8話 告白
「私、海老村君の事が好きです」
昼休み。
同じクラスの三木谷さんに呼び出された私は、告白された。
よくある事だ。
「また罰ゲームですか」
「…………」
「程々にしてくださいね」
「ごめんなさい」
走り去っていく三木谷さんを見つめながら、息を吐く。
私のようなあっけらかんとした人間は、本気で傷つくようには見えないし、後腐れも無さそうに見える。
私が告白罰ゲームの告白対象に選ばれる理由は、そんな所だろう。
私は陰鬱な気持ちのまま5限目、6限目をやり過ごし、本を読んでいつものように神崎さんが来るのを待っていた。
そして、引き戸がゆっくりと開く。
「海老村君。今日は元気ないね」
「分かりますか? 私は感情を表情に出さないタイプだと自負していたのですが」
「私はそんなことないと思うけど。それで何かあったの?」
「三木谷さんに告白されましたが、罰ゲームだったようです」
「何それ。……酷いね」
「はい。よくある事ですが」
「もしかして、そのせいで人の事好きになれなくなったの?」
「別にそういう訳ではありません」
「……ごめんね。私も海老村君をからかうような事しちゃってたかも」
「神崎さんはからかってくれていいですよ。限度を弁えて頂けたら」
「意味わかんない」
神崎さんは、両手で鞄の紐を握りながら、私が机に閉じた「女性の本心を見通す100の方法」と題された本を見下していた。
私は小さく声を上げる。
「あの、セクハラになってしまうかもしれませんが」
「言っていいよ」
「私は今夜、三木谷さんをオカズにしようかなと思います」
「何で?」
「私の心を弄んだ三木谷さんに少し腹が立ったので、腹いせです。今までも、私に嘘告白をした女子は悉くオカズにして来ました」
「勝手にすればいいんじゃないの?」
「何となく神崎さんには伝えておきたかったので」
「何それ。セクハラじゃん」
「ごめんなさい」
「海老村君は、三木谷さんをオカズにする時どんな妄想するの?」
「…………」
「無理やり犯すの?」
「……やっぱり止めておきます。いつも通り神崎さんをオカズにします」
「そう。やっぱり私って不幸だね」
「それは良かったです」
諦めたように微笑む神崎さんに、私も軽く微笑み返す。
いつか、神崎さんが不幸になったらこの関係も終わってしまうのだろうか。そう思うと少し寂しかった。
「じゃあ行こうか」
「はい」
神崎さんはそう言いつつも、動き出す気配が無い。
どうやら今日も私に先導して欲しいようだ。
私が歩き出すと、神崎さんは私の2メートル程後ろを付いて来た。
明らかに昨日より距離が縮まっている。
神崎さんは、また私をからかっているのだろうか。
それとも私を利用する為に、引き留めておきたいのだろうか。
そもそも神崎さんは、私の事をどう思っているのだろうか。
好きというのはあり得ないにしても、友人だと思ってくれているのだろうか。あるいは、ただ利用価値がある存在としか思っていないのかも知れない。
もしそうだとしたら、やはり私は神崎さんを好きになる訳には行かない。
県道を進み、信号のない横断歩道で車の通りを待つ。
その間、神崎さんは私の左傍にそっと立っていた。
私は神崎さんと目を合わせないようにしながら、周囲の様子を伺う。
学生らしき姿は見当たらない。
妙な噂を流される心配はないだろう。
「大丈夫だよ。そんなに心配しなくても」
「……はい」
横断歩道を渡って、住宅街の整骨院へと向かい、折り返してトンネルへと向かう間も、神崎さんは私に貼りつくように、手を伸ばせば届く距離を保ちながら付いて来る。
「海老村君」
「何ですか」
「今日は手を繋いで通ってみようか」
その瞬間、心臓が歪む様に膨張したのが分かった。
私は息が荒れそうになるのを必死で整える。
――いや、あり得ない。これは決してそういう意味ではない。
「何故手を繋ぐのですか」
「手を繋いでた方が確率上がるかもしれないし」
「私と一緒に異世界に行くことになるかも知れませんよ」
「それも悪くないかもね。海老村君意外と頼りになりそうだし」
「そうですか」
「緊張してるの?」
「いえ」
「じゃあ、繋ぐね」
「はい」
そっと左手に触れる暖かな手。
思わず多幸感で目が眩みそうになる。
「海老村君の手、冷たいね」
「ごめんなさい」
「別に謝らなくていいけど」
神崎さんに引かれるままに、トンネルへと足を踏み入れていく。
神崎さんの手の柔らかさだけが、私の意識を支配していた。
「今日も駄目だったね」
「はい」
「一つお願いがあるんだけどいい?」
「何でしょうか?」
「今日だけでいいから、私をオカズにしないで」
「…………」
「今日だけでいいから」
「分かりました」
「じゃあね」
「さようなら」
どうやら私と神崎さんの距離は、日に日に縮まって行っている。
嬉しい反面、私にはその現実が堪らなく恐ろしく感じられた。
このまま進んで行くと、いつか私は突き放されてしまうのかもしれない。
私は踵を返し家路についた。
そして神崎さんをオカズにオナニーをして一日を終えた。