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7話 本

「海老村君は私が何も言わなくても教室に残ってくれてるんだね」


「元々放課後の読書は私の習慣でした」


「あっそ。ところで、今日は何の本読んでたの?」


「進化心理学の本です」


「何それ」


「進化論を元に、人間の心理や性的適応の本質を解明しようとする学問です」


「面白いの?」


「興味深いです」


「ふーん」


 私は大きく息を吸って、それから軽く息を吐いた。

 そして椅子に座ったまま、机の前に立つ神崎さんの少し吊り上がった目を、そっと見上げる。


「私は神崎さんに好きになって欲しいです」


「何を?」


「私の事をです」


 神崎さんは少し眉根を寄せる。怒らせてしまったかも知れない。


「……海老村君は私の事を好きになったの?」


「違います。でも神崎さんに私を好きになって欲しいです」


「理由は言わなくていいよ。どうせ最悪な理由だと思うから」


「経験が生きましたね」


「偉そうにしなくていいから」


「はい」


「その本にはどんな事が書いてあるの?」


「この本によると男性は、交際相手の女性の心理的不倫には寛容で肉体的不倫には狭量な傾向があり、逆に女性は男性の心理的不倫には狭量で肉体的不倫には寛容な傾向があるそうです」


「私は肉体的不倫も許せないけど?」


「そうなのですか。参考になります」


「……まさか海老村君、私に好かれる為にその本読んでるの?」


「はい」


「意味わかんない。人を動物みたいに扱わないで」


「人間も動物の一種ですが」


「屁理屈は止めて。そういう事言ってるんじゃないの」


「分かりました。以後気を付けます」


「……海老村君は、何で私に好かれたいの?」


「分かりませんが、神崎さんが美しいからだと思います」


「海老村君にそういう風に褒められても嬉しくない。私の事なんか体のいいオカズとしか思ってないんでしょ?」


「そんなことはありません。大切な友人だと思っています」


「そう……まあ私も海老村君の見た目はそんなに嫌いじゃないかな」


「お世辞は止めてください」


「別にお世辞じゃないけど」


「……そうですか」


「今ちょっと嬉しいと思った?」


 悪戯っぽく笑う神崎さんに、私は思わず眉根を寄せた。


「止めてください。からかうのは」


「でも嘘じゃないよ。見た目がそんなに嫌いじゃないってのは」


「それは良かったです」


「じゃあ私先に行ってるから」


「私も一緒に行っていいですか? 6メートル以内には近づかないようにしますので」


「いいよ。でも海老村君が先導する感じがいいな」


「何故ですか?」


「……何となく」


 何故だろうか。

 私が後ろから行ったらストーキングされているようで嫌なのだろうか。

 あるいは私にジロジロと見られるのが嫌なのか。


 少し気になったが問い詰めても仕方がない。

 私は準備を整えると、先に教室を出た。


 時折振り返りながら、歩く速さを調整しながら階段を降り、下駄箱へと向かい、校門を抜けて行く。


 なるほど。確かにどこか落ち着かない。


 一方で、私の後方5メートル近くを神崎さんがついて来てくれているという事実は、奇妙な心地よさがあった。


 そして線路沿いの県道を進み、横断歩道を渡って住宅街へと向かい、整骨院の前でひび割れたアスファルトの坂を降り、いつものトンネルへと辿り着いた。


「海老村君」


「何ですか?」


「一緒に行こうか」


 神崎さんは何か言い淀んだようだったが、私は気にしないことにした。

 昨日と同じように、向かい合ってトンネルを進んで行く。

 トンネルの中ほど、県道と線路の間の吹き抜けで、警笛が鳴り響く。


 私は目を開いて立ち止まり、神崎さんと向かい合って見つめ合う。

 神崎さんは少し気恥ずかしそうに目を逸らし、軽くスカートを抑える。


 高まる胸の鼓動と共に、ゆっくりと流れていく電車の音。

 柔らかな車内灯が、彼女の白い肌を温かく照らしていく。


 私は、そんな神崎さんを襲いたいと思ってしまった。




「今回も駄目だったね」


「はい」


「どうしたの? 何か元気ないけど」


「……セクハラになってしまうかも知れませんが」


「いいから言ってみて」


「私は先ほど神崎さんを襲いたくなってしまいました」


「……ふーん。実際に襲ってないならいいんじゃない」


「いいのですか」


「私だって人を殺したくなる時とかあるし」


「そうなんですか」


「もちろん本気で思ってる訳じゃないけど」


「私も本気で襲いたいと思った訳ではありません」


「ならいいよ」


「でも……ごめんなさい」


「人を勝手にオカズにした事は謝らない癖に、襲いたくなったことは謝るんだ」


 神崎さんは柔らかく微笑んでいた。

 私も思わず苦笑する。


「確かに……おかしな話です」


「きっと海老村君は正直者なんだろうね」


「私だって嘘をつく事もあります」


「でも嘘下手だよね」


「そうかも知れませんね」


「それじゃ……私帰るから。じゃあね」


「さようなら」


 私は去っていく神崎さんの背中が見えなくなるまで、呆けたように見つめていた。


 やがて、私は踵を返し家路についた。

 そして神崎さんをオカズにオナニーをして一日を終えた。


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