16話 皆川さん
月曜日の昼休み。いつものように私は坂下さんと話していた。
「ちゃんとカラオケに誘ったか?」
「はい」
私が答えると、坂下さんは感心したように口元を吊り上げた。
「どうだった?」
「楽しかったです」
「そういう事じゃなくて、行けそうだったか?」
「神崎さんも楽しんでくれたと思います」
「なら良かった。どんな曲歌ったんだ?」
「色々ですね。蛍の光とか」
「お前馬鹿だろ?」
坂下さんは口を開け広げて、呆れ顔で私を睨んでいた。
「何がいけないのですか?」
「古すぎるだろ……絶対有り得ねえ」
「でもいい曲ですし」
「そういう問題じゃねえだろ。神崎さんにいい所見せようとか思わねえのかよ?」
私が答えられないでいると、他の女子と共に教室に入って来た神崎さんと目が合った。
私は気まずくなって思わず目を逸らす。
「とにかく、お前もっと頑張れよ」
坂下さんも思う事があったのか、神崎さんから逃げるように私の傍から離れて行った。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
放課後。
乾いた音と共に引き戸が開かれる。
扉の向こうに立っていたのは皆川さんだった。
「聞いたよ。奈月とカラオケ行ったんでしょ?」
「それが何か」
「本気であんたが奈月に釣り合うと思ってんの?」
「分かりません」
「ハッキリ言ってあげようか? 顔もブサイクだし、性格も最悪で変態。……絶対釣り合わないから」
「人の事をとやかく言える程、あなたの外見や性格が優れているとは思えませんが」
皆川さんが私の机に、拳を激しく叩きつける。
憎悪の籠った瞳が突き刺すように私に注がれていた。
「どうせ奈月をオカズにする為に近付いたんでしょ?」
「……違います」
「じゃあ何で?」
「分かりません」
「ああそう。とにかく、二度と奈月に近付かないで」
「嫌です」
また机を叩かれるかと私は身構えたが、皆川さんは目を細めて顔を歪め、今にも泣き出しそうな表情になるばかりだった。
「何であんたなんかが……」
皆川さんは、神崎さんに恋をしているのかもしれない。
顔を歪ませて必死に嗚咽を堪える彼女を見上げているうち、私にはそう思えてならなかった。
「お願いだから……もう奈月に近付かないで」
「…………」
「処理だったら私がしてあげるから」
彼女の震え声に、私は思わず顔を落としていた。
胸の中に鈍い悲しみが広がって行く。
「そんなことは言わないでください」
夕暮れの教室に痛い沈黙が流れていた。
私は机の上に置いた英単語帳の表紙を眺めながら、時が過ぎるのを待っていた。
やがて、引き戸の開く音で私の意識は引き戻された。
「何やってんの……恵美」
「何もしてない」
扉を開いた神崎さんの脇を、皆川さんは早歩きで通り抜け、そのまま教室を出て行った。
「どうしたんだろう……海老村君は何か知ってるの?」
「追ってあげてください」
「……分かった。今日はトンネルは無しね」
「はい」
そして一人取り残された私は、暫く待ってから帰路についた。
強い風に吹かれて家路につきながらも、私は皆川さんの事を考えていた。
皆川さんは本気で神崎さんの事が好きなのだろう。
だからこそ、神崎さんに近付いた私に嫉妬の目を向けていたのだろう。
……私はどうなのだろうか。
自分以外が神崎さんと恋仲になるような事があったら、どう思うのだろう。
脳裏にイケメンと楽しそうに逢瀬を重ねる神崎さんを思い浮かべて見ると、嫌悪感と苛立ちが沸き上がって来た。
やはり私は神崎さんを好きになっているのだろうか。
しかし、何となく違うような気もする。
私が神崎さんに抱いているのは、ただの性欲なのか、それとも恋愛感情なのか。……まだ答えは出そうにない。
迷いを抱えながらも、私は神崎さんをオカズにオナニーをして一日を終えた。