4話 誘い
「海老村君はどんなシチュエーションで私をオカズにしているの?」
「答えられません」
「何で?」
「神崎さんへのセクハラになってしまう恐れがあるからです」
「セクハラなら散々やってるよね」
「私は尋ねられた事に答えているだけです」
「いいから答えてよ」
「こればかりは何度尋ねられても答えられません」
「何で? 答えてよ」
「これは大変プライベートな問題です」
「人を勝手にオカズにしといて……」
「それとこれとは話が別です」
「……無理やり犯してるの?」
「違います」
「じゃあイチャラブ?」
「……違います」
「間があったよね? じゃあそういう事?」
「私にもプライドという物があります。あまりそう言った態度を取られると、今後は神崎さんに協力出来なくなるかも知れません」
「ごめん」
そう言って長いまつ毛を伏せ、俯く神崎さん。
神崎さんは普段はいつも私を見下したような態度を取っているが、突然素直になる事がある。
そういう所は嫌いではないかも知れない。
「私、海老村君を頼りにしてる所あるから。協力して欲しいと思ってるの」
「私も神崎さんの姿をなるべく網膜に焼き付けておきたいと思っています」
「オカズにする為に?」
「はい」
「どのくらい私でしてるの?」
「セクハラになってしまうので……」
「――いいから答えて」
「ほぼ毎日です」
「……最悪」
「安心してください。私は誓ってストーカー行為は致しません」
「そういう事じゃない。気持ち悪いって言ってるの」
「私は神崎さんの質問に答えただけですが」
「まあそうだけど……私の写真とか勝手に使ってないよね?」
「いえ、全て妄想のみです」
「ああそう」
それきり神崎さんは黙り込み、スマートフォンを弄り出した。
私は、その隙に神崎さんを舐めるように見つめて行く。
柔らかく膨らんだ大きな胸。艶やかな黒髪。
そして細く通った鼻筋に、細く結ばれた口元。
少し吊り上がった芯のある目。
大人びた姿と対照的に、顔の輪郭は柔らかく少女の面影を残している。
ふと、神崎さんが私をたしなめるように睨んでいるのに気付いた。
「これは失礼」
「あまりジロジロと見ないでくれる?」
「以後気を付けます」
「酷い不幸だね。好きでもない男子に勝手にオカズにされるなんて」
「私は男性なので共感しかねます」
「別に共感して欲しいなんて言ってないけど」
神崎さんは呆れたように目を細めていた。
どうも、今日は少し神崎さんの機嫌が悪いかもしれない。
私は話題を変えることにした。
「ところで神崎さん。今日もあのトンネルに向かうのですか?」
「今日は家庭教師が来るから無しね」
「分かりました」
「……そうだ、明日土曜だけど何か予定ある?」
「特にありません」
「駅前の長野喫茶店っていうカフェ知ってる?」
「知っています」
「そこに明日の3時に集合ね」
「何の為にですか?」
「それは秘密にしとこうかな。……じゃあ私帰るから。さよなら」
「さようなら」
鞄を抱え速足で教室を出て行く神崎さんの横顔は、夕日に照らされて仄かに紅く染まっていた。
神崎さんが私を喫茶店に誘った理由は、一体何だろうか。
やはり神崎さんは私の好意を引こうとしているのだろうか。
あるいは……神崎さんは私に恋愛感情を抱いているのだろうか……いや、そんなことはあり得ない。
ある筈が無い。容姿も精々中の下、性格は最悪。おまけに変態。こんな私のどこに好きになる要素があるというのだろう。
まして類まれな美貌を持つ神崎さんの事だ。天地がひっくり返ってもあり得ない話だ。
いやもしかしたら、こうやって私の思考を混沌の渦に巻き込む事こそが神崎さんの狙いなのかもしれない。
つまり、明日の会合は特に意味のないただの悪戯。
会合の理由を明かしてくれなかった事からも、その可能性が高いだろう。
そう考えるといい気はしなかったが、神崎さんの私服を見られるのは僥倖でもある。
私は脳髄に神崎さんの私服姿を様々に投影しながら帰路についた。
そして神崎さんをオカズにオナニーをして一日を終えた。