10月 これは思い描いた研究室生活(ガーデンオブアヴァロン)
10月、僕らは大体週2で研究室に行くことにしていた。実験装置もあり、毎週データを取ったり取ったデータの解析方法を考えたり、はたまた実験装置のアライメントに一日費やしたりと、研究を行う学部4年生らしい生活が少しずつだが始まっていた。といっても、僕らは週2。他の研究室では週5で通う人なんかもいる。それらと比べれば僕らは比較的ゆるーく、それでもやる時はしっかりと研究をするのだった。
しかし週2で行くと言っても、共同研究者は大概週1になっていた。起きれなかったり電車が遅延したり体調不良だったり理由は様々だ。
あの出来事があったのも、共同研究者が休みの日のことだった。
「研究室、掃除しようぜ」
そう言い放ったのは、研究室の同期の中でも最高位のGPAを誇る、後に「英雄」と数多の同期から感謝される男だった。
本来研究室は、卒業前に一度大掃除を行う。しかし、今年は新型感染症の影響で先輩方は掃除をせずに卒業していってしまった。
故に研究室内は「これ、何?」というもので埋め尽くされていた。
僕と、「英雄」と、もう一人偶然研究室に来ていた男の3人で掃除は始まった。
手始めに捨てて良いのか悪いのかよくわからないモノを箱に詰め、棚の上にあげ、モノが散乱していたテーブルを一つ、自由に使える状態にした。
その他、様々な整理整頓を施していると、僕らはある玩具を見つけてしまう。それは…
「これ…バトルドームじゃないか…?」
説明しようッッ!!!バトルドームとは、4人で遊ぶピンボールゲームでありアメリカの会社が版権を持つ玩具である。日本ではツクダオリジナルによって発売されていたのが有名だろう。
そう、最近流行中の超!エキサイティン!!な玩具である。
ただ、研究室にあったのはツクダオリジナル製ではなくメガハウスから発売された、復刻版バトルドームだった。
一部の方々ならば、バトルドームと聞けば話の最後に「ドラえもん、バトルドームも出t…」と付け足してくれることだろう。
そんなバトルドームを見つけてしまった僕らは、当然のように掃除の手は止まる。4人で遊べるゲームだが、3人でもプレイ可能だった為に超!エキサイティン!!な時間は当然のように始まってしまった。やはり掃除とは、誘惑との戦いである。僕らはものの見事に負けてしまった。
カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ…
という爆音を奏でながら僕らはエキサイティン!した。後日改めて確認した結果、このカシャカシャ音は少し離れた他の研究室の入り口前まで響いていた。つまるところ…隣の教授の部屋には余裕で響いていたことだろう。
そして、掃除の過程で研究室で発見されたのはそれだけではなかった。なんと麻雀牌とマット、その他にも幾つかのボードゲーム(フリードマン・フリーゼの思わぬ拾い物、アークライトそれはオレの魚だ!等)が発見され、研究室でのQOLが爆上がりしたのだった。
それからというものは、「研究活動の息抜きの一環」と称してボードゲーム大会が頻繁に繰り広げられることになった。
「これはね。リセット、なんだ。ずっと研究をしていると偏った視点でしか物事が見えない。だから一度こうやってリセットする必要があるんだ」
麻雀をする僕らはそう言いながら牌を切る。
その時間は、僕にとってかけがえのない思い出だった。いつの日か思い描いていた研究室生活、「研究室で麻雀」という人生の実績を開放できたのだ。これは銀トロフィー。
この月だけで、研究室の一部メンバーとはかなり心の距離が縮まったと後になって思う。
大掃除を通じて生じた変化は他にもある。つながらないと思っていた僕らの研究で使おうと思っていたPCがインターネットに繋がったのだ。これによって、僕らの研究は大幅に進捗を生む…
なんてことはなかったが、大きな進歩だった。
といっても既にデータは各々のPCとクラウド上に保管しており、今更PCが使えるようになっても研究には使うことはなかった。
だが、研究以外では使い道が1つだけ残っていた。研究室のパソコンでなければできない研究以外のことが残っていたのだ。
研究室のパソコンと自分のパソコンの大きな違いは「ずっと電源を入れておいて問題がない」という事だろう。家のパソコンでは1週間丸々電源付けっぱなしにすることは難しい(僕が使っているのがノートパソコンだからというのが主な理由である)が、研究室のパソコンは24時間365日電源を入れていても問題はない(問題が無いという明確な理由はない)。
その点を考慮に入れると、研究室のパソコンは圧倒的に放置ゲームに適した環境であることがわかる。
しかしゲームをするにしても研究室のパソコンのスペックではろくなゲームが動くかどうかもわからない。長時間放置することを前提にしているのでなるべく負荷の少ないゲームである必要があるといえる。
それらの条件をすべて兼ね備えたゲームを、僕は知っていた。
そう、クッキークリッカーだ。
クッキークリッカー(Cookie Clicker)とは、2013年8月8日に公開されたブラウザゲームである。日本では、2013年9月のシルバーウィーク付近に爆発的な流行を見せた(Wikipediaより)ことは記憶に新しいことだろう。
このゲームは、画面上の大きなクッキーをマウスカーソルでクリックすることでクッキーを焼くことができるゲームだ。そして、焼いたクッキーを通貨の様に用いて様々施設を購入していき自動でクッキーを焼いていけるように環境を整えていくゲームである。
クッキーを焼いていく枚数は次第に増えていき、億、兆…京、そして見たこともない桁に至る。その増える数字を眺め、楽しむゲームだ。
究極の放置ゲーなのである。
それからというもの研究室では、僕は研究室のパソコンでクッキーを焼き、共同研究者は隣でプログラミングの勉強をする、という奇妙な光景が幾たびも目撃されたという。