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(あああ、もう、どうしよう!)


 ようやくラサラスの腕から逃げ出したはいいけれど、ここがどこが全く分からない。初めての王都で散々連れ回されたおかげで、ラナはしっかりと迷子になっていた。

 しかもかなり冷静さを失っていて、王城とは反対側に向かって走っている事さえ気が付かなかった。

 それもこれも予想外の展開のせい。

 今まで田舎で隔離されていたせいで、異性の心の声をこれほどはっきり聞くのも初めてで戸惑いを隠せなかった。しかも相手は遠目から一度見たきりで憧れて止まなかった、ラサラス第二王子その人なのだ。

 陽光のように輝く金色の髪、オアシスのように青い瞳。冷たく風格を感じさせる超然とした外見だというのに、中身があまりにも普通の男の人で。下手したら男の子といっても良いくらい。だからと言って幻滅するわけでもない――むしろ逆だ。


(そういえば、御歳十九だとお聞きしたかも)


 今までは手の届かない――いや、そんな事を考えるのも畏れ多い存在だったため、年齢の事など頭に無かった。

 神にも等しい存在が身近に感じられたとたん、同じ年頃の男性なのだと初めて意識して、胸が騒ぐのを抑えられなかった。


「――ラナ!」


 後ろから彼の声がしてラナは慌てる。追って来ているのだ。

 ラナは人ごみの中を必死で走り始める。


(まずいまずいまずい!)


 ラナが落とさねばならないのはザウラクであり、ラサラスではない。ラサラスを落としても何一つ益は無く、むしろ害があった。

 ラナは彼の伴侶には絶対なれないのだ。それどころか、彼が先ほど心の中で望んだ、一夜限りの関係さえも禁じられている。


(――この身に流れる血がある限り、わたしは軽々しく恋は出来ない)


 力を継いだために受けて来た様々な恩恵。引き換えに手放すものの大きさをラナは忘れた事は無い。

 この身を飾る綺麗な衣装も、容貌を少しでも美しく保つための美味しい食事も。すべて今日のあの役目のために準備されたもの。皆の羨望を流せて来たのも、この使命があったからこそだ。


(だからこそ、逃げるわけにはいかないのに)


 ラナはあのとき思わず逃げ出してしまったことを悔やむ。たとえザウラクの臣下に辱められようと、ラサラスとの繋がりを隠すためにはあの場に留まる必要があった。それを、知らなかったとはいえ、当の本人と逃げ出してしまうとは。

 彼のためにラナはなんとしても気に入ってもらう必要があったというのに。


(今からでも間に合うかしら)


 無力感から涙を流しながら歩いていると、いきなり視界が左右に開ける。

 微かな水音に足下を見ると、下り坂になっている。水の匂いを感じつつ、灌木を掻き分けて下に降りると、そこには予想通りに小さな泉があった。

 畔に腰掛けると、ラナは手で水をすくう。顔を洗って火照った頬を冷まして、ようやくほっと息をつく。

 だが水面に映る自分を見て、それまでラサラスの事で頭が一杯だったラナははっとした。


(あぁ、シャウラを置いて来てしまった!)


 あの無鉄砲で気の強い妹はきっとラナの不在を知れば、それを好機と勘違いして、代わりにザウラクの元へと駆けつけるだろう。

 そして逃げ出したラナの代わりに――

 身体の上に乗った侍従の凶暴さを思い出し、ラナは蒼白になる。


(あの子が酷い目に遭ってしまう!)


 きっとザウラクは逃げ出したラナに立腹しているだろう。下手したら即刻手打ちになるかもしれない。

 慌てて立ち上がったラナは目を見開く。丘の上ではラサラスが呆れたようにじっとこちらを見下ろしていたのだ。




 再び手を掴まれて、どうしても逃げられないと悟ったラナは、ラサラスに懇願した。

 事情を聞けば願いを聞いてくれるかもしれない。なによりラナは今迷子だった。彼は王宮までの道を知っている。


「お願いします。妹を置いて来てしまったので、どうしても王宮に戻らなければいけないのです。私が逃げ出せばあの子が代わりに罰を受けてしまう」


 ラサラスはラナの願いに片眉を上げたあと、何か思いついたように告げた。


「分かった。条件を呑めば手を貸そう」

「何でもいたします」


 縋るように見上げると、ラサラスはニッと子供のように笑った。


「じゃあ、私のものになってくれ」

「それは――」

 開き直った様子のラサラスにラナが顔をしかめると、彼は困ったように髪をかきあげる。

「だめ?」

「だめです。からかわれるのはおやめくださいませ。わたくしは、ザウラク殿下の妃になるのです」


 そうして寵愛を得て、裏でラサラスの望むように国を導くのだ。たとえ一夜限りの関係だとしても、不貞を働いた妃は即刻打ち首となり、それ以降のお役目が果たせなくなる。

 無理難題を恨めしく思いながら見上げるラナに、ラサラスは自嘲のような笑みを向ける。


「私が嫌いか」

「……いいえ。でも――」


 ラナが黙り込むと、彼は訳が分からないと首を振った。


『まさか、あんな目に遭っても、兄上が好きなのか。この娘も、やはり兄を選ぶのか』


 想いが握られた手から染み込んでくる。苦しげに見つめられ、ラナは項垂れる。


(違うのです。むしろ私は、あなたの事が)


 だが、それは決して口には出来ない想いだった。


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