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  作者: 田中浩一
1/8

バイクと友情と愛


1


葛城美凪(かつらぎみな)は、母、由美子が遅出の看護師の仕事に出掛けるとすぐに、バイクのカバーをはずす。

黒のジャンプスーツに、シンプソンのマッドブラックのヘルメットを被る。

高校生になってすぐに、バイクの免許を取った。

学校では、バイク通学禁止でなおかつ、免許取得も、やむ終えない家庭の事情によるアルバイトで、使うことを前提に許可している。

見つからなければ、大丈夫。美凪の口癖。

葛城由美子は、女だてらに、大きなオートバイに乗って、危ないわよ、彼氏も出来ないわよ、早死にするわよと、耳に痛いことばかりを言うけれど、結局は許してくれた。

それは、美凪がまだ中学生の時に起こった事件に、起因している。

許す理由なのかどうかは、由美子にもわからないけれど、母ひとり子ひとり、心配もし、信じてもいるのだった。


美凪がバイクに跨がると、スターターを押す。

並列(直列)4気筒DOHC948㏄エンジンが、目を覚ます。

はじめ早鐘のよう、やがて、乗ってくれる嬉しさを噛み締めるように、落ち着いたエキゾーストサウンドを、奏ではじめる。

美凪はゆっくりと、夕暮れの街に走り出す。


2


錦江湾(鹿児島湾)に足早に沈む夕陽。

あっという間に、全てを吸い込む、夜が来た。

仙巌園前の信号を、美凪は左に走らせる。海沿いの道は、磯海水浴場を左に、緩やかなカーブが続く。

目指すは、天文館。


井上勇二(いのうえゆうじ)中島守人(なかじまもりと)は、天文館通にいた。

「今夜はおばさんが、遅出出勤だから、来るぜ」

勇二が、斜め上に山形屋を見やりながら、うそぶく。

「へぇ~」

守人は、面白くなさげに返す。

だいたい、鼻高々な態度が気にくわない。

井上病院の次男坊。そこに勤める美凪の母さん。だから、勤務表を盗み見ることもできるらしい。いや、実際やっているのだ。

一方、母子家庭の一人っ子の守人はそれでも、学校一の秀才で、なぜこんな偏差値の低い高校にいるのかと、会う人会う人に訊かれるほど。

決まって答える。

「貧乏でカネがなくて、地元の歩いて通える高校が、ここしかなかったから」なのだ。

それに、守人は勇二に嫉妬していた。

それは、美凪がバイクに乗り始めたきっかけが、勇二だったからで、つまりは、守人よりも先に、美凪と勇二は知り合っていたのだ。

思い出すのも腹ただしい、あの夏。


3


高校一年の初夏。

その年の4月から、井上病院に勤めだした母、由美子にお弁当を届けに、美凪は受付前の並んだ椅子に腰かけていた。

ほどなく白衣の由美子が、受け取りに来た。

短い会話のあと、慌ただしく由美子は勤務に戻っていった。

誇らしい母。

あんなことがあっても、前向きに健気に頑張っている。見ていると、美凪も元気づけられる、そう思う。

駐輪場に向かう。

よく晴れた小春日和の日曜日。

革ジャン姿の少年が、緑色の大きなオートバイをバックで出しているところだった。

しばらく、待つ。

出し終わると見ると、軽く会釈して、自分の自転車に向かう。すぐ、隣だ。

「あれっ、君は同じクラスの、確か・・・」

そう声をかけられて、美凪も少年を見る。確かに見覚えがある。

「葛城ですけど」

自ら名乗ると、

「そうそう、葛城さん。僕は井上勇二です。この病院に用事?誰か入院してるの?」矢継ぎ早に質問するから、

「母が看護師で、お弁当を届けに」と答える。

「そうなんだ」

「オートバイ。大きいですね。井上くんの?」

今度は尋ねられて、勇二は少し嬉しそうに、

「そうなんだ。古いバイクで。学校には内緒ね」ウインクする。

オートバイのことを訊かれて嬉しそうなので、もう少し訊いてみる。オートバイと言えば、

「うん。これ、速いの?」

「頑丈なんだ」

「なにが?」

「エンジンが」

「そう。で、速いの?」

「レースでも音を上げないエンジンさ」

美凪は、質問を取り下げることにした。

丈夫なエンジンのオートバイなんだ。それは、わかった。

「風を切って走ると気持ちいいんだ。乗ってみる?」

「免許いらないの?持ってないけど」

「後ろに乗るのは、タダだよ」

タダという言い回しがなぜだか、ウケた。

笑顔を見て、勇二はフックの、アライのフルフェイスを渡す。

少しブカブカしたけれど、勇二があご紐を締めてくれて、なんとか収まった。

スリムなジーンズを気にしながら、後ろに跨がる。

「僕の腰を掴んで」

言われるままに、腰に両手を回す。

勇二は、背中に全神経を集中させながら、初めてのタンデム走行に心弾ませた。


4


中島守人がその話を聞かされたのが、その年の夏休み直前。

守人も美凪が気になっていたから、こっそり幼なじみの勇二に相談したところ、驚愕の事実を聞かされたわけだ。

猛烈に嫉妬した。いっそ、勇二の背中の皮を剥いでやろうかと、インディアンの気持ちにもなった。あちらは確か、頭の皮だっけ?

そんなことを思い出していると、右手の交差点が突然、静まり返った。

土曜日の賑わう天文館通が、まるで海の凪のように。


鹿児島駅前の路面電車の踏切を越えた辺りで、美凪のスイッチがオンになる。

少し前傾に構え、シフトダウン。

軽く後輪がスリップ。でもすぐにトラクションコントロールが効く。

小刻みに、LEDテールランプが、閃光を曳く。

コントロールされたエキゾーストサウンドが、鹿児島市役所前を通過。

片側三車線、中央に路面電車の線路を挟んで、合わせて六車線の幅広い道路を、地面を滑空する戦闘機さながら、駆ける。

もはやシグナルは関係ない。ノンストップ、ゴーゴーだ。

右に山形屋。

大きな交差点。

右折して、天文館通が見えてくる。

シグナルは赤。

突っ込む。

右へバンク。

テールランプがゆらりと閃光を曲げる。

路面にうっすら溜まった、桜島の火山灰が、美凪をバイクもろとも、死へといざなう。

トラクションコントロールが、エンジンの回転数を抑える。

スリップしない。

立ち上がる。

シフトダウン。

後輪が、微少なゴム片を飛ばす。

エキゾーストが、渦を巻く。

交差点のすべての動きが凪まる。

天文館通に響き渡る、エキゾーストサウンド。

それが引き金に、群衆が歓声をあげる。

何度か走るうちに、集まるようになった、ギャラリーたち。

次いで鳴り始めるクラクション。


「来たっ」

勇二が、叫ぶ。

あっという間に、目の前を走りすぎる。

はるか後ろから、サイレン。

「そこのオートバイっ、止まりなさいっ、止まれっ、とまらんかぁぁぁぁぁぁぁ!」

美凪は、ミラーに写るパトカーにうそぶく。

「お前も、努力しろっ!」





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― 新着の感想 ―
[良い点] 著者のバイクに対する造詣が深いためか バイクに詳しくない私でもわかりやすいです。 また80年代の映画をみているような設定も ノスタルジーを感じとても良いです。
2022/05/08 22:28 退会済み
管理
[良い点] プロの小説家だと思った。 もしかしたら、本当に生業にしている人なのかもしれないと。それくらいに文章力が優れているのが、素人目の私にも分かった。 いままでみてきた中でも、一番かもしれません。…
2021/04/21 15:13 退会済み
管理
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