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17話 謝罪

 次の日の昼休みが始まってすぐ、私は皆川さんに呼び出された。


 施錠された屋上の扉へと続く短い廊下。

 皆川さんはいつになくしおらしく俯いている。


「海老村君。昨日は酷い事言ってごめんなさい」


「いえ、私の方こそ申し訳ありませんでした。皆川さんが神崎さんのお見舞いに行かなかった事を責めたのは筋違いでした」


「……あの事も知ってるの?」


「はい」


「奈月の事大切にしてあげてね」


「もちろんです」


 皆川さんはゆっくりと階段を降って行った。


 私はほっと胸を撫でおろす。


 正直、階段から突き落とされるのではないかと気が気でなかったのだが、そんな気配もなくただ謝られるだけだった。

 昨日はあんなに私に憎悪をむき出しにしていたというのに。


 皆川さんは神崎さんと話す事で気持ちの整理を付けられたのだろうか。


 教室に戻ると、坂下さんが待ち構えるように声を掛けて来た。


「しっかしなあ。あの神崎さんとデートってすごいぞお前は」


「そうでしょうか」


「でもなあ。……蛍の光をデートで歌っちゃっうか」


「しつこいですね」


「お前がおかしいだろ。神崎さんとのデートだぞ? もっと自分をよく見せようとか思わないのか?」


「私はそんな風に自分を偽りたくないです」


「ありのままの自分を受け入れて欲しいってか? 相手は神崎さんだぞ? いくら何でも調子に乗って無いかお前」


「偽りの自分を受け入れて貰っても私は嬉しくないですし、長続きするとは思えません」


「みんな自分を偽ってるんだよ。神崎さんもメイクしてなかったか?」


 恥ずかしくてあまり見られなかったが、言われてみれば土曜日の神崎さんは普段より唇に艶があったような気がする。


「……していたかもしれません」


「神崎さんにメイクさせといて、自分はありのままを受け入れて欲しいってお前、どんな身分だ? イケメン石油王にでもなったつもりか?」


「…………」


「俺に言わせりゃ、ありのままの自分なんてねえよ。誰だって多かれ少なかれ何かに影響されたり偽ったりしてんだよ。……でも最初は偽ってるつもりでも慣れたらそのうち本当の自分だと思えるようになるって」


「そういうものでしょうか」


「そういうもんだろ」


 納得は行かなかったが、一理ある意見かも知れない。

 神崎さんに好かれる為には、別の自分に変わった方がいいだろう。


 ◇ ◇ ◆ ◇ ◇


「ごめんね。恵美にちょっと誤解させちゃったみたいで」


「いえ。昼休みに仲直りしました」


「その言い方だと元は仲良かったみたいになっちゃうね」


「仲が良い訳ではないですが、今はそんなに嫌いではないですね」


「そうなの」


「人を好きになれる人はすごいと思います」


「……そうだね」


 神崎さんは寂しげに微笑んでいた。

 私は温めていた言葉を、意を決して絞り出す。


「あの、私に変わって欲しい所とかありますか?」


「何それ……別にないけど」


「口調とかはどうですか?」


「口調?」


「はい。例えばこんな風に敬語を止めて見たら……どうかな」


「……なんか変な感じ」


「そうですか」


「別に無理しなくていいよ。海老村君のやりたいようにすればいいから」


「分かりました」


 神崎さんは、私にあまり変わって欲しくないのだろうか。

 だとしたら私は、無理に変わろうとしなくていいのかもしれない。


「じゃあそろそろ行こっか。トンネルに」


「久しぶりですね。一緒に行くのは」


「そうだね。じゃあ今日は私が前でいい?」


「お願いします」


 茶褐色のマフラーと黒髪を背中に流す神崎さんを追う様に、ゆっくりと進んで行く。

 3メートル程の間隔を維持できるように歩幅を調整しながら、校門を抜け、県道を進み、住宅街を折り返して坂を降って行く。


 県道と線路を貫く小さなトンネルに辿り着いた頃には、いつの間にかすっかり日は落ち込んでいた。


「神崎さん」


「何?」


「今日は手を繋いでいいですか?」


「何で?」


「別の世界に行ける確率が上がるかも知れないので」


「そうだね」


 差し出された神崎さんの右手を、恐る恐る包み込む。

 ほのかに暖かくも冷たい感触が、撫でるように握り返して来た。


「私の手、冷たかったらすみません」


「いいよ。気にしなくて」


「……あ、お互いに右手だとダメですね」


「そうだね。一緒に歩けないもんね」


 小さく笑う神崎さんに、私も苦笑いで返す。

 そして、気恥ずかしさを隠すように神崎さんの右手を左手でそっと握り締め、トンネルへと踏み出した。


 ◇ ◇ ◆ ◇ ◇


「海老村君」


「何でしょうか?」


「……何でもない」


「そうですか」


「じゃあね」


「さようなら」


 神崎さんは今、何を言おうとしたのだろうか。

 住宅街に帰って行く神崎さんを見送りながら、私は様々に考えを巡らせていったが、答えは出なかった。

 そして、私は神崎さんをオカズにオナニーをして一日を終えた。



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