表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/23

18話 事件

 次の日の水曜日。

 朝のホームルームで、担任の先生は少し神妙な面持ちになっていた。


「皆さんご存じかも知れませんが伊月市の繁華街で女性が通り魔に刺され、重症を負う事件がありました。犯人はまだ捕まっていません。今日は寄り道せずになるべく集まって帰るようにしてください」


 私は神崎さんが心配だった。

 もしかしたら、神崎さんは不幸になる為に犯人に接触しようとするかもしれない。


「神崎さん」


 昼休み。

 神崎さんが一人になったタイミングを見計らって話しかける。


「何?」


「今から屋上前に来てもらえますか?」


「いいけど」


「私は先に行っています」


 三階から階段を登った先にある、開かずの屋上扉。

 その手前にある3メートル程の短い廊下は屋上前と呼ばれており、二人きりで話したい時に便利なスポットとして何かと活用されている。

 昨日皆川さんと話したのも、この屋上前だった。


「どうしたの海老村君。こんな所に呼び出して」


「通り魔の件です」


「ああ、あれね」


「危険なので、暫くは放課後になったらすぐ下校した方がいいと思います」


「……何言ってるの。私は不幸になりたいんだよ?」


 神崎さんは自嘲するように笑っていた。


「神崎さんは、本当は幸福になりたいんだと思います」


「そんな事無いけど」


「神崎さんは、家の呪縛から解き放たれて、ゼロからのスタートがしたいと言っていましたよね」


「うん」


「ゼロからのスタートに幸福や希望を感じているからこそ、不幸になりたいと願っているのではないですか?」


「……まあそれはそうだけど」


「もし死んでしまったら、幸福を感じる事も出来なくなります。私は神崎さんに危険な目に合って欲しくないです。お願いします」


 私がやっている事はただのエゴかも知れない。

 それでも、神崎さんが通り魔に刺されるなんて事態だけは絶対に起きて欲しくなかった。


 神崎さんは暫く黙ったままだったが、やがてゆっくりと頷いてくれた。


「分かった」


 ◇ ◇ ◆ ◇ ◇


 放課後、私はすぐに教室を出て家路についた。


 そして校門を出て、坂を降った先の交差点。

 信号待ちする黒い高級車に乗った神崎さんと目が合った。


 信号が青になって車が右折していっても、神崎さんの寂しそうな目が、頭から離れなかった。

 不幸になりたいという神崎さんの気持ちが少しだけ分かった気がした。

 しかし……いやだからこそ、私は神崎さんが心配でならなかった。


 私はホームセンターに寄り、防犯ブザーを2つ買っておいた。

 一つは神崎さんに渡すつもりだ。


 もしかしたら通り魔は、神崎さんを狙っているのではないだろうか。

 私はそんな胸騒ぎがしてならなかった。


 家に帰り、ベッドに寝そべりながら、通り魔から神崎さんを庇いつつ逃げ、防犯ブザーを鳴らすイメージトレーニングをしていく。

 通り魔は何度撃退しても、悪夢のように襲い掛かって来る。


 基本的には逃げるのが一番だろうが、しつこく追ってくるなら戦わなければならない。……そうだ傘が丁度いい。


 私はベッドから起き上がりビニール傘を部屋に持ち込んだ。

 そして検索して出て来た杖術の動画を見漁り、見様見真似で護身術の練習をしていった。

 その日は結局、一睡もできなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ