹿屋市かその周辺に潜伏している模様。全車、そちらに急行せり。曽於、志布志、鹿屋、肝付署にも、応援要請を打診せよ」

そして、苦虫を噛み潰したような顔になり、

「今度こそは、必ず逮捕する。いいか、全員聞けっ!けしんかぎぃ、きばっどっ!」

了解、了解と返答が続く。

上空には、警察航空隊のヘリコプターが、先に飛んでいく。


霧島市国分下井海水浴場を右に、交差点を過ぎると、三差路になる。

左に建設会社の巨大な看板を見て、美凪は右へと進路をとる。

左に行けば志布志市に多少近いけれど、ずっと山道だ。海岸線のこちらの道を選んだ方が、飛ばせる分、意外と早いかもしれない。

そう美凪は考えた。

その三差路の付け根のコンビニから、そろりと赤白のバイクが、美凪を追い始める。

プルクラッチ。

シフトダウン。

ミート。

一気に美凪のバイクを抜き去ると、蛇行を始める。

こいつだっ!美凪は一瞬にして悟る。

油断している道中に襲ってきたんだ。

福山地区の坂を登り始める。

亀割峠。

霧島市国分福山の名産、黒酢のカメを運ぶときに、揺れたり落としたりで割ることが多かったことから名付けられた。

蛇行する中央黄線の二車線の山道。

山の木々が覆い被さるように繁っている。

すぐに頂上に着く。右眼下に海が見えた。

と、すぐに左に、急坂を下る。

すぐに右カーブ。まさに、下りのヘアピンカーブ。

その時、美凪はあることに気づいた。

上野あけみのバイクのブレーキランプが点りっぱなしだった。

勇二が言っていた、普通と大型では、雲泥の差があること。上野あけみはレーサーだけれど、大型バイクのレースには出ていないこと。

そして、公道では経験が浅いのではないかと言うこと。

最後は美凪の憶測だが、外れていないと、確信する。

勝機はある。

今こうして走りあってることに、なんの意味があるのかわからないけれど、上野あけみは狂ったその頭の中に、未だにレースの勝ち負けの記憶だけが残っているのではないだろうか?

寂しい人生を送ってくると、過去の一番輝いていた頃の記憶だけが、甦ってくる。

上野あけみはその栄光に、すがっているのではないか?

「可哀想な、ひと」

美凪は呟くと、牛根地区の狭い二車線をウネウネと走る。車道沿いに家々が立ち並んでいる。年配者が、平気で道を横断する。

右カーブ。

上野あけみの目の前に突然現れる、お婆さん。

すれすれでかわす。

倒れるお婆さん。

美凪も距離をおいてかわす。

ミラーで見ると、

「こあーっ、あんねどがぁ!」と手にした大根をふっている。

安心して、上野あけみを追う。


53


いつ、上野あけみは父を好きになったんだろう?

ふと思う。

海岸線の緩やかな道になる。

遅い冬の朝日が、すぐ横に静かに凪る海に時を知らせる。

喘息を持っていた父高崎裕也は、幼い美凪と遊ぶときも、休み休みだった。

時に咳き込む父の丸まった背中を小さな手で、「大丈夫?」と何度も何度もさすっていた。

笑いながら父は、「もう治ったよ。ありがとう、美凪」と抱き上げては、頬擦りしてくれた。

そんな切ない日々。

小さな心に思いやりと温かい気持ちを教えてくれた、父。

どうして?どうして上野あけみは、父を好きになってしまったんだろう?

寂しかった上野あけみに父が、ほんの少しの慈愛の水を注いでしまったから?それが発端。

でも、それは、だれもがする、思いやり。

いけないのは、上野あけみ。

そう、いけないのは、あの女。

目の前を走る、あいつだ。

二台のバイクは、朝の陽光の中を、疾走する。


54


国道220号線を走る。

やがて右に、道の駅たるみずと左に赤い小さなカフェが見えてきた。

いつか勇二と行ってみたいねと言っていた、バイカーたちが集まる、カフェ。

時速は100キロを超えていた。

見るものすべてが後ろへとすっ飛んでいく。

牛根大橋を渡る。その先にうっすら白煙を上げる桜島が、疾駆するバイクを見下ろしている。

上野あけみは、かなりな速度のまま左へバンク。

追走する美凪にも、そのリアタイヤが滑っているのが見える。

桜島の灰で滑るのだ。美凪はアクセルを戻す。

プルクラッチ。

シフトダウン。

クラッチミート。

加速。

一瞬、リアタイヤが滑る。

暴れる。

トラクションコントロールが収める。

前を見ると、離されている。

通称、佐多街道、国道220号線を南下する。

小さなコーナー。

最短をトレースする。

それでも縮まらない、距離。

なにかが違う。

プロとアマチュアの差。

ほんの些細なことも見逃すな。

守人の伯父さんが守人に語っていた言葉。

古江バイパスに入る。ほとんど信号のないバイパスを、上野あけみはさらに加速する。

頑張れっ、わたしたちのバイク。

美凪は心で叫ぶ。

わたしと中島くんと勇二のバイク。

旧道とぶつかる。

左バンク。

右手に鹿屋体育大学。

追う美凪も赤信号を突っ切る。

クラクションを浴びながら、左手を上げる。

あの日、勇二がしたように、ピースサインを。

鹿屋バイパスを、前走車を縫って走る。

右。

スラローム。

左。

カウンター。

ブレーキ音。

クラクション。

たちまち、道路は渋滞を引き起こす。

串良を抜けたのか、今はどこだろう?

巨大な銀色のかぶと虫二匹が見える。

菱田川、安楽川を渡る。

志布志市志布志町志布志の看板が目に入る。

ゆっくりしたツーリングなら、楽しめたろうにと、美凪は思う。

これが片付いたら、勇二とツーリングを。それには、勇二の意識が戻り、元気になってくれなければ。

ふたたび、祈る。

「神様、勇二を助けてください」


55


志布志市の、町の中。

正面からパトカーの集団が迫る。

見上げれば、警察航空隊のヘリコプターが、見つけたとばかりに、旋回している。

大変なことになってるな。

美凪はそれでも、「なんとかなるわよ」と舌をだす。

突然、上野あけみが左バンク。

パトカーも、追おうとするけれど、その鼻っ先を、美凪がバイクごと畳み込むように、左バンク。

県道63号線を、峠道を、登り始める。

登りきると、平坦な道になる。二車線のまわりは田畑が広がる。時おり、思い出しように、人家や個人商店、聞いたことのある企業の工場。そしてまた、田畑が広がる。

パトカーも、サイレンと警告の交響曲を辺り一面、響かせながら追ってくる。

下りに入る。と、思えばまた、上り。

アップダウンが激しくなる。

道を被うような樹木。道にばらまかれた、枯れ葉。

上野あけみは、焦りを感じていた。

コースを走るのとは訳が違うとは、鼻っからわかっていたけれど、バイクは重く、道はスリッピーだ。

電子制御の化け物と化した、今のオートバイだから、足りない腕をカバーしてくれている。

ミラーを見る。

真後ろについている。

「スリップストリームっ!?」

上野あけみは少し驚いたけれど、ならば、バックストリームで、自分も速度が上がっているはずだと、笑う。

ただ、それは、上野あけみの思い過ごしで、サーキットならいざ知らず、公道ではそれほどではない。

見よう見まねで、くっついてみた。

ブレーキングされたら怖いなと思いながらも、なんだか楽に走れているように感じる。

逆に、テールにぶつけそうになる。

観察していた。

上野あけみは、コーナー侵入ギリギリまで、ブレーキをかけない。それはテールランプが点らないことからも明らかだ。

そうか、ブレーキを遅らせるのか。

美凪が導きだした、答え。

それから、離されなくなった。

陸上自衛隊福山演習場が、見えてきた。

三差路を左へ。

ここから、長い長い下り坂になる。

バイカーたちには、心臓やぶりの下り坂だ。




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