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11月 3年生よ。君たちは今最果ての理想郷を失った。

11月、本格的に実験が行われるようになった。

研究室に行き、実験装置を動かす。望むような結果が得られず問題点を考える。再度実験を試し、教授に相談する。色々話を聞いては色々試すがうまくいかない。そんな日々が続いた。


そんな中、僕らの学科でも研究室配属が行われた。


僕らの学科の研究室配属は少し変わっていた。配属の日に学生全員が集められ、成績順に学籍番号が呼ばれるのだ。そして黒板に書かれた研究室リストの中で、自分が入りたい研究室の名前の下に自分の学籍番号を記載していく。研究室配属と同時に自分の学科順位が学科中に晒される公開処刑も兼ねた一種の「祭り」なのだ。


募集人数は各研究室10人と決まっており、10人入った段階でその研究室には例えどんなに熱意があっても入ることができない。学生たちがどの研究室が最初に定員が埋まるかを賭けるのが毎年定番だった。


研究室の数は11、昨年僕らの研究室は下から4番目程の順位で定員が埋まった。今年は何番目で埋まるか、僕らは少しワクワクしていた。



研究室配属の日、僕らは一度研究室に集まった。集まったメンバーは麻雀等を通じてかなり仲が良くなった5人だ。本当はもう1人来たがっていたがバイトで来れなかった。


目的は一つ。


「居酒屋で研究室配属会を眺めたい」


ということだけだった。


研究室に集まったのはあくまでオマケの様なもの。せっかく大学の最寄で飲むのだから研究室に行こうというだけの理由だ。


幸か不幸か、今年の配属会は感染症予防の一環でオンラインで執り行われることが決まっていた。その為、インターネット環境さえ整えばどこでも観戦ができるのだ。だからこそ、我々4年生は愉悦の眼差しで、ビールジョッキ片手に拝みたいと思ったのだった。


配属会が始まる数分前に大学傍の大手居酒屋チェーンに行く。予約は済ませている。居酒屋は感染症予防の観点でどうなのか?と思われそうだが、政府は外食を積極的に進めるポイント制度を取り入れている。我々はまさに模範的国民だった。


最初に「乾杯」とグラスをぶつける。一人のスマートフォンをテーブルの真ん中に置き、配属会に接続させる。


『宴』が始まった。


着々と上位3つの研究室が埋まっていくだろうと眺める僕ら5人は思っていた。だが、そんな期待と裏腹に番狂わせが起きる。


昨年最下位だった研究室が突如猛烈な勢いで配属希望者を獲得していったのだ。これには全員驚き桃の木山椒の木。


こうなってくるとどこの研究室が定員割れを起こすか予想がつかなくなってきていた。しかしそれでも、僕らは心の中で「俺らのところはないだろうなぁ」と思っていた。


何せ、僕らは充実していた。教授も優しく、研究室も電子レンジ,オーブントースター,冷蔵庫完備。布団もあるし、なんだか知らないけれどバイト先から賞味期限の切れたカップ麺やドリンクを搬入する人もいて衣食住は完璧。それに加えて先月見つけた各種ボードゲームのお陰で娯楽にも困らない。


究極の理想郷(アヴァロン)、そこに人が集まらないはずがない。




3年生の半分ほどが配属先を選ぶ。しかし、僕らの研究室は2人しか希望者がいなかった。

グラスを傾けながらその様子を眺める僕ら。グラスの結露が滴るように、心の奥底から不安が少しずつ、少しずつと零れ始めていた。


「なかなか…埋まらないな。」


枝豆をつまみながら1人が口を開く。


「梅水晶美味しいね…」

釣られて僕も口を開く。


そうこうしているうちに、学部現役3年生がほとんど配属された。残ったのは留年した元僕らの同期だった者達や、ギリギリな人生を歩む成績の悪い学生ばかりだった。


もう既にほとんどの研究室が募集人数の8割以上を埋めている。





僕らの研究室は。



3人だった。


仕方がないので僕らは唐揚げ食べ放題を注文した。少し衣の多い唐揚げを貪り喰らう。期間限定のクーポンを利用して少し安く頼めるたのだ。


唐揚げを喰らい、各々の酒を飲む。そうしているうちに、配属先が空いているのは僕らの研究室だけとなり、僕らの研究室は不名誉にも「定員割れ」の烙印を捺されたのだった。


「終わったな」


絶望的な結果に皆、表情は暗い。何人かは顔が赤い。これはお酒のせいだろう。


「とりあえず唐揚げお代わり頼んでおいた。ついでに飲み物お代わり欲しい人いる?」

「僕はビールで」

「ワインをデカンタでお代わり」


その後は、普通の飲み会を行った。各々が思うように喋り、思うように飲む。緩やかに時間は過ぎていき、2件目に行くわけでも〆にラーメンを食べるわけでもなく解散した。


それからの11月は10月と変わらず研究に勤しんだ。特に共同研究者の方は実験のシミュレーションの方を行い理想とする実験結果の目安を割り出すに至った。この結果を目的に実験装置を試行錯誤して動かしながら近しい結果を求め続けたのだった。


しかしそれでも、限界はある。日に日に、僕らの研究会資料は内容が薄くなり始めていた。


それこそ、「漫画アプリで漫画読んで、ゲームしてました」と書くか迷うほどに。


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