19話 解決
次の日、一人眠たい目を擦りながら朝食のフルーツグラノーラを食べていると、テレビで例の通り魔事件が取り沙汰されていた。
どうやら犯人は捕まったらしい。
動機もどうやら被害女性との痴情のもつれとの事で、無差別に襲った訳でもないようだ。
あまりにあっけない顛末に、私は思わず拍子抜けしてしまった。
同時に一晩中訓練していた事が急に馬鹿らしくなってきた。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
「海老村君。今日は眠そうだね」
「はい。昨日は眠れなくて」
「どうして?」
「神崎さんが心配になってしまって」
「そうなんだ」
「でも、犯人が捕まってよかったです」
神崎さんは嬉しそうに、少しだけ悪戯っぽく微笑んでいた。
「海老村君は私に好きになって欲しいんだよね」
「はい」
神崎さんは平然とした顔で、私を真っ直ぐに見つめていた。
私も平静を装ってそっと見つめ返す。
「私も海老村君に好きになって欲しい。私の事」
「そうですか」
「どちらが先に相手を好きにさせるか、勝負だね」
「……はい」
「絶対負けないから」
やはり、現時点では神崎さんは私を好きになっている訳ではないようだ。それでも何故だか私は、堪らなく嬉しかった。
「じゃあそろそろ行こうか」
そう言って、神崎さんは手を差し出して来た。
訳も分からないままに、自然と手が神崎さんの手を握っていた。
教室を出る時に、急に気恥ずかしくなって手が解けてしまう。
「海老村君って童貞でしょ?」
呆れたように笑う神崎さんの目線が、私に注がれていた。
「……もう少しお手柔らかにお願いします」
「ごめんごめん」
神崎さんにこの調子で来られたら、まずいかもしれない。
私は神崎さんの3メートル後方に付きトンネルへの道を進んで行きながらも、対策を考えて行った。
神崎さんが立ち止まったのはトンネルへと続く下り坂だった。
釣られて立ち止まると、神崎さんは振り返っていた。そして見つめ合う。
私の左手が奪うように握られた。
急に走り出す神崎さんを追って、私も走り出す。
神崎さんはトンネルに差し掛かっても速度を落とさなかった。
そのまま二人で勢いよくトンネルを駆け抜けていく。
トンネルの外の眩い月明りに、思わず眩みそうになる。
そして、神崎さんは私の手をゆっくりと離した。
「海老村君」
「何でしょうか」
「今日も私をオカズにするの?」
「……言えません」
「今日はしていいから」
「からかっているのですか?」
「うん」
私はどんな顔をすればいいのか分からず、俯いて無表情を保とうとする事しか出来なかった。
「じゃあね」
「……さようなら」
神崎さんは本気だ。
悔しいような、嬉しいような奇妙な感覚だった。
このままでは私は、神崎さんを好きになってしまうかも知れない。
それも悪くない……と思ってしまう自分が余計に悔しかった。
果たして、神崎さんに私を好きにさせる事は出来るのだろうか。
答えが出ないままに、私は神崎さんをオカズにして一日を終えた。