5話 喫茶店
駅前の少しはずれにある、小さな古びた喫茶店。
定年を過ぎたお爺さんが趣味でやっているといった感じの店だ。
ここなら同級生はまず来ないだろう。
店内は木を基調とした内装と、モダンなジャズの店内BGMが洒落た雰囲気を醸し出している。
小さなテーブル席に私と向かい合って座るのは、灰色のワンピースを身に纏った神崎さん。
腰ひもでくびれが協調されている。
普段の制服姿とはまた違った大人な雰囲気が私の心を惑わす。
そして、神崎さんはゆっくりと口元にコーヒーカップを傾けると、私に微笑みかけていた。
「いい店でしょ?」
「はい」
「緊張してるの?」
「していません」
「ところで……何でジャージ着てるの?」
「これは……」
「言ってよ」
「神崎さんにからかわれているようで嫌だからです。私のせめてもの反抗です。気にしないでください」
「先に私をオカズにしたのは海老村君でしょ?」
「……この会合の意味は、その仕返しという事ですか?」
「会合って何? どう考えてもデートじゃん」
そう言って悪戯っぽく笑う神崎さん。
やはり私はからかわれているらしい。
この場合、怒った方が良いのだろうか。それとも喜んだ方が良いのだろうか。自分の心に聞いてみても答えは出てこない。
軽快なジャズ音楽と共に、私の胸の中で苛立ちと喜びが奇妙にない交ぜになっていく。
「海老村君はデート初めてなの?」
「はい」
「実は私も初めてなんだ」
「そうなんですか」
「お互い初デートだね」
「……そろそろ満足しましたか?」
「あれ? 怒っちゃった?」
「感心しませんね。人の心を弄ぶなんて」
「先に人を勝手にオカズにしたのは海老村君だよね」
「不幸になりたい神崎さんにとっては、私にオカズにされる事は結果的に良かったのでは?」
「それとこれとは話が別」
「そういうものなのですか」
「そういうものなの」
「神崎さんが私に感じて来た不快感が少しだけ理解できた気がします」
「それは良かった」
神崎さんは満足したようにカップを手に取り、コーヒーを一気に飲み干す。
「神崎さんは、私に好かれたいのですか?」
「んー。分かんない」
「…………」
「海老村君は? 私に好きになって欲しい?」
「……分かりません」
「そう」
神崎さんは見透かしたような笑みを向けて来た。
私は悔しさを表情に出さないように噛み潰し、甘いコーヒーを口に含んで誤魔化す。
「何か私を不幸にする方法考えてくれた?」
「……そうですね。例えば私が神崎さんに暴力を振るうとか」
「いいアイデアだけど、私が許可したらただの変態プレイだよね。かと言って、私が嫌って言ってるのに暴力を振るう勇気は海老村君には無いよね」
「分かりませんよ。勝手に決めつけない方が良いかと」
「強がらなくていいから」
そう返した神崎さんの声はいつもより小さかった気がした。
私は少しだけ申し訳なくなった。
「海老村君はいつまで私をオカズにするつもりなの?」
「分かりません。神崎さんはオカズにされたいのですか?」
「そういうのはセクハラだから言わないで」
「セクハラはお互い様ですよね」
「そうかもね」
それきり、神崎さんは口をつぐんだ。
私も無言のまま店内を何となく見回すだけだったが、流れ続けるジャズ音楽のお陰か特に気まずいという事は無かった。
やがて、神崎さんは思い出したように口を開く。
「じゃあ私もう帰るから。お金は払っとくね」
「こういう時は男性が支払うべきと聞きますが」
「意外とそういう事気にするんだ。……じゃあ払っといて」
「はい」
「ありがとね。海老村君」
「どういたしまして」
「じゃあね」
「さようなら」
私はそれから暫く待って勘定を済ませると家路についた。
そして神崎さんをオカズにオナニーをして一日を終えた。