3月 天気一転、幸か不幸か
これは、とある男子大学生の1年間を題材にした日記的私小説です。この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
就職活動を早い段階で終え、4月から卒研に取り組むことを意気込んでいた僕の元に、1通のメールが届いた。
内容を要約すると、こうだ。
『お前が取り組む予定の研究だけど、実験装置ぶち壊れてて直る見込みねぇから別の研究やれよ』
だ。
当時僕は、大学4年生という時間を優雅に過ごすべく様々な計画を企てていた。その内の1つが「ゆるーく研究に取り組んでゆるーく卒業する計画」だ。
就活を通じて学んだことでもあるが研究内容というのはそれ程重要ではない(あくまで個人の感想です)。大切なのは「その課題をどう考え、どう解決に導いたか」
…つまり研究結果よりもそのアプローチが重視されるのだ。院生はともかく学部生は特に。
故に僕は考えていた。
「ゆるく行こうぜ~」
宛らBOOK-OFFのCMのそれである。
その為に、研究室配属が決まったその瞬間から共同研究者を1人囲い込み、早期の段階で「俺は~と組む」と周りに言い続け確約を得て「1人で研究する」という状況から逃れていた。
余談だが、自分の所属する研究室は特に研究テーマが少なく、多くの学生が2人程で1テーマに取り組むようになっていた。不幸中の幸いとも言えるだろう。他の研究室の話を聞くと「院生と教授のダブルアタックを1人で受け止め続け精神が崩壊」「忙しすぎて週8で研究室に行く羽目になった」などという話を聞く。つくづく僕は運が良かったと思う。
とにかく、僕は3年生の段階で4年生になってからの下準備を済ませておいたつもりだった。3月上旬には共同研究者がやろうかと思っていると言った研究に取り組んでいた先輩へ引き継ぎたい意思を示し、実験機材の使い方や共同パソコンのパスワードを聞いたりなどしていた。
今思い返せば、あの時点で色々フラグは立っていた。
「まぁ…昨年ショート起こして実験装置ぶち壊れているから今年は無さそうだけどね。このテーマ。」
先輩は苦笑いを浮かべながら僕らに語ってくれた。
そんな3年生の段階で行った準備が水の泡になる気配を感じた僕はメールを確認するや否、LINEを開いた。
残ったテーマは3つ、そして研究テーマを失ったのは僕と、共同研究者と、もう1人、あまり交流の無い同級生の3人。つまり…僕ら以外に1人同じ研究テーマを考えていた人が居たわけだ。
残った研究テーマの1つは院生が取り組むテーマの追試。他の2つは新規研究テーマだ。
院生と共に行う研究は募集人数1名、新規研究テーマのうち1つは2名でも可。もう一つは既に別の同級生が1人取り組むことが決まっており、その同級生と合流して共に取り組むことになる。
取るべき選択は決まっていた。真っ先に研究テーマが決まっていない人間にメッセージを送り、研究テーマどうしようかね~、と言うノリで「僕と共同研究者は~」と、さも僕はペアで取り組むことが確約されている空気を伝えていく。
ゆっくり、ゆっくりと「俺は2人でやりてぇから君は別のテーマに行ってくれないかねぇ?」というお気持ちを伝えていくのだった。もちろん共同研究者は、僕がこんなことをしていたことは露ほども知らないだろう。
共同研究者を手放さないためにもまずは外堀を埋め、共同研究者には「僕と研究するしかないっすね~!仕方ないっすね~!!そう決まっちゃったからねぇ~!!!」という風に思わせるよう尽力を尽くした。
その結果もあって、僕は新規テーマを予定していた共同研究者と2人で取り組むことが決まったのだった。そう決まったのは、初めての研究会前日のことだった。